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星あかり

作者: まるち

夜更けの電車の中に、一人の女がいた。三十に満たない位の若い女であった。女の身なりは整っていて綺麗だったが、顔には疲れが見えていた。目は虚ろで、どこか遠くを見ていた。


やがて女は電車を降りて、暗い道を歩いた。郊外の道は人気がなくて、一本の古い街灯だけがぼうっと彼女を照らした。それはまるで自分の行く末を人生を表しているようで、女は悲しくなった。女は黙って、帰路を歩いた。


女は自分の人生に不満がある訳ではなかった。

職場の環境は悪くなく、友人も恋人もいた。趣味もあった。しかしその全てに女は明るい未来が見えなかった。事務職は単調で昇進は見えず、むしろいつ飛ばされるか分からなかった。友人と会う回数は減り、数年来会っていない。恋人は結婚の話をすると嫌な顔をする。初期のときめきはもはや失われた。昔、あれだけ必死に練習したチェロは忙しいから、という口実により奥にしまわれた。もう長い間日の目を浴びていない。


かつて持っていた煌びやかさが、少しずつ失われていくのを女は感じていた。鏡を見ることが嫌になり、何かを失う感覚にほとほと疲れ果ててしまった。

小道の白線に沿って女は歩いた。これが自分の人生なのだ、と女は自分に言い聞かせた。いずれにせよ自分は歳をとり、少しずつ失っていく運命なのだ。初めから決まっていた事であり、これからもそれに従い続けるのだ。それが人生というものだ、と。

街灯の影は白線の上に大きく、彼女の背中を追うように伸びていた。影の手を振り払うように、女は歩く足を早めた。




突如、大きな音が鳴った。そこで女は初めて目を上げた。車が来ていたらしく、危うく轢かれる所だった。女は何が起こったのか一瞬理解出来なかった。車は颯爽と去り、呆然した女だけが取り残された。


しばらくぼうっとした後、女はその場にぺたん、と座り込んでしまった。女はもう立てそうになかった。もはやこの先の人生を歩んでいく気力がなかった。何もかもが自分の元を足早に去ってしまう。命さえ自分の元を離れてしまいそうだった。この先、残された自分には、何が待っているのだろう?


女の周りに夜の闇が覆いかぶさった。


寂しくなった女は泣いた。声も出さず、ただ口から嗚咽を出すだけの、子供の様な泣き方だった。泣けば泣くほど寂しさが増した。親を待つ雛鳥のように、ただただ女は泣き続けた。




一時間ほど経ち、泣き疲れ涙も枯れた頃、女は不意に空を見上げた。女の気分とは裏腹、夜空は晴れていて、星がぽつりぽつりと見えた。星空のあかりは優しく、日頃都会の光を浴びて疲れた彼女の眼を和らげた。


一瞬、夜空を白線が描かれた。流れ星であった。都会の汚い空気が流れ込む郊外で、流れ星が見えることは滅多になかった。女は無意識にスマホを取り出そうとしたが、既に白線は消えてしまった。


女は昔の自分を思い出した。チェロのコンクール前夜、星に祈っていた自分を。優勝しますように、と祈っていた。

女はチェロ奏者を目指していた。あの頃は夢に向かってがむしゃらに走り続けていた。しかし、コンクールは優勝したものの、親は音大を許さなかった。夢は絶たれてしまった。短大を卒業した女は流れるままに今の事務職に着き、チェロは辛い思い出として押し入れに閉まったのだった。そこから自分の時間は止まったままだ、と女は思った。


気がつけば、女は星に願いを込めていた。無意識に彼女は「いい事がありますように」と呟いていた。この状況下でそんな事を呟いた自分に、女は驚いた。何故こんな言葉が出たのだろう、と思った。

不意に、女は自分の中に残っていた物に気づいた。数多の物が去り行く中、星に願うような若く熱い心は、女の元を離れていなかった。一番身近にあったものに女は気づかなかったのだ。可笑しく感じた女はくすくすと笑い始めた。



星空を見上げながら女は立ち上がった。今なら何でも出来るような気がした。女は思った。押し入れからチェロを出そう。また弾こう。一番最初に去ってしまった夢を、今また取り戻そう。そして子供のように笑った。もはや白線は気にならなかった。むしろ、あの流れ星の様な白線を加えよう、と女は思った。

彼女の時間はまた動き始めた。もう女は家に向かって歩いていた。軽い足どりだった。そんな女を、星々が見守るように優しく照らした。


読んでくださってありがとうございます。

夢女子の友達に勧められ、書いてみました。

初めて書いたので色々至らない部分もあると思います。感想や、ご指摘下さるととても嬉しいです。


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