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片翼に恋した女神  作者: キリエ
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集結、四大精霊―διάβρωση―

 嫌な予感がする──。

 寝台から降りるのもやっとで、ルナは意識が混濁したままフラフラとおぼつかない足取りだ。すると、体の周りで旋風(つむじかぜ)が巻き起こる。

「どうしたの?まだ夜じゃないわよ」 

「シルフィード…」

 太陽が出ている間は基本的に休息に徹しているが、今日はまだ沈んでもいないのに起きたのだ。ルナをよく知っているシルフィードが物珍しそうに見ているのも、何もおかしい事では無い。

「…今、エライアに…呼ばれた、気がしたの。胸騒ぎもするし……何か…あったのかもしれないわ。行かな……」

 エライアが心配で今すぐにでも地上に降り立ちそうな意気込みはあるが、体は正直でルナは床に倒れ伏してしまった。そんな彼女をシルフィードは引き止める。まともに力をコントロール出来ておらず、息も乱れておりとても動ける状態では無い。地上に降りるのは無理がある。

「駄目よ、まだ休んでいて。ルナはここでジッとしてなさい。アタシが行く。分かったら風で知らせるから」

「…分かったわ。お願いね、シルフィード…」

 ルナがここまでしようとしているのだ。

 シルフィードは親友の願いを聞き届けると、疾風のごとく地上に向かった。

 

 天上から地上への境界を越えると、シルフィードはすぐに異変に気づく。

 まだ昼下がりだと言うのに、夕焼けの様に赤いかと思えば、まるで夜の様に暗い。聖域を除いて、ある境から炎であちこちで赤くなっており、山火事になっていた。それとは別に黒い霧が森全体を覆い尽くしていた。

 聖域の周辺にはいくつか集落がある。その内一つは、火事に巻き込まれている様だ。木々や家屋は轟々と燃えて、老若男女の阿鼻叫喚が響く。様々な臭いが風に乗って、シルフィードの元に運ばれる。異臭が鼻について顔を歪ませた。

「…何よ、これ…」

 凄惨な光景に、シルフィードはしばらく言葉を失った。空中で浮遊したままその場に留まっていたが、すぐに我に返った。

「どうしてこんな事に…」

 辺りを見回し、風という風を手繰り寄せながら、全神経を集中してエライアを探す。彼に問いただせば、何か知っているかもしれない。見つけるまでにはそう時間は掛からなかった。

 聖域の近くに流れる川の浅瀬と岸の間でエライアがうつ伏せで倒れていた。

「ちょっと…しっかりなさい!」

 シルフィードは駆け寄り、エライアの肩を揺さぶるが反応が無い。息はあるもののぐったりとしていて、身体の熱は奪われてとても冷たくなっている。更に足枷を中心に黒い痣があり、それは右半身にも広範囲に渡っていた。

 彼女はこれが何を意味するのか、すぐに理解出来た。

「…呪いじゃない。どうして…」

 エライアは半身が人間であり、亜人であるという事。人間は神や精霊の加護を受ける事が出来ない。それ故、亜人界の空気は毒なのだ。

 そして、進行が遅れていたのは、名前が無く存在が曖昧であった事が大きい。ルナが彼に名前を授けて“個”として認められた事が、恐らく引き金になってしまったのだ。

 当事者であるルナやエライアにはこの呪いの痣は視えない。

「…アタシだけの力じゃ防ぎきれないわ。全てが穢れてしまう前に、四大(しだい)を召集しなきゃ」

 これをルナに知らせるにはあまりにも酷過ぎる。しかし、新友の想いより精霊の立場として、ひとまずエライアを風で保護し、聖域にも被害が及ばない様に風の防御(シールド)を張った。取り敢えず、彼女が干渉出来るのはここまでだ。

「…貴方が、アタシの力を持っていて良かったわ」

 エライアの半身は風の元素を備えている。その力の大元であるシルフィードは自嘲気味に笑うと、同等である四大に意見を求める為に、ある場所に向かった。

 

 鍾乳洞の中で輝く木々と一際大きな泉。ここは精霊が集う憩いの場、通称“精霊の泉”と呼ばれている所。

 そこには火蜥蜴の“火の精霊(サラマンダー)”、美しい人魚“水の精霊(ウンディーネ)”、小人の老人“地の精霊(グノーム)”、そして彼等を喚んだ“風の精霊(シルフィード)”が集結した。

「わ、妾の水が穢れているではないか…あぁ…」

 ウンディーネは泉の水を通して亜人界の様子を見て愕然としていていた。サラマンダーとグノームは水鏡を俯瞰する様に眺めた後、シルフィードを睨んだ。

「この状況、説明してもらおうか」

「我等と違い、普段から亜人界(あちら)に行き来しておいて、何も知らなかったと?」

「そ、それは…その…」

 問い詰められるシルフィードは、透過させていたエライアを出す。風の加護で呪いの進行は何とか止まっているが、余談は許さない状態だ。

 ウンディーネはまだショックから立ち直れていないせいか、エライアには目もくれない。他の二人は彼の体をしげしげと見ている。

「…(はざま)の者か?」

「酷い呪いじゃ」

「部外者を黙って連れて来たのは謝るわ。でも、彼を助けたいのよ」

 シルフィードは頭を下げて、四大に助けを求める。彼女がその様な態度を取る事は無い為か、サラマンダーとグノームは少し驚き尋ねる。

「何故だ」

「…理由を述べたまえ」

「今回の災いはこの呪いが原因。それでも、彼は聖域の番人よ。大切な(かなめ)を失う訳にはいかないわ」

 本来なら、ルナの事も公言すべきであろう。シルフィードが考えあぐねていると、ずっと俯き黙っていたウンディーネが顔を上げた。

「…それだけの理由では、妾はこやつを許す事が出来ぬ。よくも…よくも妾の(いのち)を…」 

 ネイビーブルーの瞳がエライアを捉えて放さない。美しい相貌は怒りと哀しみが混ざり合い、水と同化している紺碧の髪が静かに揺らめいている。その様子に、四大は思わず(おのの)いてまう。

 シルフィードはゴクンと喉を鳴らして、真実を伝える事にした。

「…女神…ルナに特別な恩寵を受けているのよ」

「なっ──!!?」

 その言葉に四大は目を見張り、沈黙した。

 精霊は神の領域に踏み込む事は出来ない。しかし、助けずエライアが死んでしまうという事が万が一でもあれば、ルナの怒りを買いかねない。

「…俺達もそうだが、本来神も干渉するのは許されないはずだ」

「ウム…。実に難しい問題だ」 

「他の神々は、この事を知っているのかえ?」

「いいえ、知っているのはアタシだけ。でも、貴方達も加わったわね」

 シルフィードがそう言うと、皆盛大な溜め息を吐いた。

 すると、最も反対の意を示していたウンディーネの表情がスッと変わる。泉から上がり、尾びれに手を添えてひと撫ですると立ち所に足へと変わった。裸体は長い髪で隠れている。エライアの前に立つと、指に滴る雫を彼の口に移した。

 この泉の水は、傷や呪いを浄化する事が出来る。体内に取り込めば、尚の事回復は早い。

 エライアの顔も心なしか穏やかになった。

「……愛されるのは、いつも幸福ばかりでは無い、苦難も伴う。身分が違うなら尚更…これは大きな『貸し』ぞ。理由がどうであれ、こやつの事をまだ許した訳ではない。どうするか、これから見定めさせてもらおう」

「…ありがとう、ウンディーネ」 

 ホッと胸を撫で下ろすシルフィードだったが、まだ問題は残っている。

 亜人界の災いを一刻も早く食い止めなければならない。

 エライアは、この場所でしばらく休ませるのが賢明な処置だろう。他の目につかない様、再び透過させ鍾乳洞の奥に移動させた。

「…久しぶりに四大の力を合わせる、か。フン、腕が鳴るな」

「神々が手を下す前に、我等で食い止めるぞ」

「どの道もう耳に入っているじゃろう、腹を括らねばならぬな」

「よし、じゃあ皆纏めて行くわよ!!」

 シルフィードは腕を掲げて竜巻を巻き起こし、皆を運んだ。


 炎の勢いは少し弱まっていたが、黒い霧は依然として猛威をふるっていた。霧を吸い込むと、いくら精霊と言えども多少なり影響を受けそうだ。それだけ呪いの力が強いという事だろう。

 北に(グノーム)、南に(サラマンダー)、東に(ウンディーネ)、西に(シルフィード)がそれぞれ降り立つ。これ以上人々にも危害が及ばない様に、四大は波長を合わせて巨大な結界を張る。更に、そのまま霧だけを封じ込めると、それを一瞬にして浄化した。

 そして、サラマンダーは山々に飛び散った炎を集め、ウンディーネが慈雨を降らせて鎮火をする。淀んだ空気をシルフィードが吹き飛ばし、グノームは森に活力を吹き込む。

 事態が終息を迎えた頃には、日は沈んでいた。



 暗闇、静寂。ぼんやりとした意識の中で、一人佇むエライア。

「……ここは…」

 二度も来れば、ここがどこだか分かる。冥界だ。

 倒れる前後の記憶は朧気だが、今度こそ死んだに違いない。そう思いながら、寂しげに笑う。それにしても相変わらず何も見えないが、気配は感じる。

「…そこに居るんでしょう、タナトス?」

「ほう、良く見抜いたな」

 ヌゥッと姿を現したタナトスは、口端を上げて不敵に笑った。

「…僕は、とうとう死んだのかい?」

「勘違いしている様だが、まだ己の姿が見えていないのであれば死んでいないぞ」

「…そう。まだ、生かされているんだ」

 タナトスがわざわざエライアの前に現れたのは他でもない。地上での出来事を聞きつけたのだ。すぐに察しのついたタナトスは、原因が何かも全て把握している。しかし、はっきりと伝えるのも少し気が引けた為、真実は隠して事実だけを述べる事にした。

「…貴様がこちらに来ている間に地上で…しかも聖域付近で大規模な火事が起きたとか。今や天上でも大騒ぎになっているぞ」

「えっ…!?」

 エライアは目を丸くして、明らかな動揺を見せる。

「既に事は収まったそうだ。あぁ、お前の身体も無事だ」

「……っ、そう…良かった」

 口を開くものの、エライアは言葉を詰まらせて短く答えた。

 呪いの件を詳しく聞きたい所だが、自分の事は後回にした。番人として、聖域や周辺の村の様子が気になる。

「さて、貴様はどうする?今すぐ常世(とこよ)に戻るか?」

 タナトスが尋ねると、決意は既に固まっていたエライアは死の神を見据えて頷いた。 

「あぁ、戻る。またこの間の様にあっちに戻してくれると助かる…いや、助かります」

「…良かろう」

 前回の様に乱暴に戻す事は無く、今まで感じた事の無い複雑な胸の内に違和感を覚えながら、タナトスはエライアを送った。

 戻ればいずれにせよ真実は知る事になる。どの道避ける事は出来ない。

「…不思議だ。あやつの前ではどうも非情になれない」

 コツコツと足音が聞こえる。タナトスが振り返ると、そこには彼と合わせ鏡の様にそっくりな容姿と出で立ちの男が居た。

 タナトスの双子の弟で眠りを司る神、ヒュプノスだ。

「君のせいだって言わなかったんだ。冷酷なタナトス(兄さん)にしては珍しいね」

「…うるさい」 

 無愛想なタナトスとは対象的で、ヒュプノスは物腰が柔らかく笑顔がよく似合う。おまけに兄とは違い目元に皺も無く、肌艶も良い。好印象を持たれるのは間違いなく弟だろう。

 あまり見た事の無い姿、心境変化に興味津々でタナトスの腕に纏わり付く。

「フフ、肩入れしちゃって。何、彼お気に入り?」

 ヒュプノスがそう尋ねると、タナトスは腕を振り払って軽く舌打ちした。

「そういうのでは無い。余計な詮索はしなくて良いから、常世の魂を回収しに行くぞ」

「はーい」

 今回の災いで数多の命が犠牲になった。

 天寿を全うすれば、ヒュプノスが眠りを誘い、タナトスが魂を狩り冥界へ運ぶ。しかし、不慮な事故の場合はそれが出来ない。

 亡者となった状態のまま常世に留まるのは、生者にとっても負の気を与えてしまう。

 本来あるべき正しい場所へ導く為に。

 気乗りはしないが、やらなければならない大切な役目だ。

 久しぶりの大仕事に、タナトスは懐から身の丈に合わない大鎌を出して、ヒュプノスに悟られぬ様小さく溜め息を吐いた。

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