03
私の要求はそれほど多くもないし難しくもないだろう。
ひとつ。瘴気だか何だかの対処をする代わりに帰還方法を探せ。
ひとつ。衣食住の保証をしろ。服や振る舞いに文句は言うな。礼儀なんて知らない。
ひとつ。聖女として動くのは瘴気とやらの対処のみ。それ以外の行動は自由にさせろ。
ひとつ。私自身で帰還方法を探すことを邪魔するな。
ひとつ。この世界に溶け込む気はないから、誘拐犯三人以外との接触を強制するな。
以上。
「衣食住はもちろん保証させていただく。帰還方法も……努力しよう。聖女殿が王城内で文献を紐解けるよう陛下に進言する。だが、自由の保障と他者の接触禁止と言われても城の外に出るときには護衛騎士をつける。近場なら分隊程度だが、瘴気の浄化の為に遠方へ遠征するときには少なくとも中隊は必要だ」
分隊とか中隊とか規模がわからないけど、護衛が必要なら拒むつもりはない。よくわかんないけど、お茶会だのパーティだのお披露目だの、そういう私が必要としない対外との折衝は全力でお断りであること、瘴気がどうとかってのは仕方ないから請け負うけど、それ以外に義務を課すなということだ。
「なるべく聖女殿の意に沿うよう鋭意努力しよう」
努力かい。ま、いい。ここであーだこーだ言っても堂々巡りになりそうだ。
「しかし、教師はつけさせてくれ」
「は?この国のこととか学んだりしないけど?」
「そうではない。魔力の使い方・浄化の方法・魔脈の乱れの正し方などだ。聖属性の魔力を尋常でないほどに宿していても、使い方がわからねば対処は不可能だ」
ああ、なるほど。便利な力でも使い方がわからないんだったら無いのと同じ。スマホを「これ、便利だよ」って渡しても、使い方が分からなかったらただの板だという感じか。
それは確かに教えてくれる人がいないと困る。教師は実行犯が担当するのかな。
そうであればいい。
他人に聖女としての行動を求められたら私はまた反発するし、こっちに知り合いを増やすのはごめんだ。
数日ゆっくりするように王子は言ったが、私は一日でも早く帰りたいので明日から勉強を始めることにした。実行犯の都合?そんなのは知らない。
メイドは要らない。風呂は一人で入れるし一人で着られる簡素な着替えを所望。こんな広い部屋は要らない。小さくてシンプルな部屋に移動する。あ、でも、風呂付きは譲れない。食事は部屋に持ってきてもらう。給仕は不要。
この世界の言葉はわかるか文字が読めるのかわからなかったので、本を一冊希望する。王子が部屋の外にいた誰かに指示を出して持ってきてもらった本は、立派な表装の分厚くて重い本。字が読めるかどうかの確認だけなんだから、こんな重いの持ってこなくてもよかったのに。
文字が読めなかったら文献漁りは暗礁に乗り上げることとなったが、杞憂だった。しっかり文字もわかる。なので、図書館?図書室?そういう場所があったら出入り自由・持ち出し自由としてもらい、基本は部屋にこもるから魔法が使えるようになり瘴気をどうにかするという段階まで干渉不要。
言いたい放題したが、王子に否やはないようだ。金品の要求だったり権力を求めたりだとかじゃ無いのだから、むしろそれでいいのかと聞かれた。
いい。
私が望むのは亮君のもとへ帰ることだけだから。
勉強は順調だ。
実行犯曰く、これほどの修練速度はかつて見たことがないという。他の人の魔法を知らないので何とも言えないが、覚えがいいに越したことはない。早く帰りたい。帰る方法は見つかっていないけど。
「そういえば、なんで私が聖属性があるとか魔力量が多いとか分かった?」
手を抜いているわけではないが、魔法の訓練中に話ができる程度には余裕になったので実行犯に聞いてみた。
「俺は鑑定を持っているからだ」
ああ、ラノベでよく見るヤツ。
「そう。もしも、私が聖属性を持っていなくて魔力量も少なかったらどうなってた?」
素朴な疑問だったのだが、実行犯は目を逸らして答えない。ああ、なるほど。誘拐した相手が、もしも必要な力を持っていなかったとしら、その後の運命は推して知るべしってところか。
ますますこの世界が嫌いになった。
王子と実行犯はよく会って話すが、主犯とは召喚された時以来会っていない。なんでも王様に怒られて謹慎中だそうだ。王様が対面して私に詫びたいと言っていたそうだがお断りした。
王様は真っ当な人のようだから、誘拐犯たちのしでかした事を詫びさせるわけにはいかない。なので、会うつもりはない。
訓練を初めて3か月。王城内の本を読み漁っても帰還に対するアプローチの初手すら見つからない。
本当に帰れないんだろうか。
ダメだ。帰れないかもなんて考えたら一歩も動けなくなる。帰るんだ。絶対に帰る方法を見つけるんだ。
もう、結婚式の日付はとうに過ぎ去っている。亮君にも家族にも、披露宴に招待した親せきや友人たちにも申し訳なさすぎる。私のせいではないけれど、披露宴の中止の原因は私なのだ。
帰れないかもしれないなんて考えるより、帰ったらどう説明してどう謝るかを考えよう。聖女として召喚されたなんて言ったら、すっごく嘘くさいだろう。本当のことなのに。
亮君に逃げたんじゃないかと疑われていたらどうしよう。
事故や犯罪に巻き込まれているのではと心配をかけているのかもしれない。
いっぱい謝るから。金銭的にも気持ち的にも負担をかけてしまったことを、一生かけて償うから。
だから、亮君、私のことを嫌いにならないで。
「あら、聖女様。本日の学びは終わりですの?随分と研鑽されているご様子。やるならば最初から駄々をこねずにやればよろしかったのに。それにしてもなんですの、その恰好は。ドレスの選び方も着方もわからないのでしたら教えて差し上げても宜しくてよ」
訓練からの帰りにキャスリーンから嫌味を言われるのは、度々あることだ。表面上は私の努力を誉め、アドバイスをくれているような体を装っているが、見下し笑いのその表情が言葉を裏切っている。
最初にあったときに、私が正面切って反抗したのがよほど気に障ったらしい。だったら放っておいてくれればいいのに、折に触れ嫌味を言いに来るのはなぜなんだ。鬱陶しい。
私が無視して通り過ぎると、後ろからキャスリーンとそのお取り巻きのクスクス笑いが追いかけてくる。ああ、本当にもううんざりだ。
「聖女殿、準備は宜しいか」
王子に問われて私は頷く。
召喚されてから半年。いよいよ浄化の実践をすることとなったのだ。
早く早く早く。
早く帰りたい。帰る方法を見つけたい。