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片翼に恋した女神  作者: キリエ
5/6

狂気―ένστικτο―

今回はR15程度の描写があります。ご注意下さい。

 夜になると、ルナは真っ青な顔でエライアの元に向かった。動悸が治まらず息苦しさを感じるが、今は自分の事は二の次だ。

 川辺では見当たらず、塒にも立ち寄るがそこに彼の姿は無かった。先に来ているはずのシルフィードからの返事も未だ無い。

 不安と焦燥は募るばかりで、自然と涙が溢れてきた。泣いていると、困った様に笑うエライアの顔をふと思い出す。気をしっかり保たねばと、女神は涙を拭い少し冷静さを取り戻したその瞬間、雷を打った様な衝撃が全身に走り、ルナは痺れて動けなくなる。

「………っ!!」

 怒り、嘆き、哀しみ、憎悪。何十、何百もの人の負の感情が、ルナの中に流れ込んで来た。

 いつもならこの様な事は起こらない。何故なら、それらを跳ね返す守護石を身につけているからだ。慌てて出て来たせいで忘れていたのだ。

 月は狂気を孕む。彼女にとってそれは力の源であり、甘美な誘惑だ。この力に左右されるのは、人に限った事では無かった。

 空を見上げると満月(フルムーン)が目に入った。人々の感情に耐えていた自身の心がざわつき、衝動的な感情が表面化してくる。恍惚な笑みを浮かべ、火照ってくる身体を抱いて草の上にへたり込んだ。

「…ハァ、ハァ…」

 そのまま狂気に呑まれそうになるが、腕に思いきり爪を立てて痛みで何とか自我を保つ。

 意識が鮮明になった事で、雨上がりの濡れた土や草の匂いに紛れて(くすぶ)った煙の臭いに気づく。

 暗がりの中で状況を確認すると、聖域周辺にある村で何かあった事に気づく。千里眼で見る限り、家屋が黒焦げに燃え尽きていて、その周りで亜人達が落胆し悲しみに暮れていた。先程の感情はここから来たものだろう。

「……火事?ま…さか、エライアも…巻き込まれたんじゃ…」

 集中してエライアの気配を辿るが、この地では感じ取れない。

 最悪の場合、死後の世界である冥界に流れ着いてしまったのなら、たとえ女神であっても容易には近づけない。

 何としてでも捜し出そうと意を決したその時、足元の土がボコリと盛り上がり、赤いトンガリ帽子が角を出した。

「ここに居ましたか、月の女神(ルナ)よ」

「…土の精霊(グノーム)ね。ごめんなさい、今は…お喋りをしている暇は無いの」

 余裕の無いルナは小さいグノームと目線を合わせる事無く、見下ろしたまま冷たい声音で話す。グノームはそれに動じず、ラピスラズリの瞳をしっかりと見据える。伝達をするならば、友のシルフィードより四大の中でも年長者であるグノームが適役だろう。

「貴女が捜しているのは、番人ですかな?」

「──っ、どう…して…それを…」

 シルフィードが話して逢瀬がバレてしまったのかと、ルナは瞳を揺らして言葉を詰まらせた。

「安心なさい。彼は、精霊の泉がある洞にて丁重に保護しております」

 俯いて怯えるルナに、グノームは落ち着いた声で諭して優しく微笑む。

 エライアの居所が分かり、強張っていたルナの顔が少しだけ緩んだ。


 冥界から常世に戻ったエライアは、精霊の泉で目を覚ました。

 知らない場所、知らない四大精霊(顔触れ)に、彼は自分でも驚くくらい酷く冷静な振る舞いを取る。ここまで来たら悟りの境地を開くのも無理はない。

 タナトスからも何となく状況は聞かされていたものの、シルフィードも同じ説明をした為、エライアの半信半疑が確信へと変わる。倒れる以前の記憶も鮮明に思い起こされていた。

「つまり僕を避難させたのは、ルナ…いや、月の女神の為だと」

「そういう事。まぁ…集落の方はかなり痛手を喰らったみたいだけど、完全に滅んだ訳じゃ無いわ。復旧にはかなりの時間を要するでしょうけど…」

「……ありがとうございます」

 サラマンダーとウンディーネは二人から離れて様子を観察していた。特にウンディーネの視線は熱い程に注がれている。

「あの…貴女は、水の精霊…ですか」

「は?わ、妾の事かえ?」

 エライアに声を掛けられたウンディーネは挙動不審になり、慌てて泉の中に潜る。そして、顔の半分だけ覗かせた。

「た、確かに、妾は水の精霊じゃが…」

「今回の山火事で…いえ、僕が原因で水を穢してしまいました。その、僕の命だけで償えるものなら──うわっ!?」

 謝るエライアにウンディーネは無言で水を掛ける。まるで、頭を冷やせと言わんばかりに。

 シルフィードは目を瞑って両手で顔を覆い、指の隙間からそーっと伺う。サラマンダーもビクッとして顔を背けた。火の化身である彼からすれば、その行為は堪ったものでは無い。

 ウンディーネは怒っているのかと思いきや、顔は至って普通に見えた。

「もう良い、水は浄化した。それより、身体の痛みはどうじゃ?」

「え?……あれ、痛みが…引いてる…」

 痛い事に変わりは無いが、熱を帯びた激痛や息苦しさは今は感じない。

「……僕に、何かしましたか…?」

「…勝手な事をしてごめんなさい。泉の水を、飲ませたの」 

「シルフィードを責めるで無い。妾が与えたのじゃ」

 シルフィードが泉の水の効果を伝えると、エライアは痛切な面持ちで額を押さえる。

 危険な状態だったとは言え、これは亜人に与えられて良いものでは無い。本来ならば精霊や神が口にする代物。敢えてそれをしたのは、ルナの為。初対面だったウンディーネの思惑は計り知れないが、何か思う所もあったのだろう。

「……ある人から言われました、呪いに侵されていると。もう、長くはないでしょう。呪いは視えないけど、痛みの強さで何となく分かります」

 自分の事だというのに、気持ちは酷く落ち着いていた。

「…貴方の半身はアタシの…風の元素を纏っている。アタシと契約すれば…ルナと長く居られる事だって出来るわ」

 右半身は呪いに掛かっていても、亜人の身体である左半身だけでも守れば、呪いの進行を遅らせる事が出来る。

 精霊と契約など前代未聞だが、これは一つの提案であり、賭けだった。

「おい、シルフィード。それは──」

「サラは黙っておれ」

 長い尾を揺らしてサラマンダーが異を唱え様としたが、ウンディーネがピシャリと遮る。

 エライアはパチクリと瞬きをする。そして、フッと微笑むとゆっくり首を振った。

「……お気遣いありがとうございます。でも…それは必要ありません。このまま戻ります、聖域に」

「どうして…貴方、このままじゃ死ぬのよ!?」

「…一緒に居る時間が長ければ長い程、別れは辛くなります。だから、このままで良いんです」

 エライアは右の手の平を見つめて、祈る様にそっと握った。

 まだ命は残っている。それが尽きる最期の時まで、ルナに付き従うつもりだ。

 敬愛からいつの間にか愛情に変わったこの想いは、誰にも知られる事は無い。知られる必要も無い。全てを隠し通してこの世を去ろう、と。


 話が一区切りした所で、洞の奥からものすごい勢いで何かが迫ってきたかと思うと、エライアに飛び掛かって来る。防御の姿勢も取れずそのまま抱きとめた。

 柔らかな感触や鼻孔をくすぐる花の甘い香り。互いに目を合わせ、先方から額を寄せた。

「エライア…!」

「…ルナ」

「とても心配したのよ…!生きていてくれて、良かった…本当に良かったわ…」

「……心配掛けたね。泣かないで、ルナ」

 目を潤ませ涙ぐむルナを安心させようと、エライアは彼女の頬を優しく撫でた。

 四大は、未だ信じられないという気持ちでその様子を見ていたが、シルフィードだけは目を細めて複雑な表情をしている。

「…話は聞いたわ。彼を助けてくれてありがとう、シル」

「…その子の生命力が強かったのよ。アタシこそ、報告もせずに黙って連れて来てしまって…ごめんなさい」

 嬉しそうに微笑むルナに対して、シルフィードははぐらかす様に目を逸らした。

「…二人きりで話したいから、貴方達は席を外してくれる?」

「……分かったわ」

 精霊の憩いの場に神を留まらせる事に四大は渋るものの、立場上承諾する他無かった。

 四大が次々と霞の様に消えていく中、最後にシルフィードが残る。ルナに声を掛けるか迷ったが、言葉に詰まってしまい何も言ないまま静かに消えた。

 四大が居なくなると、洞は静まり返る。そんな中、エライアはある()()()をルナに感じていた。口では説明出来ない、目には見えない何かが、彼の肌や思考を刺激する。

「…何ていうか、今日は雰囲気が違うね。ここが神聖な場所だからかな?」

「…そう?……あっ!?ま、待って、私に近づいちゃ駄目!」

 指摘されると、ルナは頬や腕、胸元に手を当ててハッとする。エライアに会う時は必ず身につけていた守護石が懐に入っていない。慌てて出てきてしまったせいで、すっかり忘れていたのだ。

 月の力にエライアが触れてしまうと何が起きるか分からない。意識してしまった事で、ルナは力を制御するどころかむしろ放出してしまっていた。

「…ごめんなさい、私の方から触れたのに。その…お守りを忘れてしまったの。それが無いと力の制御が効かなくて…」

 ルナは泉を挟む様にエライアと距離を取るが、時すでに遅し。

 月の力に感化されたのか、エライアはふらついてガクリと膝をつき、頭を押さえている。

「…ごめ、ん。ちょっと…目眩がして」

「わ、私のせいだわ。ごめんなさい…」

 側に駆け寄ろうとするが、エライアが俯きながら片手で制する。

「大丈夫…だから」

 ふつふつ、ふつふつと、エライアは胸の奥底で湧き上がる感情を抑え込む。

 自分の身体なのに、他人の様な身体の感覚。気持ち悪さを感じて身震いする。明らかにルナの影響を受けているのだろうが、今は彼女と話したい気分だった。

 起きている状態だと体勢が辛かった為、地面に大の字になって、洞の天上を見上げる。

 鉱石の様な粒があちこちに散りばめられていて、発光性もあるのか明かりの代わりになっている。まるで満天の星だ。

 ぼんやりとそれを眺めていると、ふと、遠くない終わりへの未来に対して虚しさを感じてしまい、つい本音が漏れる。

「君とこうして一緒に居られるのは…後どれくらいだろうね」

「…そんな悲しい事を言わないで」

「僕は…君と違って不死じゃない。いずれは死ぬ。こうして過ごした時間も、いつかは忘れてしまうだろう…」

 悲観的な想いを口にすると、それが言霊となり押し留めていた感情が溢れ出す。

 プツリ。

 何かが切れた音をエライアは確かに聴いた。そこで、彼の意識は揺らいでいく。

「……っ、ぐっ…うぅ…」

「…エライア?エライア!」

 苦しそうに喘ぐエライアの様子に、ルナは立ち上がって不安そうに見つめる。

「……ル、ナ」

 逃げて。

 そう言いたいのに、その言葉が出てこない。口を動かす事も叶わなかった。

 エライアは身体を乗っ取られる感覚に襲われるが、視界だけは変わらず鮮明だった。

 ゆらり、ゆらりと操られた人形のごとく勝手に動いていく。次に瞬きをすると、目の前にはルナが怯えた顔をして後退りしていた。

「…だ、駄目よ、エライア…!お願い、元に戻って!」

 ルナは大きな声を出すが、エライアには届かない。

 羽ばたく片翼、愛憎が入り混じった顔、見開かれたオッド・アイ。

 ジリジリと詰め寄られ、ルナの足は思わず竦んだ。

「……して…」

 低く、低く、エライアの声が地の底に響く。

 徐々に、彼の狂気(ほんのう)が引き出されていく。この時に、意識(りせい)はほとんど残っていなかった。

 ルナを壁際まで追い込むと、鼻先が触れるくらい顔を近づける。

「…どうして、どうして僕を拒む!!僕が好きなんだろう!?」

 抑えていた感情が爆発する様に半狂乱になって、ルナの両腕を掴む。

「…僕は、君に全てを捧げたんだ。それなら君は、僕を受け入れるべきだろう」

「……っ、駄目。いや、エライア…私はこんな……私は…」

 ルナは必死に抵抗するが、それは無駄だと言わんばかりにエライアは力を更に強める。

 非力な彼女の腕力では勝てないだろう。とは言え、神の力を使って攻撃するのもはばかられた。愛する者にそんな事は出来ない。 

 はにかむ笑顔に時折見せる寂しい顔、不器用だが心優しい彼が思い起こされる。

 愛する者と結ばれたいと願った女神への罰なのか。

 ルナは涙を流しながらエライアを受け入れ、そのまま気を失った。

 


 次にエライアの意識が戻った時は、彼の横にはルナがぐったりと横たわっていた。目は泣き腫らし、髪はぐちゃぐちゃに乱れ、キトンは捲れて色白な肌が露わになっていた。

「……ルナ?」

 何が起こったのか思考が追いつかず混乱する。

 ルナの肩にそっと触れると、膨大な映像(ビジョン)が頭に流れ込んできた。

「…あ、あぁ…ああぁぁぁあああああ!!!」

 エライアは唇を震わせ、打ちひしがれ絶叫する。ルナに目を配るが、焦点が定まらない瞳でまともに見られる状態では無かった。

「……あ、あぁ、あ、ル……ナ、ごめ…なさ……」

 歯車は掛け違い、狂っていく。

 楽しかった日々や純粋に親しかった関係には、もう戻れない。

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