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感想、レビューの大惨事

 最近、木製の白いドレッサーの上に、ノートとペンを置いている。私はスツールに腰掛けて、新作のプロットを練り始めた。


 ふいに、誰かが私に話しかけてきた。


「お前、独りで誰も読まない小説なんか書いて、寂しくないのか」


 ——ははあ、さてはオリジナルキャラクターの声だな、と私は心の中で小躍りした。


 頭の中で声が聞こえたのは、数年ぶりのことだった。さすが、私のキャラクター。シニカルな笑い方が似合いそうだ。


 経験上、相手がどんなやつなのかは、考えない方が良いと知っていた。考えたら最後、夜露のように消えていく存在である。私は、会話を繋げることを選択した。


「いいんだよ。ブックマークは1人。別に誰も読んでいないわけじゃない。それに、もし感想やらレビューやらがついた日にはどうなると思う?」


「お前が喜ぶだけじゃないのか?」


「私が喜ぶだけで終わると思うのか?」


 問いかけを問いかけで返した。

 相手はなぜか少し怯んだようだった。恐る恐る聞いてくる。


「……終わらないのか?」


「終わるわけがない!!!」


 私は大声を出して、なぜ終わるわけがないのかを力説し始めた。


「私が感想やらレビューやらをもらった日には、書かれた内容を熟読した後、こちらを書いてくださった人物はどのような御方だろうかと考え始める」


 ——そうだな、例えば、この小説には読む価値がない、というコメントをいただいたとしよう。


「それはまた、辛そうな例だな」と彼は呟いた。


 ——今のは、口に出して言ってなかったんだが、まあいい。続けよう。


「そうでもない。往来でいきなり、ブス!! と叫ばれるようなもんだ。私の反応はこうだ。——いくら貧乏でも、家に鏡くらいあるから、わかってるよ」


「相手にしないってことか」と。彼は納得したようだった。


「それはそうなんだが。私はそこから思考し始める。この人が、思ってても誰も口にしないことをわざわざ言ってきたのは、なぜか。気になり始める」


「そう言われると、ちょっと気になるかもしれん」


「まあ、この例は、実際には少し違いがある。文の中の私は現実とは別物だからな。文を否定されても私が否定されるわけではないから、傷がつかないことは前提。冷静になれる」


「ああ。なんか今、すごい納得した」


「でも、気になることは同じだ。私は絶対にその人のページに飛ぶ。で、他にどんな作品を読んでいるか、どんな作品を書いているか、見るわけだ。まあ、そんなことを書くやつだ。見るに耐えない内容だろうから、この場合はそこで終わる」


「だろうな」、彼は頷いた。


 まだ顔は見えてこない。声は男性にしては高めな感じもするが、年齢不詳。考えては駄目だ、考えては……。


「次は、逆。すごく面白かったです、とコメントをいただいたとしよう。私は小躍りした後、考え始める。この御方、何が面白かったのだろう」


「また、飛ぶのか」


「わかってきたな。この御方は何を読むと面白いと感じるのか。趣味、嗜好を考察して、ちょっとでも理解して、それが書けそうなものだった日には。書いて載せるだろうな。御方だけに向けて」


 一瞬、間があった。彼は息を吸い込んで、叫んだ。


「サービス精神旺盛か!!!」


 私は、負けじと言い返す。


「当たり前だ! たった1人、ファンになってくれるかもしれない御方だぞ!」


 彼はやれやれ、と呆れた。


「お前、小説観ありそうなのに、意外とプライド低いんだな」


「ほっとけ。書けるものが少ないだけだ」


 思わず、本気で言い返してしまった。が、相手の言葉より自分の言葉の方が刺さる。

 彼は、私を憐れんでいるようだったが、気を取り直して聞いてきた。


「じゃあ、まともな批評が来たらどうするんだ。びしっと辛口なやつ」


 私は、はあっと長い溜め息をついた。

「それがまた、厄介でね。1番、気になる」


「え?」彼はきょとん、としている。


「まともな批評をお書きになる御方は、総じて文章力が高いことが多い。批評家か、小説家か。まず、調べる。で、どちらだったとしても、文章や文体から、その人の能力値を考察してしまう」


「は?」彼は困惑ぎみだ。


「この御方は、今まで何を読んできた? 読書量は? 考えに考えて、自分では推し量れないほど能力が高かったら、弟子入りを懇願。無理でも大ファンを豪語する」


「迷惑すぎるだろ!! ていうか、本当にプライド低すぎだろ!!」


「私が上手くなる機会を逃すわけないだろ!!」


 声がだんだん大きくなってきた。よく聞こえる。彼を私のモノにするまで、後、少しだ。


「あ、でも、もし私のを読んでください的な感じのだったら、どうするんだ?」と気軽な感じで、彼は聞いてきたが、私の表情は晴れない。


「それもまた厄介で。とりあえず、表面的にはお断りするんだけど、飛んで」


「飛ぶんかい!」彼の突っ込みの速度は速い。


「……もし、私が期待させられちゃう感じなら、協力する。この人に必要なのはなんだ、読んだ方が良さそうな本はなんだ? 考えに考える。その御方に必要なアイデア、私が持ってたら全部あげちゃう」


 今度の反応も速かった。彼は息も吸わずに叫んだ。


「ちょっと待て、突っ込みどころ、満載だろ!!」


「その場合の私は、また何も書かなくなるから、私にとっては1番良くない展開だけど、毎日充実してると思う」


「……感想やレビューは来ない方がいいな。何にせよ、大惨事だ」と彼は深刻な様子で言う。

 しかし。「私は前からそう思ってたよ」と、私はけろっとしていた。


「そりゃ、感想やレビュー来なくても寂しくないわけだ。ていうか、そんなやつ、見たことねえよ!!」


「や、いると思うよ。目立たないだけで。私も見たことないから確証はないけど」


 彼はおもむろに、頭を抱えた。その動作の速度には、彼が私の言葉を取り込むのに必要とした時間が、如実に現れていた。


「頭痛くなってきた。お前、書き手なのに、読み手なしで生きていけそうだな。虚しいわ」


 見放したように言う彼に対して、私が慌てて否定するのは、別の箇所だ。


「いやいや、読んでくださる御方は大事ですよ!」


 今や、彼は本気で私を憐れんでいた。


「俺は、そんなプライドないやつ嫌だわ。またな。お前の考えが変わったら、また出てきてやるよ」


「え、待って、待って、待って!!!」と。私は必死にすがるが、もう彼が手に入らないことは頭の片隅でわかっていた。


「うるせえ。またなって言ってるだろ」


「別れる時は、みんなそう言います」


「………」









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