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万引き少女は三度嘘つく  作者: 双葉 了
8/10

第八話

「私、病気なんだ」


 そう告げた新田が続けて口にした病名は、俺にとって聞き馴染みのある言葉だった。


「それって……」


「そう、この本のヒロインと同じ病気」


 鞄から一冊の本を取り出して新田が言った。

 それは、ついさっき俺たちが見た映画の原作となった本。

 新田が今朝、俺の目の前で万引きをした本だった。



 少し前から、体の調子が悪かったの。

 夏休みが始まって、夜遅くまで勉強することが増えたからそのせいで少し体調を崩してる。始めはそう考えていたの。

 けど、三日前とうとう普通じゃないなって気がしてきたの。その時には、お父さんも私の異変に気が付いていて、お父さんの病院で検査を受けることになったの。

 それで……。



「病気が見つかったの」


 万引きした本を握る新田の手が少し強ばった気がした。


「でも、その病気は今じゃ効果的な治療法が見つかって、ほとんどが治るって……」


「そんなことは分かってる。お父さんにもそう言われた。

 けど、そんなの重要じゃないの。

 私はその時、もしかしたらあと数カ月で死んじゃうんじゃないかって本気で思ったの。

 そしたらね、私には何もないってことに気が付いたの」


 俺の気休めを、今までで一番大きな声で遮ると、新田は泣き出しそうな顔で俺を見た。

 遠くの方で雷が鳴った。いつの間にか、快晴だった空には雲がかかっている。


「何もないって、そんなことはないだろ?

 新田は勉強もできるし、学級委員長やったりクラスでも中心的な位置にいるじゃないか。何もないっていうのは、俺みたいなもののことを言うんだぞ」


 本当はよく知りもしないのに、「俺は、新田のことをよく知っているんだぜ」というように、言葉を並べた。

 でもそんなごまかしの言葉は、新田には届かない。


「勉強ができる?それは両親の顔色を窺ってやってきたこと。学級委員長は、みんなが嫌がる雑用を押し付けられただけ。

 先生にとっても、文句を言わない私が都合がいいだけなの」


 空から一滴、雨が落ちてきた。

 それが呼び水になったのか、それまでの快晴が嘘のように勢いよく雨が降り始めた。

 空気が少し冷え、雨の匂いに包まれる。


「私ね、死ぬかもしれないて思ったとき、とてもたくさん後悔があることに気が付いたの。

 私が本当にやりたいことは何一つ出来ていなくて、私がこれまでやってきたことは、私以外の誰かが望んだことなんだって」


 俺たちのいるベンチには屋根がついているので濡れることはない。

 一歩外に出ればバケツをひっくり返したような乱暴な雨が降っているのに、二人のいるだけこの世界から切り離されたように感じる。

 両手を伸ばせば、はみ出してしまうような俺と新田の小さな世界。


「おかしいよね?私の人生なのに、私はこの15年間私以外のために生きてきたんだよ。

 だから、そういうの全部やめようと思ったの」


「だから、万引きをしたのか?

 新田以外の誰かが望んだ“優等生の新田”をやめるために」


「そう、小さいよね。

どうせやるならもっと大きなことをすればいいのに。私はどこまで行っても小心者だから、万引きくらいしかできなかった。

 結局、誰かが望む新田未央をやりすぎちゃったせいで、私もその色に染まっちゃったんだよね」


自虐的に笑う新田の笑顔は、とても痛々しい。


「ほんとは、すぐに見つかって、それから警察を呼ばれて。呼び出された時の二人の顔が見たかったの。

 二人は私を見て、叱るのか、嘆くのか、悲しむのか、それとも……。その顔が見れたら満足だと思ってた。

 だけど、藤原君に見つかっちゃって全部台無し」


「え、それって」


「見られてたことには気が付いてたよ?

 当たり前でしょ。私、捕まる気満々で人が来るのを待って本を鞄に入れたんだから」


 新田の言葉に、俺は驚いた。

 確かにあの時、本棚の角を曲がったと同時に新田の犯行現場が目に飛び込んできた。

 それが、狙い通りだったと言われればそうなのだろう。

しかし、それならどうして……。

 

「どうして、映画に行こうだなんていったんだ?

 俺があの時、万引きのことを指摘しそうになると、新田はそれを遮ったじゃないか」


 そうだ、新田は捕まるために、優等生を辞めるために万引きをしたと言った。

 それなら、見つかった相手が店員だろうとクラスメイトであろうと関係ない。

 それなのに、新田は万引きをごまかすような言動をとった。

 それはいったいどうしてなんだ?


「まだ気が付かないの?

 藤原君って、本当に他人の感情には鈍感なんだね。それとも、もしかしてわざとやってる?」


 俺が新田の真意を図りかねていると、新田は呆れたような顔をして、ベンチに飛び乗った。

 それまで下にあった新田の瞳が俺と同じ高さになる。

 そして……。


「こういう理由」


 新田の両手が俺の頭を優しく押さえたかと思うと、次の瞬間、新田の瞼が目の前にあった。
















 唇が触れ合っていることに気が付いたのは、さらにもう一瞬後のことだった。










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