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「なんでもっと早く来てくれなかったの!?聖女様が来てくれたなら、お父さんは死ななくて済んだのにっ!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら私を睨み付けている10歳くらいの少女。
彼女の父親は、瘴気による病をえて半月ほど前に亡くなったそうだ。
「うん、ごめん」
「謝ったってお父さんは帰ってこないっ。なんでもっと早く来てくれなかったの!?聖女様なんでしょう!なんでお父さんを助けてくれなかったの!」
「うん、ほんと、ごめん」
私は責める少女を排除しようとする騎士を制して謝るしかできない。
私が髪を切られる事件の後の話し合いで、一か月後に神霊山を向かうことが決定する。
その一か月の間に、主犯の姪と実行犯の妹、それと実際に私の髪を切ったキャスリーンの取りまきと、計画に参加していたメンバーの処遇が決まった。
「聖女殿、本当にそれいいのか?」
自分の婚約者が関係していないことを知った王子は、私が下した罰が甘いと不満らしい。キャスリーンが加わっていたら温情を求めたんじゃないのかね?
「構わない。恨みは10倍にしてって言ったけど、私がお礼する前に兄や友人に切り捨てられた時に感じた衝撃でもう十分に罰になってるから。今後、私の目の前に現れなければそれでいい」
私の希望を聞かれた時に二度と会いたくないと言ったら、二人は登城禁止になり侍女たちは家に戻されることとなった。あの子らも貴族だったそうで戻る家があったのは幸いだ。けど、王子はそれでは甘いという。私は髪を切られたことにダメージはそれほど受けていない。むしろ危機管理が甘かった自分に対する注意喚起のように受け止めている。
「国としては聖女殿に危害を加えた者たちを放置は出来ないのだが」
それはそっちの事情なんでお任せする。私に関わらない所でどうにでもしてくれ。そう言うと王子な頷き、実行犯は頭を下げて感謝の言葉を口にした。珍しく何の棘もない、心からのお礼のように思う。
やっぱり妹は可愛いのかね、あんな短絡的で煩い子でも。
一か月の間クオーツとグレインを作りまくり、でも侵入者再びなんてことが無いように魔力を調整して寝る前には部屋に結界をかける程度の余力は残す。今回の一件はそこそこの速さで伝播されたらしい。
ざんばら髪の聖女が城内を練り歩いて王子の執務室に向かい、その後を追うようにキャスリーンご一行が入室。部屋を出たときには泣きじゃくる実行犯の妹、真っ青な顔でよろよろと歩く主犯の姪、同じく青い顔の侍女たちと苦虫を噛み潰したような王子の婚約者。
噂にならないほうがどうかしている。
王子たちが彼女たちにどんな罰を与えるのか知らないし興味もない。私に関わらなければそれでいい。
一か月がたって、神霊山への遠征。
瘴気の浄化や魔脈の正常化をしながらなので、道行は遅々としているがそれは仕方がない。畑や果樹があれば成長促進して食糧難の解決の一助とし、病人や怪我人がいれば癒す。
感謝されたくてしていることではないけれど、やはりお礼を言われれば嬉しくなる。聖女になんかなりたいと言った覚えはないと啖呵を切ったけど、自分が町や人を救うことができたと思えば達成感も充足感もある。
でも、気づいていなかった。
私に正面から言う人がいなかっただけで、これまでの町や村でも亡くなった人は少なくなかったことを。
王子だって言っていたはずだ。死人の数もあり得ないほどに増え続けていると。
「なんでもっと早く来てくれなかったの!?聖女様が来てくれたなら、お父さんは死ななくて済んだのにっ!」
「貴様!聖女様になんてことを!聖女様がどれだけの民を救ってくださったのかも分からぬくせに」
「でもっ私のお父さんのことは助けてくれなかった!」
「聖女様おひとりですべての民を救うことなど出来るわけがないことくらい、子供だと言ってもわかるだろう!この国に恩顧も所縁もない聖女様が、どれほど国に尽くして下さっているのか考えろ!本来なら、聖女様はこの国を、民を救う義理などないのだ!」
ああ、うん、その通り。騎士の言う通りなんだけど。あ、この騎士は陰口騎士Aだ。もう一月近く旅をしているのに、今気が付いた。
ここにきたのが半年後なら、この少女もこれほどに憤りは覚えなかっただろう。
半月。たった半月早ければ父が助かったかもしれない。まだ生きて自分のそばにいてくれたかもしれない。幼い子どもがそう考えることに何の不思議があるだろうか。
「うん、ごめん」
「謝ったってお父さんは帰ってこないっ。なんでもっと早く来てくれなかったの!?聖女様なんでしょう!なんでお父さんを助けてくれなかったの!」
「聖女様が謝罪なさることなどございません。あなた様がどれだけ献身を持って民を救って下さっているか、我々は知っております」
「ありがと、うん、でもね、この子の気持ちもわかるから」
聖女の召喚は国中に触れられている。救われた町や人々の話も膾炙され、それまで苦しさに、大事な人を失うことに、先の見えないことにただただ身を縮めていた人々が見つけた希望。
いままでなかった救いの光。
救いの手を渇望し、明日を信じて待って待って待って待ちわびていたのに、あと一歩届かなかった時の絶望。
すべてを救えるなんて傲慢な考えは持っていないし、そもそも救わなくてはならないとすら思っていなかった。聖女なのだからという誘拐犯たちや城の貴族たちには反感しかなかった。
けれど、ただただ救いを待ち望み信じて待っていた無辜の人々。彼らには、私は謝ることしかできない。
キャスリーンが正しいの?
助けを必要とする者がいて、それを成す力が自分にあるのなら見過ごすことはあり得ないと言った、彼女の考え方が正解なんだろうか?
誘拐されて、自分の幸福と未来を潰されて、それでも救いの手を伸ばす……そんな聖人君子みたいな行動をとれるのが当たり前?ああ、聖人君子じゃなくて、そういえば聖女だったよ、私。
「うん、ほんと、ごめん」
私なんかが聖女で、ごめん。




