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召喚聖女の返礼  作者:
1/43

01

「帰して!聖女なんて知りませんっ、私を帰して下さいっ」


 私は懸命に訴えるが、目の前の男たちは悲痛な面持ちをしつつも首を縦に振ることはなかった。

 声が震えてしまった。声だけじゃない、体も震えている。強気に出たいのに。


 教室くらいの広さの部屋は、家具も装飾もない。窓も電気もランプもないのに、なぜか明るい。ああ、馬鹿みたいだ。光源なんて気にしている場合じゃないのに。


「申し訳ない、聖女殿。貴女をもとの世界に戻すことは出来ないのだ」


 そう言ったのは、私を召喚したという男。

 召喚だか何だか知らないが、呼び出したなら責任もって帰してほしい。

 まだ20代後半くらいに見える若さなのに、この国の魔導士の長だと名乗った。私を聖女だとのたまうこの男が諸悪の根源だ。


「私、聖女じゃないです。どこにでもいる普通の人間で……あと10日で結婚式なんです。22歳の誕生日に結婚することになってるんです。帰らなくちゃ……。亮君が待ってるから。結婚式の準備だってもう終わってて、あとは式の日を待つだけで」


 10年来の恋人である2歳年上の亮君との結婚式まであと10日。

 22歳で結婚は早いんじゃないかと言われもしたけど、幼馴染で私が中学一年生のころから両思いだった私たちは、お互いのことをいい部分も困った部分も知り尽くしているし他の人に目を向けたこともない。早めたい気持ちはあっても先延ばしにする意味なんて無かった。


「聖女殿は結婚間近だったのか……。申し訳ない。私たちは謝罪することしかできない。だが、我が国はいま魔脈の乱れによる瘴気の異常発生で、作物は育たず、病気が蔓延し、魔獣が溢れているのだ。民は飢え困窮し、死人の数もあり得ないほどに増え続けている。聖女殿のお力にすがるしかないのだ」


 この国の王子だという私より若い男が言う。10代後半だろうか。

 国民が飢えているという割には肉付きも血色もいいし、豪華な衣装に身を包んでいる。それはそうか。王族まで瀕死の状態だったら、国民なんて一人も生き残っていないんだろう、たぶん。


「それはお気の毒だとは思いますが、私には関係ありません。お願いですから、私を帰して下さい」


「だから、それは出来ないと言っている!」


 癇性に怒鳴りつけてきたのは30代半ばくらいの男。王弟であり、国王が反対した召喚術を独断で強行した、やはり諸悪の根源の一人だ。国王は、我が国の災禍はわが国で――それが無理でも助けは他国に求めるべきで、異世界の人間を攫うような真似は人倫に悖ると言い、決して許可を出そうとしなかったそうだ。


 王様はまっとうな人のようだ。なのに、自分の部屋にいたはずの私は、急に体を引っ張られたと思ったら、この部屋にいたのだ。

 召喚なんて聞いたら嘘くさいけれど、実際に私は未知の力で知らない場所に連れてこられた。でも、誘拐犯に聖女だの国を救えだの言われても、私には関係ないから帰してとしか言えない。


 異世界召喚なんて言われたら、なにその乙女ゲー的ラノベと笑う。乙女ゲーにしては攻略対象者三人って少なくないかな、なんて馬鹿みたいなことを考えて、ああ、これが現実逃避かと思い至る。


 私が現実から目を背けて考え込んでいると、誘拐犯たちは送還をあきらめたとでも思ったのか猫なで声でこの国がどれほど大変なのか、聖女の力で救われる民がどれほどいるのかを語りはじめた。私に何ができるのか、まだ何も検証しないままに。


 無関係な私は何を言われても右から左へと聞き流している。


 うん、開き直ろう。夢だと思いたいけど、召喚された時の体の中を得体のしれない何かが通ったような不快感が、座り込んでいる冷たい床が、こっそりつねった手の甲の痛みが私にこれは現実なのだと訴えてくる。


 本当に私をもとの世界へ帰す術がないのだろうか。この男たちがダメでも国王ならどうか。いや、送り返すことができるなら召喚にそこまで反対しないだろう。この国がダメでもよその国ならどうか。もしくは聖女の力とやらで自力で帰ることは出来ないだろうか。


 笑える。


 聖女じゃない、聖女なんて知らないと言いながら、出来るかどうかもわからない帰還のためにその力が使えないかどうか考えるなんて。


 亮君……帰りたいよ。亮君のところに戻りたい。


 ううん、帰る。絶対に帰るから。結婚式までに――というのはもしかしたらちょっと難しいかもしれないけれど、絶対に亮君のところに帰るんだ。


 だから、待ってて。


 ◇◇◇


「我儘もいい加減になさいませ」


 誘拐犯たちに連れていかれた部屋は、今まで見たこともないほどに高そうな家具とキラキラしいファブリックで目に痛いほどに豪華な部屋だった。

 そこで着替えを強要されて断ったら、メイドさんが偉そうな女の子を連れてきた。王子の婚約者でキャスリーンと名乗った少女は、金髪碧眼といういかにもな色彩の、作りは可愛らしいのに険のある表情だ。年は15~16歳くらいだろうか。西洋人――ではないんだろうけど、地球でいうところの西洋人風の外見の少女は、日本人から見たら大人びて見えるけど実際の年齢ははもっと下かもしれない。


「貴女は聖女なのです。国のため、民のために尽くしなさい」


 着替えを断っただけで何この言われよう。そもそも誘拐しておいて自分たちのために尽くしてもらえると思っている、その思考回路が意味不明。今着ているのは楽ちんなワンピース型部屋着。足首まで隠れる丈とふわもこで柔らかい手触り、淡いピンクが可愛くてお気に入りだ。汚れてもいないし着替える必要なんてない。


 王子だの王弟だの魔導士長だのというお偉いさんの前に出られる格好じゃないと言われればその通りだと思うが、そもそもそんな状態の私を誘拐したのはあの男たちなんだから、私が斟酌する必要を感じない。


「なぜ?」

「何故って……あなたは聖女でしょう!



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