閑話
「お兄様!なぜ助けてくれなかったの!?」
「出来るかっ!」
あの聖女とは名ばかりの下賤な娘。
王家への敬意も聖女としての矜持も足りなず、聖女たらしめたお兄様への感謝も殿下の婚約者であるキャスリーン様を尊重することもない腹立たしい女。
そんな女の髪を切ったくらいでなぜ登城法度を申し付けられねばならないのか。
聖女を害したことで王家ににらまれたことに納得がいかないベリンダ――聖女召還の実行犯である魔導士長の妹は、兄に責められて口を尖らせた。もしも自分の髪が一筋でも損なわれたら聖女のような生ぬるい対応などしなかっただろう彼女は、ざんばらに髪を切られた状態で城内を歩いた神経のほうが信じられない気持ちなのである。
「……実際に切ったのは私ではありません」
「共犯だろう……示唆、いや、手を汚さなくてもお前たちが主犯なんだろう?」
お前たち――私と王弟殿下の姪であるアガタ様のことなんでしょう。キャスリーン様は今回の件を全くご存じなかったのだから。
「なぜあんなことをしたんだ」
お兄様の表情が厳しい。
自身にも周囲にも厳しくて外では恐ろしげに言われているお兄様。それでも私にはとてもやさしいお兄様。
こんな厳しい表情を私に向けるなんて……。やっぱりあの女が悪いのっ!
自分が行ったことを棚に上げるベリンダには、まったく反省の色が無い。
「だって、生意気ではないですか!聖女にしてくださったお兄様にも、殿下にもキャスリーン様にもあの失礼な態度!」
「聖女が生意気なのとお前に何の関係がある、ベリンダ」
「お兄様っ!」
「頭を冷やせ。お前はもう聖女に関わることは許されない」
さすがに屋敷内で蟄居するように言われたわけではないが、登城禁止の噂はどこからか流れたようで友人たちに距離を置かれ、ベリンダは鬱々とした日々を過ごしていた。
そんなベリンダの耳にも届いたこの国は救われたという話。
あの憎たらしい女は本当に聖女だったらしい。
「もう瘴気を問題にしなくてもいい」
うきうきしたお兄様は、どこかのぼせたような笑顔で言った。
「聖女殿が、問題を根本から解決してくれた」
「根本?」
「ああ、そうだ。この先のことは現時点では検証のしようがないが――ふっふっふっ、浄化だけではなくとんでもない功績をあげたんだぞ?」
あの女が?信じられない。あ、でも。
「それならもう聖女は要らないのよね、お兄様?良かったぁ。元の世界でもどこでもいいから、さっさといなくなっちゃえばいい。嬉しいっ」
そう、役目が終わったなら退場してもらわないと。ベリンダはそう考える。
「お前は馬鹿か」
「え?」
「これだけの功績をあげた聖女殿に対してなんという不敬だ」
不敬?相手は会の下賤な女なのに?
「お前には感謝の心が無いのか、ベリンダ。聖女殿は国を救ってくれたんだぞ?」
正直、ベリンダは国が危機に陥っているという実感がなかった。瘴気の問題は知っていたが、王都内での生活はその問題以前から変わっておらず、父や兄の帰りが遅くなってしまったことと領地にいる母からの手紙に滲む苦労で、大変そうだなぁと他人事のようにとらえていた。
なので、聖女が来て国が救われたと言われてもピンとこないのだ。
なんであんな女のことをみんながありがたかっているのかわかんない。それがベリンダの正直な気持ちだった。
「お前に話した俺が馬鹿だった」
「え、だって、あの人は元の世界に帰りたいんでしょう?お兄様も殿下もその方法を探しているって」
私はあの女に消えてほしい、あの女は元の世界に帰りたい。何の齟齬もなくお互いの気持ちが一致しているのに、お兄様は何を言ってるんだろう。
そう思ったベリンダに返ってきたのは彼女が最も望まない言葉だった。
「聖女殿をこの家に迎えられるよう動いている。俺が召喚したんだから、彼女は俺のものだ」
「この家に迎えるって……」
まさかそんな!野育ちで聖女どころか淑女らしさの欠片もないあの女を養子に迎えると言うの!?
衝撃を受けたベリンダだが、話はもっと悪いものだった。
「聖女殿は俺が娶る」
「イ……イヤ―――っ!!嫌よっ、なんでお兄様が?あ、召喚の責任を取るとかだったら、元の世界に返す方法を探すべき……」
「……返す方法を探さなくてもいいと聖女殿は言った」
聖女はその後も言葉をつづけたのだが、それは敢えて言わないことにしたとは思いもせず、ベリンダは聖女を罵る。
お兄様に責任を取らせようとするなんて図々しい。身の程を弁えられない浅はかな女。一時でも聖女となれたことを誉としてさっさと消えてしまえばいい。
言い募るほどに兄の表情がこわばっていくことには気付かないまま、ベリンダの罵倒はやまない。
「お前は早々に家を出る準備をしろ」
「え、なんで、そんな」
「聖女殿はお前たちと二度と関わりあわないことを条件にあの暴挙を許してくれたんだ。この家に来た時にお前がいては彼女が不快だろう」
来ることはもう決定しているの?
お兄様は私を追い出してでも聖女の機嫌を損ねないほうを選ぶの?
元の世界に帰ることを諦めていない聖女の気持ちを知りもせず、ベリンダはすべてあの女が悪いのだと思い込んでいる。
「ああ、そうだ。三か月後に聖女殿の功績を讃える式典が行われるが、お前は当然参加は許されない」
聖女の功績を讃えるとなれば、それは大掛かりな式典である。
「国を挙げての式典に出席できないなんて!」
「殿下に申し付けられただろう?お前は城に上がることを許されていない」
言うだけのことを言って去っていった兄の背中を憎々しげににらんだベリンダは子どものように地団太を踏み鳴らすも、王家の不評を買った彼女に慰めの声をかける者はいなかった。
10月10日10時投稿!
いえ、特に深い意味はありませんw




