10
「謝罪を受け入れます。――で、いいんだよね?」
断って面倒くさいことになるより、受け入れたほうがいいだろう。
「ありがとうございます、聖女様」
副隊長が頭を下げると、土下座陰口騎士たちが慈悲深いだのお心が広いだの口々に言っているけど、ほんと、面倒事がいやなだけなんだよ。しかし、慈悲深い聖女様扱いになるくらいなら謝罪もさせずに悪逆非道な聖女様になっていたほうが厄介なことにならなかったかもしれない。
――という私の予想は大当たりしてしまった。陰口騎士たちが妙に私に懐いてどこに行くにもついてくるようなり、一挙手一投足を誉めてくるという地獄のような状況になってしまったのだ。
魔脈の正常化は成したものの、何せ初めての試みだ。数日は町にとどまって経過観察をすることとなった。神殿騎士は嬉々としてレポートを書いている。民を救う術だからというのは勿論なんだけど、研究オタクっぽい雰囲気を醸し出していてあまりにも熱心すぎて寝食を忘れているほどの情熱をみせていて、ちょっと引く。
いや、神殿騎士が纏めて報告してくれるなら有難いことだから、そのエモーションが行き過ぎに見えても見ないふりが正解かと思う。私が魔脈の様子を見に行った時に「ふふふふふっ」とか「ひゃっほー」とか聞こえたのも気のせいだということにする。
見た目は真面目そうで整った顔をしている神殿騎士は、少々変わり者であるようなのでなるべく距離を置きたいと思う。
「聖女様、まだお戻りにならないのですか」
陰口騎士Aが言う。
「休憩なさってはいかがでしょうか、聖女様。朝から働き詰めです。お体をおいといください。かけがえのない御身です」
陰口騎士Bが言う。
「お茶の支度をいたしましょう。どのような茶葉をお好みになりますか」
陰口騎士Cが……って、あー、鬱陶しい!
経過観察は変わり者の神殿騎士がしているし、聖女として魔脈や瘴気に対処する要もないので、私は町の中で出来ることをしている。畑の作物を成長促進して収穫し町の人に配ったり、病人を癒したり子どもたちや赤ん坊の世話をしたり。
勉強はしていたけど病人やけが人へ治癒魔法を施すのは初めてのことだったので、本人にちゃんと説明してから治癒した。
「まだ新米で紙学問のみなんです。不安に思われるようでしたら神官を待ってもらいたいと思います。あ、大丈夫です。私が神官の派遣をさせます、絶対に。応じないようなら力ずくでもつれてきます」
「ああ、聖女様はなんとお優しい。私が聖女様の初めての患者になれることを光栄に思いこそすれ不安などとんでもない。どうぞ、よろしくお願いいたします」
初めての患者はお年を召したご婦人で、左手首を骨折していた。ろくな食事をとれなていないせいで骨が脆くなっているんだと思う。幸いにして治癒が効いて老婦人は手が動かせるようになり、とても感謝をしてくれた。
「どうして皆さんは町の外へ出ていかないんですか?」
確かに国中が瘴気の異常発生で困窮しているとはいえ、動脈硬化しているような魔脈の真上なんて発生した瘴気をいの一番に直接取り込んでいるようなものだ。ここよりももっとましな場所はあるだろうに。
「この町の者は移住を禁じられているんです」
悲しげに老婦人は語る。
「この町ではグラナディアという果実を王家に献上しておりました。太后さまがとてもお気に召してくださっていて、直々にご訪問くださったこともあったのですが、そのグラナディアの木が此度の厄災で枯れたことをたいそうお怒りになり、木を元通りにするまで町のものが逃げ出すことを禁じられたのです」
はぁ!?瘴気のせいで枯れた木に、町の人がどう対処できたってーの?
ああ、いや、聞いておいてなんだけど、この国の事情に嘴を突っ込むつもりはない。ここで私がむかついたからといって、手出しはしない。私は亮君の所に帰るんだから、目の前のけが人や病人は癒してもそれ以上のことはしない。
根本をどうにかするのは、この国にいる人たちの責務だ。
虐げられた人々がそのまま儚くなるも、一致団結して刃向かい戦になるも私の関知するところではない。
そんな冷たいことを考えている私に、老婦人は頭を下げている。
「周辺の町や村にも通達がいっておりますので、町を出ても受け入れてくれる場所もなく、枯れた木と命運を共にするしかない状態でございましたが……聖女様がいらしてくださいました」
街道沿いに居た人たちが他所に行かない――行けない理由が分かった。行っても受け入れてもらえないんだ。
魔脈を正常化して瘴気を浄化したことは、おそらく町の人には分からないことだろう。だって、見えないから。
でも、畑や果樹を再生し、促進魔法で成長させて収穫をしたことは誰の目にも明らかで。
私は町の人たちにたいそう感謝された。されすぎて居心地が悪いほどに。
最初の患者になってくれた老婦人は、私に治癒の経験をさせるために実験台になってくれたようなもんだ。もしも怪我が悪化しても文句の一つも言うつもりはなかったように思う。
本当に成功してよかった。
出来ることが分かってはいたけれど、相手は生きた人間だ。ちょっと間違えたとか手が滑ったとか、そんな馬鹿なミスが絶対にないとは言えないので少し不安だったのに、老婦人の笑みが固くなった私の体をほぐしてくれて、それで成功したように思う。
これで自信はついた。
治癒に関しても、私が”出来る”と認識したことは出来るのだ。聖女ってすごいね、私が言うのもなんだけど。
「聖女様、どっちが素っすか?」
陰口騎士Dに聞かれ、何のことだか分からずに首をかしげると
「俺らや魔導士長、神殿騎士にはつっけんどんで冷たいのに、あのばーちゃんにはすっごく丁寧で優しくて聖女様みたいでしたよ!」
とのたまう。
阿呆じゃないか。
罪のない老婦人に対する態度と、私の敵である国側の人間に同じ態度をするわけないだろうに。どっちが素かといえば、どっちも素だ。
馬鹿な質問をスルーすると、陰口騎士Dが他の三人からボコられていた。




