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万引き少女は三度嘘つく  作者: 双葉 了
7/10

第七話

 自販機でそれぞれ飲み物を買い、屋根が付いたベンチに腰かけても、新田はなかなか話し始めなかった。

 買ったばかりのオレンジジュースを手でもてあそび、一口飲んでは小さなため息を吐いた。

 結局、新田が話し始めたのはペットボトルの中身がほとんどなくなってからだった。


「嫌気がさしちゃったんだよね、優等生でいることに」


 どこか遠くを見つめて、新田は言った。

 その一言が出てからは、堤が壊れたようにあとからあとから言葉が流れ出てきた。


 私の両親がお医者さんと大学の准教授だって話は……憶えてないよね?一年生の頃、この話もしたんだけどな。あ、いいよ謝らないで、私は藤原君のそういう無関心なところに救われてたから。

 それで話を戻すと、うちの両親って絵にかいたような教育ママとパパなんだ。

 幼稚園の頃からたくさんの習い事を私にさせて、学校の勉強にもたくさん口を出してきた。

 習い事自体は楽しいことも多かったんだけど、毎日夕方には習い事の教室に行かなくちゃいけなくて、友達も出来なくて、家に帰ってもテレビとか漫画とかは見せてもらえない。本も二人が許してくれた作家のものしか読めないの。

 始めは、そんな生活が普通だと思てたんだけど、小学校の高学年になる頃にはさすがに。うちっておかしいのかなって思い始めたの。

 一度疑問に思っちゃうと、これまで普通にこなしていた日常が急に息苦しくなっちゃったんだ。それで、生まれて初めて両親に反抗してみたの。


 どうなったと思う?

 淡々と話していた新田が、言葉を区切って俺の方を見た。

 俺は、何も言えずに首を横に振った。分からない、という合図だ。

 新田はそれを見て、もう一度視線を正面に戻し遠くを見つめる目になった。


 「私から、友達を奪ったの」


 その一言には、怒りではなく諦めの感情が乗っていた。


 二人は、私が反抗した原因はクラスメートにあるって考えたの。知能レベルが劣る子と友達になったから、私の志が低くなった。

 ふざけた考えだと思うでしょ?けど両親は本気だった。

 二人はこれまで以上に私への干渉を強め始めた。

 専属の運転手を付けて、学校が終わればすぐに習い事に向かえるようにした。少しでも学校にいる時間は短くしたかったみたい。

 たまに友達の誕生会に呼ばれることがあったけど、私はそれをいつも断らなくちゃいけなかった。そんなの許してくれるわけがなかったから。

 そんな風に誘いを断り続けていたら、自然に私の周りに友達は居なくなった。あの人たちの思い通りにね。

 それだけで終わらない。

 小学校で私みたいな特殊な存在っていうのは、無視されるんじゃなくて排除される対象なの。みんなと違う子は、クラスに入らない。


「藤原君は信じられないかもしれないけど、私いじめられてたんだ。中学に入ってからはさすがに収まったけど、それでも初めて会った新入生研修の合宿の時はまだ嫌がらせする人がいたんだ」


 笑顔で放たれたその言葉に、面白い要素など一つもなかった。


「ごめん、そんなことになってたなんて知らなかった」


「だよね、藤原君クラスの人間関係とか興味ないもんね

 だけどさ、違う小学校出身の子たちも私が『いじめられてる子』だから遠巻きに見てるだけだった時、藤原君だけが話しかけてくれた。

 それがどれだけうれしいことだったか……

 私は、藤原君のやさしさに救われたんだよ」


 新田に言われて錆びついていた記憶がよみがえる。

 あれはたしか、昼ご飯を食べた後のことだった。

 三十分の昼休みがあり、みんなはグラウンドで遊び始めたのだが、どうにも運動の気分にならず持ってきた本を読もうとロッジに戻ったときだった。

 誰も居ないと思っていたロッジに人影があって驚いたのを覚えている。その人影が新田だった。


「あの時話しかけたのは、新田が俺が好きな人の本を持てたからで、人間関係に疎いのは俺自身に友達が少ないからだ。

 それは優しさなんかじゃない」


 それに、その日の出来事も今の今まで忘れていた。

 新田の俺に対する評価は過大過ぎる。

 

「まあいいの、それに関しては私が一方的に恩に感じているだけだから。

 それに、今の話の本題ともずれちゃうしね」


 そうだ。今話しているのは、新田が万引きをしたことについてだ。

 新田は「優等生であることに嫌気がさした」といった。

 それは、両親の過大な期待と過干渉に耐え切れずに非行に走ったという意味だろうか?

 ありがちな話ではあるし、新田の幼少期からの束縛を考えればその可能性は高い。

 しかし、新田の言葉には反抗心の核になるような怒りの感情がない。むしろ、終始漂う諦めをまとったような雰囲気は、思春期的な反抗とは相容れない気がする。

 そんな俺の疑問は、次の一言で綺麗に消える。


「私ね、病気なんだ」


 ベンチに強い風が吹き、額を流れる汗を飛ばした。

 それなのに、不思議と音はしなかった。

 無音の世界で、新田の瞳は寂しそうに笑った。









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