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漆黒の上に咲く華  作者: 中馬博文
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華恵

カフェを出るとまだ日差しが強く、上着を着て休憩に出てきた事を少し後悔した。


道行く人々を見渡すと、半袖ワンピースやショートパンツ、中にはノースリーブのブラウスを着ている人々が目に映る。


この業界で働いていると、どうしても季節のトレンドを先取りしようと意識してしまいがちだ。

「ファッションは我慢」という業界人も多いが、どうもその言葉に現実味がないと思ってしまう事が多かった。


井の頭通りを歩きながら、店に戻ったらマネキンに着せている新作のコートをもっと薄手の羽織りに変えようと思った。

毎年九月といえば徐々に秋物を買いにくる客も多くなる頃合いのはずだが、今年の異常気象のせいか客足は厳しい。

ファッション感度が高い顧客が買いに来てくれるものの、去年に比べるとかなり売り上げを落としている。


華恵が勤めているファッションビルの中でも、夏物をまだセール品として、だらだら売り続けているところがいくつか見受けられた。

店に戻り周りのショップを見渡してみても、客はどこも少なくショップ店員の数の方が圧倒的に多く感じた。


店員同士で秋物の新作のどれが欲しいか、などを話し合っている姿も目に入り、それを見てから自分もどの服を社員販売で買おうかなぁと考えながら店内を物色していた。

普段は店員同士の私語や、何もせずに店頭に立っているだけのスタッフには厳しく注意をしてきたが、状況が状況なのであまりとやかくは言わずに、モチベーションを下げない様に他愛もない世間話をして凌いでいた。


働いているスタッフの大半は二十代前半が多く、中には十代の学生アルバイトのスタッフもいた。

自分の入った時は十九歳で一番年下だったのに気付けば年長者になり、新卒で本社の営業部に入社した男性陣からもペコペコと頭を下げられる始末だ。


そういった女盛りのスタッフばかりなので、話す話題といえば恋愛話である。

彼氏と最近どうだとか、最近いい感じの男がどうだとかエスカレートしていき、昨晩の男女の営みの話しになった時には流石に止めに入った。

インスタグラムなどで見れる華やかな女の子が、まさかこんな下世話な話をしている所はとてもじゃないが公開は出来ない。


そんな中、他のスタッフに話を振りながら自分の話題にはならないようにしていた。


何年か一緒に働いている仲の良いスタッフは、恋愛事情を知っている為、わざと自分には話の矛先が行かないように気を使ってくれていのが分かり、

その気遣いに心の中で感謝した。



「華恵さん、あの方お知り合いですか?」


急にそう言われて振り返ると、店先に美希の姿があった。


「どうしたの?今日休み?」 


「商談だったの。アンケートの作成するつもりだったけど

 今日は直帰になったんだ。」


落ち着いたブラウンのシャツワンピースが、いつもに増して大人びて見える。

ふと手元を見てみると、他のショップの袋が見えた。

美希は半分申し訳なさそうな顔をして笑い、手を後ろへ持っていって袋を隠した。


「いいよ。私ですら最近着れるもの少なくなってきたから。」


華恵が働いているショップは、十代頃から好きなブランドではあったが、最近はもう少し落ち着いた格好がしたいとも思っていた。

昔一世を風靡したギャルブランドではなくなったが、

それでも後少しで三十を迎える華恵にとっては最近では若すぎるように感じている。

二十歳の時、雑誌のショップ店員スナップに掲載された時は、周りの友人などにも自慢ができたが、ここ最近は本社のプレスからスナップ掲載やインスタグラムの撮影依頼などがきても、どこか恥ずかしくて全て断っていた。


「そんな事ないよ、いつも変わらず可愛い。華恵、今日は早番?」


「早番だよ。何かあった?」


広告代理店に勤める美希はカレンダー通りの土日休みで、シフト制で不定休の華恵とはなかなか予定が合う事が少なくなっていた。

それでも中高一貫の女子高で過ごした仲で、いつ会ってもお互い気兼ねなく話ができる親友だ。


「ちょっとご飯でもどうかなって思って。明日仕事?」


「いいね、行こうよ。明日は遅番だから全然大丈夫だよ。」


遅番の日は出勤時間が十二時の為、ある程度深酒になったりしても平気であった。

何年か前までは早番であろうが、朝まで遊んでそのまま店に行き出勤タイムカードの時間まで、店のフィッテングルームで仮眠をとるといった荒業を行っていた時期もあったが、もうそこまでの体力がない。

それに今の立場でそんな事をしていては、他のスタッフへ示しがつかない。


「よかった。じゃあ近くで時間潰してるから、

 終わったら連絡して。」


「わかった。じゃあ後でね。」


定時の時間に近づくと、遅番のスタッフに引継ぎ事項を伝えて、いつもに比べて早めにバックヤードへ向かい、着替え始めた。


「さっきの方ってご友人ですか?

なんか華恵さんと全然ジャンルが違う感じでしたね。」


一緒の早番であった友梨が着替えながら話しかけてきた。


「ああ、美希?中高の同級生だよ。

 大手の広告代理店で働いてるからね。」


「なるほどー。なんか育ちのいいキャリアウーマンって感じ。

 華恵さんもなんだかんだ言って実はお嬢さまだったりして。」

 

まだヤンチャな十九歳の何気ない言動であったが、実に的確だ。

華恵たちが通っていた女子高は都内でも由緒正しい名門校で、大学までエスカレーター式で進学できる、中高一貫校であった。

華恵は大学には進学しなかったが、学校名を出しただけで「お嬢さん」と言ったレッテルを貼られてしまうのが嫌で、なるべく周りには言わないようにしていた。


美希のように大学まで進学して、大手の会社に勤めていれば胸張って言えたかもしれないが、親の反対を押し切り、大学には進学せずアパレル業界に入った華恵にとっては、どこかコンプレックスのように感じていた。


「いやいや、あの子が優秀なだけだよ。」

 

そう言って足早に店を後にした。


金曜夜の渋谷だけあって、外に出ると街は人で溢れている。


特に給料日後の金夜は人が多く、何年も慣れ親しんだ街だがこの人混みだけは慣れなかった。

少しでも人混みを避ける為、美希とは宮益坂の方で待ち合わせをしていた。


スクランブル交差点をわたり、ガード下をくぐり待ち合わせ場所に向かうと、美希ともう一人の女性の姿が見えた。


「華ちゃん久しぶりー!元気だったー?」

 

美希の大学の同級生の杏奈だ。

以前に何回か一緒に飲みに行ったりしたことはあったが、会うのは五年ぶりぐらいで以前と雰囲気が変わり、一瞬思い出すのに時間がかかった。


以前は美希のような清楚な雰囲気の感じだったのだが、ボディラインが強調されたタイトワンピースに

ブランド物のバッグといった、どこか水商売の臭いが漂う。


「杏奈?久々だね!なんか雰囲気変わった?」


「変わったかもねー。私、前が地味だったし。」


返答に困り美希の方を見るちらりと見ると、それ以上何も言うなと言った目をしていたので、何も言わずに笑ってごまかした。


「さっきたまたま会ったんだよ。

これからご飯行くけど杏奈も来る?」


うまく話を逸らすように、美希が話に割って入ってきた。


「ごめーん。これから予定があるから行けないや。残念。」


内心ほっとした。


何故か杏奈と会ってから、何か嫌な予感を感じていたからだ。

うまくは言えないが、自分とは違う世界に引き込まれてしまうような感覚がした。


「そっか、そしたらまた今度だね。」


美希がそう言って別れようとすると、杏奈が思い出したかのような顔をした。


「今日友達がイベントやるんだけど来る?女タダで入れるから!」


少し唖然としてしまった。


下品な言い方も少々びっくりしたが、そもそも杏奈はクラブなどいくタイプではなかったはずだ。

木漏れ日が当たるようなところでヨガをする姿を、インスタに載せているようなタイプであった。


「んー、華恵が明日仕事だし厳しいかなー。また連絡するよ。」


「わかった。気が向いたら連絡頂戴。」


そう言うと、杏奈はなれた感じに明治通りでタクシー止めて颯爽と夜の街へ去っていった。


「あれ、どうしちゃったの?」


杏奈がいなくなったのを見計って、華恵はすぐさま美希に問い詰めた。


「やばいよね。ちょっと前からあんな調子なんだよね・・・。」


聞くところによると、杏奈は大手車メーカーの総務部に就職して以前と変わらないような生活を送っていたが、男遊びが派手な同僚と仲良くなるうちにすっかり影響を受けて、今のような変わり果てた姿になってしまったようだった。


元々真面目だった人が、社会人になってから夜遊びなどを覚えると、歯止めが効かなくなると言う話は

男女共によくある話ではあるが、ここまであからさまなケースを実際に見るのは初めてだ。


「私は昔の杏奈の方が好きだな。

 まあ本人が楽しければそれでいいんだけどさ。」


「そうね。遊んでてもその中でいい人と出会って

 結婚できればそれはそれだしね。」


あまり友人の事は悪くは言いたくないので、お互いにそれ以上は何も言わなかった。 


美希が行きたい店があるといい、宮益坂を上り人混みが外れた路地の方まで歩いた。

しばらく歩くと一軒の居酒屋が目に入った。


味がある木の外装で中に入ると、壁には多くの焼酎の銘柄が目に入った。


「え、超イケてるねこの店。何で見つけたの?」


「知り合いのライターさんに教えてもらったんだ。

私が焼酎好きって言ったら色々教えてくれてさ。」


「へー。じゃあそのライターさんとやらと

最近いい感じなわけだ。」


そういった勘は鋭い方だ。

それに付き合いが長いだけあって、このパターンは予想はしていた。

美希が大体ご飯に誘ってくる時は恋愛相談の時が多かった。

 

「バレたか。まあ話は乾杯してから。」


美希はにやけた表情を見せると、ドリンクのメニューを渡してきた。

生ビールのグラスが二つテーブルに置かれると、

ガールズトークはスタートする。


美希は学生時代から付き合っている年上の男性がいたが、お互いの結婚願望の違いから去年のクリスマス前にピリオドを打った。

今の仕事に何よりもやりがいを感じている美希は、今すぐ結婚するといった考えには至らなかった。

見た目によらず美希はさっぱりとした性格で、男顔負けの酒豪でもある。

幼なじみに近い間柄ではあるが、美希のそういった意外性はとても愛おしく感じる。


恋愛話を肴に酒が進み、気がつくと焼酎のボトルも残りわずかになっていた。


「ごめんね。本当ならこう言う話をしていのか迷ったんだ。」


美希は少し赤い顔をしながら、申し訳なさそうに目線を少しを下にそらせていた。


「もういいって。美希は何も悪くないし、

 幸せそうで何より。」


笑いながら手を横に振った。

以前にある男を紹介したことを美希はとても後悔し、

涙ながらに何ども謝罪をしていきた事を思い出した。

確かに傷ついたのは確かだが、それと同時に美希の優しさにとても感動した。


思い出したくもない過去であるが、そのことによって二人の絆もより一層強くなったのは確かであった。


「華恵もいい人できるといいな。」


「どうだろう。今は今で幸せだしね。」


ボトルも空になり、テーブルに並んでいた九州料理も綺麗に片付いていた。


「この後どうしようか?二軒目終電まで行く?」


「行こうよ。美希もまだ飲み足りないでしょ?」 


携帯で何かないかと調べ出した途端、美希が悩んだような表情を見せた。


「ねえ。杏奈からLINEきた。」


そういうと美希は自分のスマートフォンを渡してきた。

見ると、「待ってるよ」といったメッセージと共に、女性三人が写っている写真が目に入る。

その写真には杏奈と大学の同級生達が写っていた。

そのうちの一人は美希と同じく、中学高校の同級生で共通の友人でもある。


「えー、杏奈って沙知とも仲良いんだ。なんか以外。」


「確かにね、沙知は相変わらず派手だね。」


沙知は高校時代から一際目立つクラスメートで、他校に入れ替わり立ち替わりで彼氏を作り、当時から男が切れないタイプであった。

今は個人でネイルサロンを経営していて、華恵も定期的にネイルをしてもらっている。


仕事はバリバリこなして、プライベートもバリバリ遊んでいるのは知っていた。


「さっき見た杏奈の感じだと、仲良くなりそうだよね。」


「うん・・・。類は友を呼ぶというか・・。」


美希の言う通りで、全然タイプが違う女同士が仲良くなるのはなかなか難しい。


美希と華恵は外見のタイプこそ違うが、美希は中身は割と男まさりな所もあり、華恵と感覚や価値観が似ている所も多かった。


「どうする?合流する?」


「華恵明日仕事でしょ?

 六本木まで行ったら帰れなくなるでしょ。」


美希はそう言うと、グラスに少し残っていた

焼酎の緑茶割りを一気に飲み干した。


「タクシーで帰れるから別にいいよ?

 せっかく集まってるんだし。」


自宅マンションがある幡ヶ谷までのタクシー代は、

ちょっともったいないとは思ったが、こういった付き合いは今までも大切にしてきた。

それにまだ飲み足りないといった気分もある。


「じゃあ私も帰るときは一緒に出るから。遠慮なく言ってね。」


「ありがとう。会計もらおっか。」


店員が持ってきた会計を見て少し驚いた。

三時間ほど滞在して散々飲み食いしたが、かなりリーズナブルな金額で、安月給の人間からするとかなりありがたかった。


これなら店のスタッフの飲み会でも来れると思い、

店名をスマートフォンのメモに残した。


外出るとまた人通りが多く、渋谷駅に向かう人の数はさっきよりも多く感じる。

まだ電車は通っている時間であったが、六本木まではタクシーで向かうことにした。


金曜日で台数が多く出ていることもあって、すぐに空車のタクシーをとめられた。

行き先を告げて車が発進すると、美希が酔いが回り赤くなった顔を近づけてくる。


「もしかしたらいい出会いがあるかもよー?」



「ないない。絶対にない。」


思わず鼻で笑ってしまった。


だがそれと同時に、不思議とすんなりと六本木へ足を運ぼうとしている自分に、少し疑問を感じた。


友達と合流するために向かっているのはたしかであったが、六本木という街が好きではなかった。


街というよりそこにいる人種が苦手だ。


うまくは言えないがどこか人間の欲の臭いがする、自分とは違う世界の感じがするからだ。

さっき杏奈に違和感を感じたのはその臭いがしたのもある。


だがそうは言っても友人であり、たまにはこういうのもありだよなと自分に言い聞かせて、道を走るタクシーの窓から街灯を見つめていた。

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