8.ちっぱい
「あの、二部屋お願いできませんか?」
「ごめんなさい、今夜は一部屋しか空きが無いんです……」
やっとの思いで見つけた宿も、一部屋しか空いてないと知らされテルは困惑した表情を浮かべる。
「よし、俺は別の宿を探すからルビーはこの宿で休むと良い」
「……え? どうして?」
「いやだってさ……」
「二人でこの宿に泊まればいいでしょ?お金も無駄になっちゃうよ」
「いや、そういう問題じゃなくてですねルビーさん……」
ルビーの無垢さに狼狽するテル。
宿の受付嬢も二人の事を夫婦またはカップルであると疑念を抱いていないようで付け加える。
「お部屋にはベッドが2つあるので大丈夫ですよ?あっシャワーも付いてますので」
「いやいやいや……」
テルもなんとか食い下がろうとするが、ルビーも頷き大いに納得している様子であった。正直、ずぶ濡れで疲れ切った状態で別の宿を探す気にもなれなかった。
(負けた……)
「……一泊分お願いします」
「はい!ありがとうございます。お部屋は三階の奥になります。あと、他の客の迷惑になるんであまり盛り上がらないでくださいね」
(盛り上がるって何をだよ!)
受付を後に、部屋のある三階まで階段を昇っている時にルビーが訪ねてきた。
「テル、なんで同じ部屋じゃダメなの?」
「いや、そりゃな…… 男と女の子が一緒の部屋で寝泊まりってさ……」
「別に良いと思うよ? 私もお父さんと同じ部屋で寝たりしてたよ」
「いや、そういう問題で無くてですねルビーさん」
「私はテルと同じ部屋では嫌じゃないよ?」
「あっ……はい。そうですね。僕も嫌じゃないです」
埒が明きそうにない……テル折れる。
部屋には言われた通りベッドが二つ備え付けられており、値段の割には室内も小綺麗であった。
「テル、先にシャワー使って良い?」
「あぁいいぞ」
あれだけ雨に当たって相当に体が冷えているだろう。先に体を温めて休んで欲しい……
テルは部屋に備え付けられていたタオルで頭を拭き、濡れた荷物を部屋の洗濯紐に吊るす。
部屋には小窓があり、テルは窓から街の夜景を何をするでもなく眺めていた。
三階という高さのお陰でそれなりに街の様子を見渡すことができた。雨上がりの空は薄い雲が月を覆い、街中の建物からは暖かい明かりが漏れている。
風が吹くたびに、雨上がりの湿気の含んだ空気が顔に当たる。
夜の街並みを見ていると疲労からか眠気に襲われ、意識が遠退いていく……
――突然シャワールームからルビーの悲鳴が聞こえてきた。
突然の悲鳴に一瞬で眠気は覚め、直ぐにシャワールームの扉をこじ開けていた。
「ルビー!」
「…………」
「あっ……」
目の前のルビーは真っ裸であった。シャワーを浴びていたのだから当然だ。
真っ白な肌に、体の滑らかなライン。男のソレが付いていない代わりに、胸には両手に収まりきるような大きさの美しい丘を形成していた。
「ひ、ひゃん!」
『ギィィィィィィィィィ…… バタン……』
テルはポーカーフェースを保ち何事も無かったかのように、そっと扉を閉じた。
後から聞いた話によるとシャワールームに大きな虫がいたらしく、思わず悲鳴をあげたそうだ。
その後気まずい雰囲気のまま、部屋の明かりを消しベッドへと横になる。一瞬見えてしまったルビー平野に形成された二つの小さな丘が脳裏に焼き付き離れないテル…… ルビーヶ丘……
「テル?」
「は、はい!」
「その……見た?」
「見てません」
「嘘」
「……すみません、見えました。一瞬だけ……」
会話はそこで途切れ二人は眠りへと落ちた。