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片翼に恋した女神  作者: キリエ
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救いの手―Τάρταρος―

 ぼんやりとした視界。雑音混じりで断片的な罵詈雑言の嵐。何かに束縛されて動かない身体。

 エライアは地上や冥界でも無い、正に天国と言わんばかりの美しさと輝きを放つ神々の楽園、天上にある神殿へ連行されていた。

 しかし、そんな光景が彼の目に入る事は無い。心は固く閉ざされ、目は微動だにせずただひたすらに虚無だった。

「何という事だ、亜人が神に手を出すなど…!」 

「黙認していた精霊にはいかなる処罰を…」

「精霊と言えど、四大の存在は大きい。今回は目を瞑ってはどうか」

「しかしだ、あのルナもこんな半端者に(そそのか)されおって…神とあろう者が情けない」

 視えない檻に入れられ、鎖で身動きが取れないエライアを侮蔑する様な眼差しを向け、神々はそれぞれ意見を交わす。

「番人の存在はこちら側としても好都合だった訳だが…。不在になった所で均衡は崩れないが、今後の聖域はどう対処する?」

「そうだな…。全く、此度でどれだけの損失を(こうむ)った事か…」

「立て、まがい物の子よ」

 番人として最早使い物にならないと判断した神々は、忌々しく舌打ちをした。そして、エライアに指を向け、摘む様な仕草で上に引く。すると、エライアは急に立ち上がるが、身体は脱力したままだ。神の力が作用したという事だろう。

 立たされているという事にも気づかず、エライアは無言で俯いている。それでも神々の言葉の呪いを一太刀に浴びて苦しいのか、時々血が混じった嘔吐をする。それを見て目を逸らす神も居れば、嘲笑する神も居る。

 手を差し伸べる慈悲深い神は、ここには居ない。

「…口も利けぬか。よろしい、神々(われら)が手ずから裁いてやろう。痛みに叫び、苦しんで死ぬが良い」

「さらばだ、番人よ」

 神々はエライアに視線を送り、力を込める。

 呼吸が出来なくなり、ジリジリと皮膚が焼けていく。その時だった。

「──待て」

 制止する声と共に、一瞬にして立ち込める暗黒の(もや)

 神々は慌てふためき咳き込む。エライアに掛けていた力を止めざるを得なかった。

 靄が徐々に収束し、形を成していく。

 神々がエライアに目を向けた時には、檻はボロボロに壊され鎖も解き放たれていた。

 身の丈以上の大鎌を片手で軽々と持ち、エライアを自身の黒衣で守る()()が、そこには立っていた。

「死を定めるのはこの私だ。貴様等が踏み入る領域では無いはずだが?」

 混濁した意識の中で、一点の曇りも無く凛と耳に響く心地良い声。

 エライアの目に微かな光が灯る。

「………タ──」

 俯いたままでエライアが口を開こうとするが、死神──タナトスは彼の口を衣で隠して不敵に笑った。

 予期せぬ来訪者にどよめきが起こる。

「タナトス!?其方(そなた)、何故ここに…!?」

「あからさまに嫌な顔をしてくれる。私とてこの様な場所に来たくはない。死の臭いを嗅ぎつけた…。ただ、それだけだ」

 タナトスは神々を見据えて鼻で笑い飛ばすと、エライアを片手で軽々と持ち上げて肩に担いだ。神力(しんりき)をもってすれば重量も関係無いが、そうだとしても今のエライアは風が吹けば浮いてしまうのではと思う程に軽かった。

「…これは私が預かろう」

「何を勝手に…!!」

「ふざけるな!」

 その一言に、神々の怒号が飛び交う。タナトスは動じず、むしろ睨みを利かせてあっという間にその場を沈黙させた。

 全身からただならぬ威圧と憤怒が、タナトスから漏れ出している。

「貴様等がこちらの管轄に手出しすると言うなら、私はおろか冥王(ハーデス)も黙ってはいない」

 “冥王”と聴いた神々の顔が、サーッと青ざめる。

 天上が光であるなら、冥界は闇。

 天上の神々は闇を嫌う。それ故に、いくら神と言えども、死者の国である冥界には手出しどころか口出しも恐ろしくて敵わないのだ。

「罰ならもう十分受けている。…まだ与えると言うなら、私が許さない」

 ただでさえ呪いを一身に受け、もうエライアの身体はボロボロの廃人の状態だった。

 そんな彼を見て、タナトスもこれ以上は我慢の限界に達していた。踵を返すと、冥界へ繋がる扉を開く為に、大鎌を振りかざして空を切り裂こうとする。

「…つ、連れてきた際にそやつの記憶を垣間見たが、革命戦争の英雄殺しではないか!」

 とある神がエライアを指差し、顔を真っ赤にして叫んだ。

 エライアが何かに反応する様にピクリと動くのを、神々は見逃さなかった。

「なっ、かの英雄を…!?」

「そんな奴が今まで番人として居座っていたのか!?」

「ああ、恐ろしい!恐ろしい!」

「ハ…ハハハハハハハハハハ!!」

 口々に騒ぎ立てる神々を見て、タナトスは大口を開けて笑う。それを真横で聴いていたエライアは、担がれたまま首を動かす。黒衣でタナトスの目は神々からはほとんど隠れているが、時々揺れ動く中で緋色の瞳は怒りで震えていた。

「全くもって滑稽だな、貴様等それでも(まばゆ)い天上の神か?今まで何を見てきた。それが真実だと?笑わせる!!」

「何だと!?貴様の方こそ先程から黙っていれば好き勝手に言いおって!!」

「……真の英雄が誰かも分からない者とこれ以上話す事も無い。さらばだ、無能な神々よ」

 身体が闇に引きずり込まれる感覚にエライアは拒まず、タナトスに全て(ゆだ)ねてゆっくりと目を閉じた。


 

 聖域にある(ねぐら)だ。

 そこでルナが膝を付いて泣いている。目は泣き腫らし、白磁の手は土塗れだった。

 しかし、自分はただ立って観ているだけ。涙に濡れた彼女の頬を拭い、汚れた手を清める事は叶わない。

 彼女に寄り添うシルフィードは「ごめんなさい」と何度も謝りながら泣いていた。

 泣かないで、愛しい人。

 謝らなければならないのは────。



「……………僕…なのに…」

 頬に冷たいものが流れる。それが自分の涙だという事に、エライアは酷く時間が掛かった。

 全身が悲鳴を上げる。神力で皮膚を焼かれたのだ、当分は動けないだろう。石のベッドが、熱を持った身体を冷やして気持ち良い。

 暗闇に包まれていた視界が、今は鮮明に映っている。ここが冥界なのは確かだろうが、肝心の彼の姿が見えない。

「……居るん、だろう…」

 エライアの呼び掛けに応える様に、タナトスが顕現する。

「どうした?」

「…見えるように、なってる」

「肉体ごと連れて来たからな。死んだと定義するには難しい存在だが、事実上こちらの住人になった訳だ」

「………そう、か…」

 ほぼ死んだという前提になるが、エライアはこの状況がストンと胸に落ちるのを感じた。

 そんな様子を見て、タナトスは額に手を当て嘆息する。

「驚かないのか?なんだ、つまらんな」

「…覚悟は、出来ていたから…。それより、どうして、助けたんだ」

 長い沈黙の後、タナトスはエライアから目を逸らして静かに口を開く。

「………………だ」

「え?今なんて…」

「だ、だから、ただの気まぐれだ!」

 早口で声を荒らげるタナトスの耳が、若干赤く染まっている。気まぐれならばここまで動揺する必要も無い。

「うっそだー。すごい剣幕で天上に行ったくせに」

 カラカラと笑いながらタナトスの背後からひょっこりと顔を覗かせたのは、弟のヒュプノスだ。フードを取りエライアに分かる様に顔を見せると、想像通り困惑している。何せ容姿が瓜二つなのだから。

 話がややこしい事になると思い、タナトスは舌打ちをして(ヒュプノス)を止めようと肩を掴む。

「…おい、ヒュプノス」

「初めまして、()番人さん。ボクは眠りの神(ヒュプノス)、よろしくね」

「……え、あ…」

 タナトスとヒュプノスを交互に見比べて、エライアは眉間に皺を寄せる。

「ほら見ろ、混乱しているではないか」 

「兄さんとは双子だからね、見た目はそっくりなんだ」

「止めろ暑苦しい」

 ヒュプノスが半ば強引に肩を引き寄せると、タナトスは鬱陶しいと言わんばかりに払い除ける。

 すると、エライアは何かに気づいた様に小さく声を上げた。

「……でも、よく見たら全然違う。君の方が……愛想が良いかな」

「わぁ、はっきり言うね…ククク」 

「おい笑うな」

 ニコニコと笑っているが、ヒュプノスは肩を震わせて今にも吹き出しそうな勢いだ。

 双子のやり取りにエライアは微笑むが、その笑みはすぐに消え去る。

「…それはそうと…僕は……これから、どうなるんだ」

 天上の神々に裁かれるのは免れたものの、次は冥界の神々、正確にはハーデスに裁かれる事になるだろう。

 ここに居るのはあくまでも一時凌ぎにしか過ぎないと、エライアは思っていた。 

「まずは身体の傷を癒せ、積もる話はそこからだ」

「ここはボク達が住む館だから、誰も近づいたりしないし一番安全だよ。ま、しばらくのんびりしていってよ」

「ただしこの館からは出ないように。事が落ち着くまではここに居ろ」

「…外には、何が?」

 出ようにもまだ動ける状態では無いが、外が危険だという事は予想出来た。

 稲妻が走り、館内が明るく照らされる。

「ここは冥界の更なる奥地、地獄(タルタロス)。種族なんて関係無い、極悪人ばかり集う監獄だ」

「改めて…ボク達の館へようこそ、エライア」 

 不敵に笑う双子の影の先には、大鎌が奇しく伸びいていた。

 

 

 地獄の監獄の中で、数多の罪人が叫んでいる。声、声、声の大合唱。

 その中で微動だにせず、壁に(もた)れている一人の亜人が座っていた。

 見た目は20歳前後と言った所か。腰まで届く紅蓮の長髪に口から覗く鋭い牙、細長い尻尾を揺らめかせて、目を閉じている。

 周りにはまるで興味を持たない。

 年月の経過はもう分からないが、ただそこでジッとしていた。

 彼の鼻を(くすぐ)る匂いが現れるまでは。

「………へぇ、随分と懐かしい匂いがするな」

 男はクンクンと鼻を鳴らし、久しぶりに声を発した。艶のあるテノールの声だ。開かれた目の生気は喪失していなかった。むしろ、紅蓮の髪に良く映えるトパーズの瞳は、爛々としていた。

「……とうとうテメェもこっちに来たか、奴隷番号00(ダブルゼロ)。初まりの亜人さんよぉ…」

 男が高らかに笑うと、それに呼応する様に稲妻が絶えることなく曇天の空を呻らせた。

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