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文字と空想を操る、現代の魔術師達

本を燃やす者は人を燃やすと、死んだんだお父さんからよく言われていた。

小さい頃はそれが理解できず、私はケラケラと笑っていた。

あの時の私には、理解できなかった。いや、理解したくなかったのだろう。

人間とは優しい生き物で、殺しあいをするはずがないと、子供心に信じていたのだから。




人と人の醜い争い、それは正義と正義のぶつかり合いにより引き起こされるもの。

人間の地塗られた歴史、それは己の信じる正義により生まれる。

人間とは、己の信じる正義の為なら、どこまでも残酷になれると、私は知ることになる。


私の家族も、正義の信念とやらに殺された。

本を燃やす者に、本もろとも焼き殺されたのだ。

有害書物を扱う者は、本と共に焼かれて当然と考える者によって。

あれから十年、本を燃やす者共は、今も本と人を燃やし続けている。



バチバチと音が響き渡る、夜の商店街

紅の炎が、人々から夜の安息を奪い全てを赤く染める。

放火が原因による火災。

灼熱地獄を思わせる業火は、本を、建物を、人をも燃やしつくそうとしていた。


「離して!中に、中に子供が・・・子供が居るの。

お願いです、中に行かせてぇ!」


紅の炎に包まれた書店に飛び込もうとする母親を、羽交い締めにし、必死に止める近所の住人。

入り口は炎に包まれ、誰が見ても中に入る事は不可能であった。

建物の中から、子供が悲鳴混じりの助けを求める声が、辺りに響き渡る。

子供が助けを求めていると言うのに、何も出来ない人々。

彼ら彼女らの心を、地獄の底へと叩き落としていく。



カツカツと靴音を響かせ、何者かが野次馬をかき分け飛び出していく。


()が筆よ、文字よ、答えよ。(われ)凍てつかせる者(氷の女王)なり!」


腰まで届く茶髪に、眼鏡をかけた女性が万年筆を取り出し、サラサラと空中に文字を書き、詠唱をする。

するとどうだろう、文字は青白く光輝き、強烈な冷気と共に吹雪を発生させたのだ。


文字術式、現代に生きる小説家(魔法使い)が得意とする術式。

美しく優れた言葉、文章であればあるほど、強大な魔法となる文字術式。

彼女の造りだし吹雪は、灼熱の業火は瞬く間に消していく。


鎮火をチャンスと見るや、彼女は書店に入り、子供の泣き叫ぶ声の聞こえた2階へ上がり込む。


「お姉さんが助けに来たから、もう大丈夫ですよ」


「お姉ちゃんは、だれ?」


「通りすがりの、小説家(魔法使い)


「あ、一階のお店に置かれていた本、私見たよ。

すごく、すっごく面白かった!」


「私の作品を読んで頂いた、光栄です。

ここを出ましたら、お姉さんのサインをしてあげましょうか」


「うん」


先程まで建物を包み込んでいた炎のせいか、建物がとても脆くなっていたようだ。

周りからはメキメキと不気味な音をたて、今にも建物は崩壊しそうだ。


「お姉ちゃん、こわいよ」


()が筆よ、文字よ、答えよ。(われ)は鉄壁の盾なり!」


再び万年筆を取り出し、サラサラと空中に文字を書き、詠唱をする

二人を鈍色の光が包む、ほぼ同時のタイミング。

建物は崩壊し、瓦礫が彼女らを飲み込んでいく。




限界を迎えた建物は一瞬で崩壊し、残ったのは凄まじい量の砂埃と瓦礫の山。

中に居た子供と女性、彼女らの生存は絶望的と思われた。


建物の瓦礫が、僅かだが盛り上がる。

まさかと思い、住人達が近付く。


「いやはや、参りましたね。こうも早く、建物が崩壊するとは。

これでは脱出する暇も、ありませんよ」


文字術式により具現化させた、鈍色の大盾。

二人の体を覆うほどの大きさの盾で、二人の命を守ったのだ。


「おかーさん!」


「良かった、無事で」


母と無事に再開出来、真っ先に抱きつく娘。

娘の無事を確認し、ギュッと抱き締める母。

二人は、再開を分かち合う。

その様子を見て、ほっと胸を撫で下ろす女性。


「本を燃やす者。あなた達はいつまで、悲しき行いを続けるのですか・・・・・・」





かつてこの国は、無謀とも思える戦争をし、世界に争いの火種をばらまき、そして敗北をした。


戦後、この国を一時的に統治した者は、戦争を仕掛けた者だけでなく、戦争をけしかけた者をも犯罪者として扱う。

統治者から見れば、新聞や雑誌を売るために人々を煽動した者を同罪と見たのだ。


統治者が犯罪者と見なしたものは、戦争を引き起こした者として、人々から憎悪と蔑みの目で見られた。


先の戦争から50年、人々を戦争に駆り立てた、報道や文学への憎悪は少しずつ薄れつつある。

しかし現代においても、報道、文学の道を歩む者を、忌み嫌う者は少なくない。



だが、忌み嫌う者もいれば、愛する者もあり。

先の戦争を経ても尚、書物を表現を愛する者は居た。

その名は、小説家(魔法使い)

小説家(魔法使い)と書物、それは切っても離せない関係である。


書物は魔力の根源であると同時に、人々に喜怒哀楽を与え、自身も楽しむ娯楽と言うべき存在だった。

故に、本を燃やすと言う行為は、魔力の根源と娯楽を踏みにじる行為であり、許しがたい行為なのだ。

小説家(魔法使い)とは、本を燃やす者から、本と人を守る現代の魔法使いである。





すり鉢状の講義室に、カリカリとチョークの音が鳴り響く。

腰まで届く茶髪にカチューシャ、黒ぶち眼鏡をかけた女性が、最前列の黒板に、リズムよく言葉を書き込んでいく。

その書き込む音、リズム、文章に、講義室に集まった生徒達は見惚れていく。


桜川佐雪(さくらがわさゆき)、魔法文学学校の空想文学科の教師でありながら、飛ぶ取り落とす勢いの、有名な小説家(魔法使い)

講義室に集まった若い生徒達は、基礎魔術の講義を受けるべく、集まっていたのだ。

黒板に文字書き終えた佐雪はチョークを置き、生徒達に語り始める。



「この世界には、三つの術式があります。

科学を信仰する者の、科学術式。

宗教を信仰する者の、宗教術式。

そして我々小説家(魔法使い)の使用する、文字術式。

世間一般には、空想術式と認識されていますね。

我々、小説家(魔法使い)は言霊と呼ばれる文字を操り、空想を具現化させ、読者を本の中の世界に引き込む者なのです」


読者を本の中の世界に引き込む、決して大袈裟な表現ではない。

小説家(魔法使い)が作り出す本には、開かれたページの描写が脳内で再現され、あたかも自分が本の中に居るような体験をさせる。

本の世界を追体験すると言う事を、1000年以上も前から楽しんでいた。


今流行りのVRと呼ばれているものを、魔法の力で再現することが出来るのが、小説家(魔法使い)なのだ。




「・・・その描写は凄まじく、魔法による追体験を終えた読者を、障子を見ただけで欲情させたと言われています。

我々の扱う文字、それは魔法であると言うことを努々忘れることなく」


チャイムが鳴り響き、次の授業の準備を始めるもの。

疑問に思った事を確認する為、佐雪に質問をする生徒。

彼女は一人一人、真摯に、丁寧に質問に答えていく。

このような佐雪の姿勢が、生徒達から愛され、信頼をされているのであった。




授業を終え、職員室に入る佐雪。自身の席にゆっくりと座り一息をつく。


「桜川先生、お疲れ様です。休憩がてら、紅茶を飲みせんか?」


同僚の教師、反町京子(たんまちきょうこ)が隣の席から声をかける。


「ワザワザ入れていただいて、申し訳ありません」


「気にしないでください、桜川先生」


「では、お言葉に甘えて」


ポットからカップに注がれる、暖かい紅茶。

カップからは優しい香りが広がり、鼻孔をくすぐる。


「先生の新作、読みましたよ。愛する人の殺人を止めるために、何度もタイムリープする主人公。

何が彼を、突き動かすのですか」


「人並みな、回答で申し訳ありませんが、愛です」


「やっぱり、愛ですか」


「主人公が、愛する人の殺人を止めるのも、愛(ゆえ)

の行為。

と同時に、彼女を殺人に駆り立てているものも、愛なのですよ。

人は自分が正しいと思った事なら、どこまでも残酷になれる。

そう言う生き物なのです」


「それは・・・本を燃やす者も・・・・・・」


京子の言葉には答えず、目を閉じてただ紅茶を飲む。


「反町先生。昨日の放火事件、何か進展はありましたか?」


「昨日の事件、本と人を焼きし者の犯行の様ですね。

ご丁寧に、犯行声明まで出ています」


茶封筒から取り出された、三つ折の手紙。

そこには犯行声明が書かれていた。



昨日は表現の自由の名の元に、荒唐無稽かつ、卑猥な創作物を販売する書店を焼き付くした。

残念ながら、店主及び家族は無事だったようだな。

これに懲りたら、我が教義に反する創作物、猥褻物を二度と売り出さない事だ。

諸君らの懸命な判断に期待する


「懸命な判断ですか、嘆かわしい」


犯人のあまりにも身勝手な要求に、思わず歯軋りをする京子。

それに対し、佐雪は涼しい表情であった。


「創作物とは本来、(ぬえ)の様なもの。

正面からみれば猿に、後ろから見れば蛇にと、見た者の角度と信条で、見えるものが変わるのです。

創作者に相手を不愉快にする意図は無くても、それを見た者には不快感を与える事もあるでしょう」


「・・・・・・」


「科学側の空想を否定し、事実を求める姿勢も理解は出来ますし。

宗教側の教義に反するの事を、否定したい気持ちも理解は出来ます」


「ですが、それを認めてしまえば・・・・・・」


「認めてしまったがゆえに、この50年。

本も人も、創作物や表現物を憎悪する者に焼き付くされた。


《《どんなに反吐が出る表現であっても、我々は表現の自由を守らねばならない》》


表現の自由が守られていないからこそ、本を・・・人をも焼き付くす、悲しい事件が続いている。

この悲しみ、私たちの世代で終わらせなくては・・・・・・」


職員室内に突如として鳴り響く、けたたましいブザー音。

スピーカーからは緊急事態を示すワードがコールされる。


「JHK局内で、本と人を焼きし者による立てこもり事件が発生。

犯人は討論番組に参加していた宮杜(みやもり)議員らを人質に立て込もっているよう。

桜川先生は、至急現場へ向かって下さい」


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