04
前もって言っておいたので、移動の馬車は飾り気のないシンプルなものだ。とても王家の馬車には見えないと難色を示されたが、これは譲れない。
大体、瘴気の蔓延で疲弊した地域へ行くのに、ゴテゴテと金がかかってますと言わんばかりの豪華な乗り物で行くなんてありえないと思う。
馬車について譲らなかったからか、服に関しては王子の意見を通された。
真っ白で裾が踝まである長袖ワンピースは、たぶん高級な布地なんだろう。着心地がいい。デザイン的にも動きを邪魔しないので光沢のある生地であることは許容した。肩甲骨あたりまで伸びた髪は、何だかわからないものを塗り込まれてつやつやで、派手ではないが高そうな髪飾りをつけられた。
おそらく聖女らしさの演出なんだと思う。中身が私なんだから、飾ったってそうは見えないだろうに。
あ、逆か。
そうは見えない私だから飾らなきゃならないんだろう、きっと。
それにしても白い服は久しぶりだ。もともと明るい色の服を好んでいたけれど、召喚されてからは黒・紺・こげ茶などの服を選んで着ていた。誰にも伝わっていないことではあるが、私は全身で現状が不満であることを訴えていたのだ。うん、独りよがりなのはわかってる。
部屋から馬車までしか人目につかないのにご苦労なことだ。それでも、聖女の出立ということで公式にお披露目されたわけでもない私を一目見ようと、物見高い者たちの目が刺さる。
私は聖女として認識してほしいわけじゃないから、このパフォーマンスは完全に王家の思惑である。聖女を使ったプロパガンダだ。
どうでもいいけど。
「聖女殿、馬車は慣れないと聞いている。不調があったら言ってほしい」
同乗している実行犯が言う。確かに日本で馬車なんて縁がなかったので、長距離乗っていることに不安はあるので頷いておく。
もちろん、実行犯と二人きりな訳ではない。
城では、魔術の訓練と図書館通いのほかは与えられた部屋にこもることが多く、メイドも拒否していたが旅ともなればそうもいかない。
騎士団の一個中隊――話を聞くところによると200人規模らしい――と言われたが、一個小隊まで減らしてもらい、それでも50人からいる男所帯の中に、女一人では何かと不自由だろうと付けられたメイド?侍女?が二人。最初は10人くらい付けられそうになっていたので、だいぶ減らせたほうだと思う。
私からの条件として、仕事できる出来ないは問わないから口数が少ない人であることで希望した。お喋りする気はない。
後で聞いたら、メイドじゃなくて侍女だそうだ。職務の違いが分からない。
初めて城の外に出たが、思ったより荒んでいない。活気があるとまでは言えないけれど、穏やかな日常が見て取れる。国の危機なんじゃなかったの?いや、苦しんでいたほうがいいわけじゃないけど。
「聖女殿がいらしてから、住まわれている城の周辺は瘴気が薄くなっている。その存在だけで浄化となる」
聖女が”いらしてから”ね。綺麗に言うもんだ。誘拐の実行犯のくせに。
私の思いが表情に出たのか、実行犯は目を逸らした。
今回の目的地は馬車で五日ほどの地方だと聞いている。案外近い。
そこはもともと魔脈の上にある町だったため、乱れた魔脈の影響をかなり受けているそうだ。
そもそも魔脈って何だろう?水脈と似たようなもの?それともプレートのようなもの?
聞いたら答えが貰えるかもしれないが、どうしても知りたいわけじゃないから私は黙っている。誘拐犯たちと慣れあうのはごめんだ。
「……っ!」
城を出て三日目。お喋りする気もなく静かな馬車の中で窓の外を見ていた私は、これまでとは違う風景に息をのんだ。
乱れた魔脈のうえにある町まであと二日というところで、街道の様子はガラッと変わった。うっすらと黒い靄が見えた時、最初は目の錯覚かと思ったけどどんどんと濃くなってきている。周りがみな動じていないことが怖い。この世界ではこの黒い靄が当たり前なんだろうか。ただ黒いだけじゃなく不気味に思うのは見慣れていないせいなんだろうか。
「こっちでは……黒い靄が普通にあるの?」
私の疑問の意味が分からないのか、メイド二人は首をかしげている。
「あれが瘴気だ。大概の人間には見えないが……聖女殿は可視化できるのだな。流石だ」
実行犯が言う。それって、俺も見えるんだぜスゲーだろってことかな。
「道の脇にいる人たちは何?」
街道沿いにまばらに人がいる。テントを張っているのはまだいいほうで、木の枝に布を渡してその下にいる人、それすらもせずにただ地面に座り込んでいる人もいる。
「瘴気の充満した町から逃げてきた者たちだ。行く当てもなく帰れもせず、ただ諦めを持って生きている」
酷い。
城からたった三日の位置の町でそんな無茶苦茶なことになっているのか。彼らはすでに難民だ。救援の手は差し伸べていないのだろうか。
眉をひそめて無気力に座っている人たちを見ていると、実行犯が「ここだけではない。ここは王都に近いからまだましなほうだ」と言う。
ということは炊き出しや救援物資は届いているんだろう。そうは見えないほどに座り込んでいる人たちに力はない。
「このあたりなら魔獣の危機はないからな」
なんてことだ。
王都に近いからまだましだというのは、支援をしているからではなく外敵に襲われる心配がないからなのか。
日本でなら災害があったときには国が動く。情報網の発達によるものではあるだろうけど、一般人が救援物資を送ったりボランティアに参加して被害者に沿う。
国全体の危機だからなのか、国は民を救うべく動くという意識が根底にないからなのか。
王様は真っ当な人だと勝手に思っていたけれど、そうではないのかもしれない。会った事がないからわからないけど。
瘴気の異常発生が報告され、魔脈の乱れによるものだと把握されてから私を召喚するまでに三年の月日がたっていると聞いた。
考えたくない。分かりたくない。
この状況を看過できずに救いを求めて聖女召還を行った気持ちを。
救いを求めて手を伸ばしてもそれが掴まれることなく、やがてあきらめてしまった人たちの光のない瞳を。
考えちゃいけない。
私は瘴気の浄化をして亮君の所に帰るんだ。
そう思っていたのに口が勝手に動いた。
「馬車を止めて!」