ー中編ー
それからコウキは度々ここを訪れ、私を驚かせた。
リュダが好きそうな魔道書や、ハッカ味のキャンディを手土産に。
ソフィーである私はあまりそれらに興味はないのだが、ありがとうと受け取り、丁寧に片付ける。
「読まないのか?」
リュダなら受け取るやいなや寝食を忘れて読む本のようだ。
「あとでゆっくり読ませてもらいます。」
私は森の幸で作った簡素な食事をコウキに出す。コウキはそれを食べながら、街の様子や、最近の旅の出来事を話す。こんな普通の話は意外だなと思って相づちを打つ。前回は討伐の話と懐かしいチキュの話しか出なかった。
この地が平和になったということなのか。
ならば何故チキュに帰らない?
またしても私が足枷になっているのだろうか。
討伐の折、一人犠牲になったメンバーの生まれかわりが独り立ちするまでは……とか。
やめてくれ。
私は自分のしたいようにしただけだ。勝手に責任を感じて勝手に生まれ変わらせて勝手に様子を見に来て、勝手に私の静かな一人の生活をかき乱すのはやめてくれ!
私はリュダじゃない。ソフィーだ。
元から尊敬し、憧れ、影のある面立ちを力になれればいいのにと見つめていた相手が更に精悍になり、一人ひっそり生きてきた女のもとに足繁く通ってきて、心乱されない女がいるだろうか。髪をかきあげる様子、窓辺で雨を眺める横顔、寝る前に思い出しては胸が痛い。大好きだった親友を思う気持ちはあっという間に変容してしまった。
ああ、神は何故私を女にした。
私は居を移す準備を始めた。
◯◯◯◯◯
夜、戸がノックされた。コウキは昼しか来ない。でも、この気配は知っている。私の幻影を破る人。
戸を開けると、光り輝く女が立っていた。
「聖女様。」
私が跪くと聖女は大慌てで私を立ち上がらせる。
「止めてちょうだい。あなたは私がどれほど聖女に相応しくないかわかっているはずよ。」
「いえ、聖女様こそ聖女様だと思っておりますが。」
「ならば私はあなたを英雄、聖リュダ、幼子の姿を借りた慈悲神と呼ぶことになるわ。」
「……何ですか?それ?」
「あなたの死後、送られた称号。あなたは聖者になったのよ?」
「……意味なきことを。」
「本当ね。じゃああなたの本当の名を教えてちょうだい。」
「……ソフィーです。」
「『賢き者』、あなたにぴったりね。」
月日は姉のようだった聖女を少しふくよかにして、貫禄を与えていた。
「聖女様どうしてここが?」
「勇者に聞いたの。コウキの瞳に光が戻ってホッとしているわ。」
「勇者様は……お元気ではなかったのですか?」
「ソフィー、大事な仲間が仕方がないことだとはいえ、目の前で死ぬのよ。平気でいられると思う?自分の立場で考えてごらんなさい。」
「…………」
「ましてコウキは自分の手であなたを殺したの。」
「私は!コウキに殺されたと思ったことなど一度もない!」
「わかってるわ。」
「誰かが果たすべき役目だった。私が一番年若く、孤児で、悲しむ人も残してきた人もいなかった。リュダが適任だった。それだけよ。」
「私達が悲しむと思わなかったの?」
「それは四人誰でも同じ。世界を救うためにしょうがなかったでしょう?ならば最小の影響ですむ私だった。私は何も後悔してない。現に世界は平和になっている。リュダなしでも問題なく。これが聖女様ならばそうはいかない。」
「あなたの……あなたの言うとおりね、ソフィー。でも、でも私はあなたを弟のように思っていた。ひたむきで努力家で聡い、優しい優しい私達の弟。私はあなた達より大人だったというのにあなたの優しさに甘えて、あなたの心の内に気がつかなかった。あの場で代われるものなら私が代わってやりたかった。でも私は愚鈍で、あの場があんなに悪意に満ちているなんて信じられなくて、気づいた時にはなにもかも手遅れだった。」
「…………」
「それに、コウキにとっては無理矢理召喚したこんな世界より、唯一の親友であるあなたの方が、天秤にかけるまでもなく大事だったの。あなたの亡骸を抱き、リュダが死ぬくらいなら世界なんて滅びてしまえと泣いていた。」
「…………コウキ……」
「愛するあなたを失ったことが、信じられず、許せず、私とコウキはリュダの復活を願った。その願いは叶えられ、コウキは世界のどこかにいる、リュダを探し旅を続け15年。ようやくあなたを探しあてた。」
「…………」
「見つけたあなたは女性になっていて、森の奥でたった一人、静かに、贖罪するように生きていた。あなたほど堂々と生きていい存在はいないのに。コウキは戸惑って私を訪ねてきたの。俺たちの願いは間違いだったのか?そっと眠らせてあげたほうが幸せだったのか?と。」
「…………」
「私はこう言った。私達は我儘にもまたリュダと会いたいと願った。そして、リュダの魂を持つソフィーに会えた。こんな幸せなことはない。どれだけ利己的であったとしても、後悔はない。と。」
「聖女様……」
「あなたは私達に二度と会いたくなかったかもしれない。でもこれは、私達の愛を軽んじて勝手にさっさと死んだ罰よ。己の未熟を恨みなさい。」
いつのまにか、涙を流していた私を聖女様が胸に抱き入れた。
「リュダ、ありがとう。そしてさようなら。はじめまして、ソフィー。私はあなたを生涯愛する姉。二度と私より先に逝くことは許しません。」
ほら……やはり聖女様の方が、この世界には必要だ。
こんなにも温かい。
「コウキは私を見つけるために、元の世界に戻らなかったのですね。私、ココでキチンと生活していきます。命を粗末になどいたしません。何の心配もいりません。早く、コウキを元の世界に返して上げてください。」
召喚は神殿の秘術。神殿のトップである聖女が動けば準備は直ぐに整うだろう。
聖女様はハッと驚いた顔をされた後、顔を歪め……涙を零した。初めて見た、聖女の涙。
「ソフィー、あなたって人は死してもなお自分ではなくコウキの幸せを願うのか……、ああ、ああ、リュダ、ソフィー、許して……神殿に、召喚元に返す術などないのです。」
「え?」
「私達はっ…ううっ、騙されていたのです!だってそうでしょう?勇者は魔王の玉座で死ぬのだから、返す術など不要なのです。コウキは始めから……帰れないのです……」