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片翼に恋した女神  作者: キリエ
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片翼の番人―ἐλαία―

 昔々、この世界に生まれ落ちた人間は、神や精霊から愛され加護を受けた為、火・水・風・土を主にした元素(エレメント)を術として操る事が出来た。神や精霊は姿を見せる事は無いが、人々は彼等を敬い信仰した。

 やがて力を物にした人間は、人間と動物を合わせた亜人という新たな種を造った。亜人も加護を受けたが、一つの元素しか扱う事しか出来ず、変わりに身体強化や強大な力を得た。 

 最初こそ人間は亜人を愛し、亜人も人間を支え、対等で協力関係にあったものの、いつしか人間は自分より力のある亜人を恐れるようになった。

 人間は亜人を奴隷の様に虐げては、家畜以下の存在に仕向ける者が増え、突然の変わりように亜人は皆困惑した。ぞんざいな扱いを受け、人間に不信感を抱き、フラストレーションが溜まっていくばかりだった。

 遂には亜人の中でも力の強い者が革命の狼煙(のろし)を上げると、それは瞬く間に広まり戦争になった。そして、多くの命が消えていった。


 長き戦いの果ての結界、世界は二つに分裂した。

 一つは、神と精霊に見捨てられた人間と辛うじて加護が残ったわずかな亜人が住まう人間界。

 もう一つは、神と精霊に祝福された亜人だけが住まう亜人界。

 二つの世界の間には二度と争いが起きない様にと、神と精霊とが見えない境界線を引いて結界を張った。その周辺は聖域と呼ばれた。

 聖域には一人の男が居た。一見、その姿は美しい濡羽の髪が似合う鳥の亜人だが、風貌にどこか違和感を覚える。左半身は薄墨の大きな翼を持っているが、右半身は翼が無く、まるで人間そのもの。そして、モスグリーンとダークブラウンのオッド・アイ。所謂どちらとも言えない出来損ないだった。

 この成りのせいで男はローブで身体を隠し、住まう場所も転々としていたがどこも安住の地とは呼べず、最終的に聖域で暮らすようになった。

 彼は一人で行動し、聖域では特に人間が侵入しないように見張っている。時々流れてくる亜人は近くの村に保護を要請し、それ以外の時は、何をするでも無くのんびりと過ごした。

 誰も彼の名前は知らず、代わりに『番人』と呼んだ。

 番人は亜人と必要以上の馴れ合いはしない。そして、ここに訪れる者も殆ど無い。番人を恐れない鳥や獣達が話し相手が束の間の気散じだった。

 夜になると、番人は木の幹に(もた)れて、いつでも起きれる様にと浅い眠りに落ちる。

 そんな様子を、神々が住まう神殿から見ていた一人の女神が居た。青白く輝く足元まで届く月白(げっぱく)の長い髪。ラピスラズリの瞳。シルクのキトンとヒマティオンを身に纏い、天上の花を散りばめたオリーブの葉の冠を戴いている。

 彼女の名はルナ。夜になると顕現する、月の女神だ。

 神や精霊は人々の物事には干渉しない。時々、物好きな者が亜人に悪戯をする事はあるが、基本的に見守っている。

 そんな中、何故か番人に惹かれてしまい、毎夜寝顔を見に来ていた。

 日中は太陽の力が強く、ルナは自身の力を激しく消耗してしまう為、神殿で眠りについている。人で例えるなら夜型の為、番人とは行動が真逆であった。

「どんな声をしているのかしら…」

 女神の気まぐれで番人を起こしてみるのも一興だろう。しかし、ルナにはその度胸が無い。何故なら、彼女は極度の恥ずかしがり屋なのだ。神や精霊との親交も積極的では無い。

 とは言え、遠くから眺めているだけでは物足りなくなっているのも事実。ルナは寝転びながら頬杖をつき、憂いを含んだ溜め息を吐く。

 その時だった。

「あっ…!」

 突然の疾風に煽られ、ルナの冠が落ちてしまった。咄嗟に手を伸ばすが間に合わず地上に落ちていく。顔面を塞ぐ様に長い髪が(なび)いて、手で押さえる。

「シルフィード…!」

「よくも毎日飽きないわね」

 身を委ねる様にして空を舞っていたのは、ルナと最も親交のある風の精霊シルフィードだ。ウェーブがかった腰まで届くエメラルドグリーンの髪が、風と共にユラユラと揺蕩う。髪と同じ色をした瞳が、気怠そうにルナを見つめていた。

「もう…!あの冠、お気に入りだったのよ」

「惚けてるルナが悪い」

 ルナは子どもの様に頬を膨らませて、冠の行方を探る。まだ地上には落ちていないようだった。気を許せるシルフィードに対しては、ルナは強気になる。

「アタシがまた新しい冠を作ってあげるわ」

「…それならルミナリエの花を取って来て頂戴。出来れば、月のルミナリエが良いんだけど」 

 ルミナリエは亜人界のある一定の場所に生息していない稀有な花で、花弁の色によって様々な属性を持ち、その実は食べると魔力を増幅するとも謳われる不思議な花だ。ルナの言う月のルミナリエは、乳白色の花弁をしているが、四大元素以外はそもそもとても希少で滅多に自生していない。

 それを知った上で、ルナは無邪気に微笑む。シルフィードも彼女には甘く、肩を竦めた。

「…見つける事が出来たらね」

「フフッ、約束よ」

 

 ふわり、ふわり。

 女神と精霊が戯れている間に、冠が地上に落ちた。微かな音だが、番人が目を覚ます。

「ん……」

 目を擦り、辺りを見回す。人の気配は無い。その代わりに、草の茂みの中で神々しく輝く冠を見つける。

 番人は警戒しながら冠を指で突いてみるが、何も起きない。触れても大丈夫だという事を確認すると、そっと手に取ってみた。

 オリーブの葉で出来た冠という事はすぐに分かったが、見た事の無い花があしらわれている。少なくとも、亜人界に咲く花では無い。言葉では表せない程の美しさだ。

 番人は思わず感嘆し、疑問に思う。

「…こんな代物、一体何処から…」

 風の音がびゅうびゅうと鳴ると、それに合わせて草木が揺れて木霊(こだま)する。

 番人はその力を利用して冠を掲げると、静かに術を唱えた。

「“主の元に還れ”」

 冠はゆっくり浮かび上がると、最初は空に向かって飛んでいくが、持ち主の足取りがそこで途絶えてしまうのか、勢いを失い落ちてきた。それは、何度試しても同じ事だった。

 空に向かって感知出来なくなるという事は、別の空間から来たものと考えられる。即ち、この冠は神や精霊の物であるという事になる。亜人からすれば、触れるのも畏れ多い。

 しかし、番人は冠を放置する事も出来ず、たちまち(ねぐら)にしている木の枝に引っ掛けて、持ち主が現れるのを待つ事にした。

 

 その様子を途中から見ていたルナは、わなわなと唇を震わせて慌てふためいた。

「ど、どうしましょう…シル、どうしましょう…!」

「あら、会う切っ掛けが出来たじゃない」

「だ、駄目よ、下手に干渉出来ないわ。私の力で彼が狂ってしまう事だってあるのに…」

 神というだけあって、その力は計り知れない。神や精霊はその影響を受けないが、そうでない者が膨大な力に少しでも触れてしまえば、それを受け止めきれずに狂い死ぬ。その中でも、月の満ち欠けで力が変化してしまうルナにとって、それは致命的なものだった。

「…守護石を使えば良い」

 シルフィードが思い出した様に呟き、ルナはハッとする。

 守護石とは、神のみ所有する事が許されている守り石であり、これを身につけていればどんな力でも跳ね返し、己の力を制御する事も出来る。神以外の者が持っても何の効果も持たず、そもそもそこら中に落ちている変哲の無い石にしか見えない。

 勿論、神であるルナも守護石を持っているが、無闇に使う物でも無い為、普段は神殿に収めている。

「…こんな事に使って良いのかしら」

「使う時が無いなら、今こそ使うべきよ」

 風の甘い囁きに、女神は迷いながらもそれに応じる事にした。

 

 翌日の夜、ルナは地上に舞い降りた。

 普段纏っている衣服では明らかに目立ってしまう為、亜人が着ている麻布のワンピースに腰に蔦を巻き付けてみた。これにローブを羽織れば、露出を避ける事も出来る。また、丸耳は亜人には存在しない為、長い髪で隠す様に編み込んで麻紐で結った。守護石は懐に隠し入れた。

 おかしな所は無いかと、ルナは川の水面に映る自分の姿を隅々まで確認する。

「…ハァ、ドキドキするわ…」

 ルナはしゃがみ込んで、両手で顔を覆った。

 冠を返してもらえれば、礼を述べすぐに帰れば良い。それだけだ。

 ほんの短いやり取りでさえ、頭の中で細かなシミュレーションを繰り返す。

 最早、神の威厳はここには存在しない。

「…あの」

 誰かがルナに声を掛けるが、彼女はそれに気づかない。

「……ちょっと、そこの人」

 再び声を掛けるが、反応は無い。痺れを切らした相手は、ルナな肩に手を置く。そこで彼女はようやく気づいて、俯いていた顔を上げる。

 番人が怪訝そうな顔をして立っていたのだ。

「……大丈夫ですか?」

「えっ──えっ!?い、いやあああああああああ!!」

 パニックを起こしたルナは甲高く叫んだ。そして、勢いのまま番人の頬を力の限り引っ張たくと、乾いた音が虚しく響いた。

 

 ルナと番人は川辺に座って、赤くなった番人の頬をルナは濡らした布でそっと押さえる。泣き腫らした目は、それはもう酷いものだった。

「…ヒック……っ、本当に、ごめんなさい」

「別に、大丈夫。急に声を掛けた僕も悪いから」

 番人ははにかむと、手を伸ばしてルナの涙をそっと指で拭った。

 しばらくは、まともに会話が出来る状態では無かったが、徐々にルナが落ち着きを取り戻すと、番人は当たり障りの無い言葉を選びながら、口を開いた。

「…この聖域に久しぶりに人の気配を感じたものだから、様子を見に来ただけなんだ。…この辺では見た事が無いけれど、迷子かな?」

「…違う、わ。その…………あの……」

 番人に会いに来たとはとても言えず、緊張のあまり唇が震えて舌も上手く動かない。ルナを知っている他の神や精霊が見たら大笑いする光景だろう。特に、仲の良いシルフィードならそれに加えてひっくり返るに違いない。しかし、番人は黙って彼女の様子を優しく見守っていた。

「……さ…捜し物を……風で…飛ばされて…それで、ここに…無いかなって…」

「…ちょっとここで待っていて。“風よ”」

 番人はそう言うと、立ち上がると同時にあっという間に森の奥に消えた。

 しばらく待っていると、番人は再び戻ってきて、ローブの間から光る物を出す。ルナが落とした冠だった。

「それ…!」

「……“主の元へ還れ”」

 番人が術を唱えると、冠はそのままルナの頭に戻った。持ち主はルナだと分かると、番人は一歩下がり微笑んだ。用はもう済んだ。これ以上、関わる事も無い。 

「貴女の物で間違いないみたいだ。それじゃあ、僕はこれで」

「え…あ、まっ、待って!」

「…まだ何か」

 ルナの心臓がバクバクと激しく動く。顔がみるみる熱くなっていくのを感じる。

「あの、お礼をさせて…ほしいの…」

「たまたま拾っただけですから、必要ありません」

 先程の愛想の良さとは打って変わり、番人はとても閉鎖的な態度を取る。必要以上に干渉して来るなと言わんばかりに、彼の目がそう訴えていた。

「でもっ!じゃあ、せめて、貴方の…名前を教えて」

「……皆は、番人と」

「そうじゃないわ。貴方の…名前よ」

 番人は俯いて(かぶり)を振る。

「…向こうの世界では奴隷をしていて、数字で呼ばれていました」

 番人はローブを少したくし上げる。彼の足首には、鎖の切れた古びた枷がはめられており、肌に擦れて皮膚が所々抉れて、錆と血が混じっていた。壊死していないのが不思議なくらいだ。

 あまりの痛々しさに、ルナは両手で口を覆い息を呑んだが、

一つの提案を思いつく。

「…貴方に、名前を授けましょう」

 ルナの言葉に、番人の瞳が動揺する様に揺れた。

「…そうね、この冠から取って……『エライア』というのはどう?オリーブの古い言葉なの」

「エライア…」

 この冠のおかげで、ルナは番人と出会い話す機会を得た。

 彼の左目は、偶然にも早摘みのオリーブの実と同じ色をしている。まだ熟れていない実は、これから何色にでも染まる事が出来る。そう願いを込めて。

「ご、ごめんなさい!初対面でこんな偉そうな事──」

 ルナは番人を見て、言葉を失う。彼の左目から一粒の涙が零れ落ち、頬を伝っていた。それがとても綺麗で思わず見惚れてしまったなんて、口には出せない。

「…初めて、誰かに与えてもらった」

 手の甲で涙を拭い、番人は嬉しそうに微笑んだ。

「失礼な態度を取ってすみません。貴女の名前も教えて下さい」

「えっ?私はルナよ。あっ…」

 急に尋ねられたせいでルナは咄嗟に真名を名乗ったが、正体がバレてしまうのではないかと、内心不安になり少し焦る。

 しかし、そんな事はすぐに頭の片隅に飛んでいってしまった。番人の、エライアの笑顔と言葉が心の底から出たものだったから。

「…ルナ、ありがとう」

「ねぇ、エライア。また、その…会いに来ても…良いかしら?」

 モジモジと身体を捩らせながらルナが尋ねる。首を傾げる仕草が何とも愛らしい。

 自分に名前を授けてくれた相手を無下に出来ない。それに、彼女に興味を持ったのもある。正体も薄々は気づいているが、この一時(ひととき)を今はもう少しだけ噛み締めたい。

「…ルナならいつでも、喜んで」

 いつの間にか夜も更けていたのに、エライアは高揚し眠れそうに無かった。

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