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朝、目が覚めたらナイフでした。
あ、いや、私がナイフになったわけじゃない、もちろん。目が覚めたら枕元にナイフが突き刺さっていたのだ。まあ、でも、魔法だの召喚だのあるとんでもない世界なんだから、目が覚めたらナイフになっていたっていうのもあるかもしれない?
「あぶなっ」
寝返りの仕方によっては顔にナイフが当たっただろうし、起きたときに気づかずに身じろぎしてざくっと傷を作ったかもしれない。自分で治せるけど、それで無かったことにはできない。
寝ているときに無意識に治したとかじゃなければ、怪我をすることはなかったようで良かった。怪我していなければいいってもんじゃないけどさ。
たまたま侵入者に気付かないほどぐっすりと眠っていたわけじゃない。そもこっちに来てからぐっすり寝たことなんて一度もない。
では、なぜ気が付かなかったか。昨夜は魔力を枯渇寸前まで使っていて、寝たというより気絶に近い形で夜を過ごしたからだ。
昨日、王子たちとの話し合いの後に王子の婚約者たちともお話しして、その後に神殿騎士と話し合いをした。今度の瘴気浄化の旅は遠方になるから、私がセイクリド・クオーツとグレインを出発前にかなう限り大量に用意して、瘴気と魔脈が見える者たちに応急処置を頼むことにしたので、さっそく作り始めたのだ。
神霊山までまっすぐに行っても馬車で半月。
当然、行きがけに瘴気を浄化したり魔脈の正常化をしたりするとなると時間はもっともっとかかる。おそらく、いったん出たら数か月は帰ってこられないだろう。そして、私は早く出発したい。
なので少しでも多くクオーツとグレインを作っておかなくてはと、頑張った。
初遠征で行ったあの町でも思ったけど、働きすぎだろう、私。聖女としてこの国を救おうなんてこれっぽっちも思っていないのに、なぜ魔力枯渇寸前まで頑張ってこんなにセイクリドを作っているんだろう。
真面目で勤勉な日本人気質が憎い。
起き上がると、枕元には大量の髪の毛。精神的にきてて抜け毛が……というわけではなく、ばっさりざくざくっとナイフで切られたようで、頭に手をやってみるとザンバラになってるっぽい感じだ。
あらま。
ここまでされても起きなかったのか、私。やっぱり寝たんじゃなくて気絶だったな、うん。
ノックの音が聞こえたので反射的に「どうぞ」と答えた。
「聖女様、朝食をお持ちいたし……キャ――――ッ!!!」
ああ、もう朝ごはんの時間か。随分と寝坊してしまったようだ。
「せ……聖女様、これはいったい……」
メイドが真っ青になって私の顔を見、枕元の散らばった髪を見、また私を見る。
最初に与えられた部屋だったら、ドアからベッドが見えるなんてことはなかったけど、いまいる小さな部屋では部屋に入ったら丸見えだ。小さな部屋を希望したのは私だし、この頭を見られても私は気にしないけど、メイドはショックを受けたようだ。
いや、びっくりはしたけど亮君に見られることが無いのなら、散切り頭だろうが坊主頭だろうがどうでもいいし。
「王子と魔導士長にアポイント取って。出来るだけ早い時間に」
「あの、それよりも、そのおぐ……御髪は……」
もしかして、私が錯乱して自分で切ったとでも思ってるかな?信頼関係どころか友好的な関係すら持ってこなかったのだから、誤解されても仕方ない。
「王子と魔導士長にアポイント取って」
私を心配してくれる人だからこそ距離を取る。私はつっけんどんにメイドに言って部屋を出るよう促す。
慌てて出ていったメイドをベッドの上から見送ったあと、散らばった髪をシーツでまとめて部屋の隅に置く。あとで処分してもらおう。
身支度を整えて朝食を摂っている間にメイドが戻ってきた。早い。ちょっと息が切れているけれど、もしかして走ったんだろうか?お城の中で走ると怒られるのに、そんなに私の頭が衝撃的で怖かったのか。
「殿下より、午後一番にお時間を取って下さるとのことです」
「分かった。あと、あれ捨てておいて」
私がひとまとめにしてあるシーツを指さすと、その中身が分かったんだろうメイドはひぐっと妙な声を出して頷き、それを持って部屋を出ていった。他人の髪の毛を始末するなんて嫌だろう、ごめん。
さて、王子と会う前にもう少しクオーツとグレインを作っておこう。魔力が枯渇しないように気をつけねば。
◇◇◇
「報告は受けていたがこれほどとは……」
午後一番で執務室を訪れた私を見て王子が痛ましげに眉を寄せた。実行犯も見てはいけないものを見たかのように目を逸らす。髪は女の命と日本でそんな言葉があったけれど、髪はまた伸びるしそもそもそれほど思い入れもない。亮君いないし。
「私の部屋の監視記録を見せて」
「監視ではない、警護だ」
いや、監視でしょう。
私の部屋のドアには魔道具が設置してあり、その魔道具には出入りした人間を録画する機能がある。訪うのはメイドさんと誘拐犯くらいだから、私が部屋を出るときの為に付けているんだろう。
魔道具は一見それと分からないようなドアの装飾に見えるから、私の部屋に昨夜侵入した人は監視カメラだとは気づいていない可能性が高い。ならば、思い切り顔出ししているんじゃないだろうか。
実行犯が録画された映像を再生する準備を整えているときに、キャスリーンご一行がやってきた。
「まぁ、なんてみっともないお姿になっていますの、聖女様?」
「下々の者の趣味は分かりかねますわねぇ」
「ほんと、そうですねっ。こんな不格好な聖女なんて国の威信にかかわるんですから、みすぼらしいならみすぼらしいなりに整える努力くらいはすればいいのに」
王子の婚約者、主犯の姪、実行犯の妹は今日も元気だ。昨日は青い顔をして震えていたのに立ち直りが早い。
アンタら、もう少し表情を覆い隠したほうがいい。お貴族様ってのは笑顔の仮面をつけて腹の探り合いをするってイメージだったんだけど、三人は嬉しそうにざまあ見やがれとでもいうようににやにや笑いをしていた。私に何があったかを知っていて、ここを訪れるのを待って王子の執務室まで来たんだろう。でも、仮にも王子の執務室にそんなほいほいとやってくるなんていいのか?婚約者だとフリーパスなのかな。
お取り巻きだかお付きだかの面々もクスクス笑いながら頷いている。そうですか、私の災難はそんなに楽しいですか。
「髪はそのうち整えるよ。犯人に私の姿を見せて、お前もこうしてやるからなって脅しをかけてから」
「は……犯人って」
そこで口ごもっちゃだめだろう、主犯の姪。如何にも自分がかかわっていますと宣言しているみたいじゃないか。あ、キャスリーンの後ろにいるお付きの一人の顔が青くなった。お前か。
「私の部屋ってさ、何かあったら心配だからって王子が魔道具で記録取っていてくれてんだよね。昨夜、私の部屋に来た人間を割り出して、こんな頭にしてくれたお礼をしようと思ってさ。恩は倍にして返せ、恨みは10倍にして返せっていう家訓を聞いて育ったんで、そりゃもう、しっかりと返礼しないと」
「お兄様!」
まさか記録があるとは思いもしなかったのか、実行犯の妹が焦ったように兄を呼ぶ。
実行犯は、妹が縋るような目で見てきたことで事態を察したのだろう。まさか自分の妹がかかわっているとは思っていなかったのか眉間に皺を寄せて、ゆっくりと首を振った。
「お兄様ぁ」
実行犯の妹は座り込んで泣き出したけど、実際に私の髪を切った女しか映像には映ってないよ?そいつが捕まったら自分の名前が出てくることを確信しているようだけど、やらせるなら口が堅い……それこそ命を懸けてでも命令を守って黙秘するくらいの信頼関係がある相手を選ぼうよ。後のことを考えずにその場のノリと勢いでやらかすとは、ちょーっとお馬鹿さんなんじゃないだろうか。
たまたまそこにいたメンバーで、きゃっきゃうふふしながら立てた謀なんだろうな。だから覚悟がない。
「キャスリーン……そなたまさか」
「何のことでございましょう?私には関わりのないことでございます、殿下」
おお、王子の婚約者は肝が据わっている。私の襲撃に直接的に関わるどころか、指示も分かりやすい示唆もしていないと見た。
やんわりと「聖女様にも困ったものですね、いま一度ご自身を見つめなおしていただきたいものです」とかなんとか言っちゃって、それを聞いた主犯の姪と実行犯の妹が計画を立て、青い顔をしているお付きにやらせたってとこだろう。
婚約者の言葉を聞いてあからさまにほっとした王子は、厳しい顔つきになって言う。
「我が国を救う聖女殿に危害を加えたものは、それ相応の報いがあるだろう。聖女殿の言う”礼”以外にも、国として動かなければなるまい」
「そんな大げさな……危害と言ってもたかが髪ではありませんか」
主犯の姪が首を振って訴えると「たかが髪か。ならばそれを一生涯失うことになったとしても大したことのない問題だな」と王子に言われ、救いを求めるようキャスリーンを見た。
しかし、目も合わせないキャスリーンの態度に絶望したか、そのまま倒れてしまった。
大丈夫、きっとこの国にも鬘はあるよ!知らないけど。




