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「私をもとの世界に返すことは……出来る?」
亮君の所に帰れる?
「ふむ……。その願いは私の手に余るな」
もしかしたらと思って言っただけだけど、やっぱりちょっとがっかりだ。
俯いた私の顔を両手で掴み持ち上げた神霊獣がニマニマと笑っている。
「娘御、そう早合点するでない。私が元の世界に直接送ることは出来ぬが、界渡りの知識は持っておるゆえ、知識をそなたに授けよう。少々習得は難しいかもしれんがな」
や……やったー!
ダメ元で言ってみて良かった。神霊山に来てよかった!
難しくてもいいよ、頑張る
◇◇◇
「え……聖女様?なんでもうお帰りに――何かあったんですか!?大丈夫ですか!?……ふぎゃっ」
下山――というほど登ってはいないが、山から下りて見えない壁に近づいていくと、私の姿を認めた騎士が焦ったように走り寄って、結果、見事に壁にぶつかった。
走っていたので勢いがついており、見えない壁を失念していたであろう為に躊躇のない激突だった。
騎士は鼻を抑えてうずくまっているので、顔面強打したんだろう。痛そうだな、鼻血が出なきゃいいけどと思いながら、私はゆっくりと歩いていく。
「ああ、鼻血が出てるね」
あの勢いならそうだろうとも。まさか鼻の骨は折れてないよね?
「問題は解決したよ」
騎士に治癒をかけながら通り過ぎる。
「え?解決?解決って何?あ、鼻が治った!」
痛みが引いたんだろう騎士は、騎士服の袖で鼻血を拭った。血の染みは落としにくいのに大丈夫かな。
「戻ってから報告は上げるけど、魔脈の乱れはこれから正常化するよ。もう、大丈夫」
「解決って……解決って、それですか!聖女様が神霊山に入ってから一日と経っていないのに、もう!?」
まだ何の検証もしていないし結果も出ていないのに、騎士は大喜びで飛び跳ねている。横殴りにしたせいで頬にまで鼻血が広がっていて酷い絵面だけど、気にならないのか。
しばらく飛び跳ねていた騎士ははっとしたように「では!隊長に報告してまいります!」と言って走っていった。
うん?君は私の帰りを待っていたんじゃなかったのか?
一応十日という目途ではあったけど、いつ戻ってくるか分からない私の為にここで待機していたんだろうに、その私を置いて走り去っていっていいんだろうか。
私は強いから警護とか要らんけど、あとで怒られるんじゃないかな、あの騎士。
足の速い騎士の背が遠ざかっていくのを見ながら私も進む。
「娘御、またいつでも遊びに来るといい、か」
別れ際に神聖獣が言った言葉を思い出し、渡されたものを見て頬が緩む。山にぼっちは寂しいんじゃないかと問うたときは神から拝したお役目のすばらしさを語っていたし、人間が足を踏み入れられないだけで霊獣や神の使徒といった人外はよく訪れていると言っていたけど、訪れたものが去っていくのを見送るだけの立場はやっぱり寂しいんだろうと思う。
亮君の所に帰る前にもう一度会いに行こう。
今度はお茶やお菓子を持って、神霊獣とまったりお話ししよう。
「聖女様―――!」
先ほど走り去っていった騎士が、頬を抑えながらこちらに向かって走ってきた。
「申し訳ありませんっ!」
ああ、やっぱり怒られたのか。
私の目の前で直立した騎士の頬が鼻血ではなく赤くなっていて、少し腫れている。殴られたな、こりゃ。
体が直角になるほどに頭を下げた騎士に「いいよー、平気」と返し、また治癒をかけようとして思い止まった。これを治しちゃこの騎士を叱った上官の立場が無いし、怒られるようなことしたんだから痛いのも仕方ない。
鼻血騎士と連れ立って歩いていると、馬車がこちらへ向かってきた。この辺りは野営地に向かないため、少々離れた場所での待機をしていたはずだが、思いがけず早い帰りとなったので慌てて迎えに来たようだ。
「聖女様、嬉しそうっすね」
迎えに来た馬車に乗り込んだ私の耳に陰口騎士Dの声が聞こえた。
「そりゃ、嬉しいだろう。単身神霊山に乗り込み、この国がここ数年被っていた災害が治まる目途をつけてこられたんだ。さすが聖女様だ」
いや、嬉しいのは亮君の所へ帰れる目途がついたからなんだけど。
「見た感じ、普通の女性なんすけど、やっぱ凄いっすよねー」
「普通よりむしろ小さく細いお体だ。あの細い肩に国の命運などという重責を担わせるのは酷だと思っていたが、王子殿下や王弟殿下、魔導士長どのの目が確かだったということなのだろうな」
こっちの人が大きいんだよっ。それより、私がしたことが誘拐犯たちの功績になるかと思うと腹が立つな。
「……ですが、こうなると召喚に反対されていた国王陛下や王太子殿下のお立場が」
「確かにな……。だが、それは俺たちが考えることではない」
王と王太子は真っ当、と。というか、誘拐王子はお兄さんがいるのか。婚約者の高飛車っぷりから、あの王子が次の王様かと思ってた。
で、私を召喚した王子の株が上がって、召喚反対だった王太子の株が下がるのか。
この国の後継なんて私には関係ないし、王太子の人となりどころか存在さえ知らなかったんだからどうでもいいといえばどうでもいいんだけど、誘拐犯たちの株が上がったことは納得がいかない。
国のためを思っての英断。
そうも思うけど、攫われた当人の立場から言ったら理不尽の一言に尽きる。
亮君の所へ帰る前に、何らかの返礼はしたいところだ。
いや、先ず、神霊獣に教わった界渡りの取得をしなくては。




