02
この子は本気で言ってるんだろうなぁ。聖女ならやれや!って。
「なんで私が無関係の民やら国やらの為に働かなきゃいけないのか、ちっとも分らない」
「聖女なら!」
「あのさ、あなたは”力があるんだから自分たちの為に尽くせ”って言われてやるの?」
キャスリーンの後ろに付き従っているメイド?侍女?女官?――そのあたりの違いが全く分からないけれど、そんな感じの女性たちが眉をひそめて「キャスリーン様になんて口の利き方を」とか「下賤な者ゆえに礼儀もご存じないと見える」とかひそひそ言っているけど気にしない。
私は執念深いんで、顔はしっかり覚えておくけど。
「当然のことです。国の為に、民のために尽くすのが貴族。持てる者の義務ですもの。私はそう育てられましたし、その立場にあることを誇りに思っています」
おー、ノブレスオブリージュってやつですか。背筋がピンと伸びている彼女がまっすぐ私を見つめる瞳には信念が見て取れる。でもさ、そうじゃなくてさ。
「あー、あなたがこの国の為に、この国の民の為に尽くすだろうってのはわかるよ。そうじゃなくて、縁もゆかりもない存在すら知らなかった場所に誘拐されて、自分を攫った犯人に自分の国のために働けって言われても、力あるものの義務だからと言って唯々諾々と従うのかって話。私は今、そういう状況なんだけど?」
自分をはぐくんだ世界、大事な家族や友人、恋人、恩義ある人、そういう人たちの為に自分の力のかぎり国を守ろうってこのお嬢ちゃんは思ってるんだろう。彼女が本気でそう言っていることはわかったけど、さて、私の立場だったらどうよ?
キャスリーンが言葉に詰まる。それでも、私を説得するためか屈服させるためか心持ち顎を持ち上げて言う。
「当然です。たとえこの国でなかったとしても助けを求める無辜の民がいて、私がその者たちを助ける力があるのだったら、見過ごすことはありません」
ほう、ご立派だこと。その言葉、忘れんなよ。口元が歪んだ笑みを浮かべた自覚はある。
私の顔を見て、キャスリーンが少し引いている。
キャスリーンがどこかの窮地に陥っている世界に喚ばれますように。箪笥の角に足の小指をぶつけますように。毎晩、寝ているときにこむら返り起こして安眠が妨害されますように。
「へぇ、奇特な人だね。じゃ、攫われたのが結婚式直前でも?王子様と結婚するんだよね?」
「あなたは何を……」
「私、十日後に結婚式を控えてたんだよ。世界で一番大好きな人のお嫁さんになる直前にこの世界にさらわれたんだけど、あなたはそんな状況でも誘拐犯の為に尽力するんだ?偉いねー」
今度こそキャスリーンは返す言葉を持たずに黙り込んだ。私にも人生があって、それをまさにこの国の人間にぶち壊されただなんて考えもしなかったんだろう。
「そ……それでも、その場所で私の力を必要としている民がいるのならば……」
「わー、すごーい。あなたこそ、まさに聖女様って感じ。ほんとは私じゃなくて、あなたが聖女なんじゃない?自分の心を押し殺してでも救いを待つ者の手を取ることができるんだもん。私には真似できないなぁ。だって、私は彼のことが好きで好きで好きすぎて10年間ずっと彼のお嫁さんになりたくて、彼と見ず知らずの世界全部と比べたって彼が大事だもん」
聖女のようだと称えればまんざらでもなさそうな顔をしてるキャスリーン。いや、褒めてないけど?嫌味なんだけど?キャスリーンについてきた女性たちは眉をひそめてる。
「あ、それとも」
首をコテンと傾げて、自分でも嫌な顔をしていると自覚しながら私は笑う。
「別に王子のことが好きじゃないからどうでもいいのかも?私は下賤の出なんで分からないけどー、お偉い王族サマとかお貴族サマとかって、政略結婚?とかなんでしょ?」
私の言葉に傷ついた顔をされても心が痛まないっていうのは、ちょっと拙いかも?相手は15~6の子どもなんだし。そう思いつつも口が止まらないほどに、私の心はささくれ立っている。
「私は好きでもない人と結婚なんてできないから、お偉い人って大変だねぇ?ああ、お互いに愛してないなら、そういうのもどうでもいいのか。血を繋ぐためだけに結婚するんだもんねぇ?」
そもそも、キャスリーンがわざわざ私の所に物申しに来たんだしな。
放っておいてくれたなら、こっちからちょっかい出しに行ったりしないのに。
「キャスリーン!」
そこにやってきたのは王子様。ドアは開いたままだったのでノックすらせずに、一応私に割り当てられた、女性の部屋に突入して来たのはどうなの?ジェントルとして。あれ、名前なんだっけ。名乗らなかったのか私が聞いてなかったのか。
名乗らないってことはないか。私が聞いてなかったんだろう、たぶん。
特に知りたいとも思わないから、王子は”王子”でいいだろう。魔導士の偉い人だという男は”実行犯”で、短気で偉そうな男……王弟、だっけ?あいつは”主犯”でいい。
これだと王子だけ普通であとの二人と釣り合いが取れないかな、ま、いいか。
王子とキャスリーンがごちゃごちゃと話しているのを、見るとはなしに見ている。あ、キャスリーンが涙目で王子に何かを訴えている。王子は首を振ってそれを却下。やや強引に退出させた。もちろん、メイドだか侍女だかたちも一緒だ。
あ、私に着替えるように言ってたメイドもいなくなってる。さしずめ「こんな我儘な人は聖女であっても仕えられませんっ」ってところだろうか。仕えてくれなくてもいいけど。
さて、残った王子にこれからのことをお話ししようか。あちらもそのつもりで残ったんだろうし。