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幼馴染のソーサラーと盟約の冒険者  作者: 猫街道
II.目的地なき旅
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6.Departure

 村に朝がやってきた。地平線の奥から陽が昇り、今日も見慣れた風景が夜の闇から戻ってきた。


 昨晩、あれほどの事がありながらも不思議と熟睡することができたテル。今まで経験したことのないような修羅場の連続で心身とも疲れ切っていたのだろう。

 長くなるであろう旅の身支度を済ませ、生まれ育った生家を後にする。

 もう、この村にいることはできない……


 目と鼻の先にあるルビー宅の前では、既に身支度を終えたルビーが待っていた。その横には杖に体を支えてもらいながらも、自分の足で立っているルビー父の姿があった。

 昨晩、村に戻った後真っ先にルビー父に事情を説明した。驚くほど話はすんなりと聞き入れられた。そして、ルビー父は二人に告げた。村に軍と教会がやってくるのは時間の問題である、であれば明朝にでも出発すべきだと。


「テル君……」

 ルビー父の表情は今までに無いほど真剣な顔立ちであった。

「頼んだぞ、うちの娘を……」

「はい。何があろうとルビーの事は護ります」

 ルビー父は深く頷く。そして服のポケットから何かを取り出した

「ルビー、これを持って行きなさい。いずれ役に立つ時が来るだろう……」

 ルビーは父親から手帳と何かの鍵を受け取った。


「行こうか……」

「……うん」


 娘との別れにルビーの父親がどのような最後にどのような顔をしていたかは、テルもルビーも知らない。二人とも後ろは振り返らなかった。


 歩み始めると、村の至る処から視線を感じた。陽が昇って間もない時間帯であったにもかかわらず、村人達はテルとルビーが村から去っていくのをこの目で確認せんとばかりに待っていたのだろう。二人に向けられる視線は全てに蔑み、殺意、恐れなどの感情から向けられるものであった。

 家の窓から二人を凝視する者もいる。農作業をしていながらも、二人を激しく蔑む目で見てくる者もいた。

 村人たちは小さな村であるが故に閉鎖的なコミュニティを形成している。その中に異物が混じっていれば速やかに排除するのは必然的である。


 半日前まで優しく接してくれていた村人たちの変貌にルビーは恐怖を感じていた。それと同時に後ろめたい気持ちも相まって俯きながら歩いている。テルの袖をつかみいつも以上にくっついている。


「大丈夫…… 大丈夫だ…… 心配するなルビー」

「うん……」


 視線を掻い潜り、村の入り口までたどり着くと村長が二人を待っていた。悟ったような表情で村長は口を開く。

「おはよう。二人とも、大司祭から話は聞いたぞ」

「……すみません」


 テルがそう言い頭を下げると、ルビーもつられて頭を下げる。


「ルビーの力の事、今まで黙ってました…… その力が忌み嫌われていることも知っていました…… その力を誰に向けたかも理解しています」

「みなまで言うな」

「でも、僕たちのせいで村が……」

「心配するでない。確かに森から戻ってきた大司祭は村人達の前で、全員に神の裁定が下るだのなんだの言っておった。だが現実的に教会に村を一つ消し去るような力など無い」

「でも……」

「テル君、よく考えてみるんだ。人々の信仰を集めてこそ成り立っている教会が、非人道的な行いをしたとして、それが世間に露見したらどうなる?」

「批判が殺到する?」

「その通りだ。科学の台頭により人々の信仰心も薄くなりつつある。ルビー君、君は教会の教えを信仰しているかい?」


 村長が珍しくルビーに問いかける。ルビーは慌てた表情をしながらも、首を横に振る。


「そう、特に若者の信仰心は非常に薄い。そんな状況で教会はこれ以上信仰を失うような野蛮な行動はとれない。わかったかい?村が危険な目に遭うことは無い」


 相手に考えさせ、答えを相手に引き出させようとする村長のやり口。相変わらず上手い。

 村長の表情が険しくなり話しを続ける。


「だが村長の私は最優先に村人が平穏に暮らせるように尽くさなければならない。昨日の一件で村人たちは酷く恐怖している。 ……君たちを村に置いておくことはできない」

「はい……」


 自分達の意志で村から出て行くことを決めたものの、村長から半ば”追放宣言”を言い渡されるのは辛いものがあった。まだ表向きだけでも『いつでも村に戻ってきていいぞ』とでも言って貰えればどれだけ精神的に救われただろうか。

 テルとルビーは自分達が慣れ親しんだ村から厄介者として完全に捨てられたのだと自覚した。


「ルビー君、父親の事は私に任せなさい」

「テル君、その娘を護ってあげなさい」


 村長は二人にそう言い渡すと、村へと引き返していった。


 ――村を飛び出してきたが、明確な目的地など考えてもいなかった。

 もっともこの近辺の地域は大司祭の教区である為、速やかにこの地域から離れるのが得策だ。村長の言っていたように村に危害は加えなくても、昨晩の一件の当人達に対して接触してくる可能性は高い。


 さて、長距離の移動ともなると馬が必要になる。馬を調達する為に二人はシトラスの街を目指した。


 早朝の街は驚くほど静かであった。普段こんな早朝に街に訪れることはおろか、まだ家で寝ている時間だ。ふとテルが思い出す、街の武具屋は朝が早いということを。


「ルビー、少し寄って行っていいか?」

「うん。どこに行くの?」

「武具屋だ」


 テルの予想通り、武具屋は早朝にもかかわらず営業中の札を表に掲げていた。

 もちろん客は誰一人いない、早朝だからではなくいつ来てもこの調子である。

 この明らかに繁盛していない店の店主は午前中は武具屋、夜は酒場を切り盛りしている。武具屋が繁盛していなくても、廃業していないのは酒場の繁盛あっての事らしい。


「おっさん起きてるか」

「ん…… こんな早朝からお客さんかい?」


 髭を生やした店主は店の奥から眠そうな顔をしながら姿を現した。


「なんだ冒険者テルか…… 昨日に続いてどうしたんだ? それもこんな早朝に」

「弓の調整を頼もうと思って」

 テルは店主に弓を手渡す。昨晩の交戦中、魔獣に踏みつけられた影響で歪みが生じていた。今後弓を使うような場面には極力遭遇したくは無いが、場合によっては再び人間相手に放つような事態になるかもしれない。兎にも角にも装備は常に万全な状態にしておく、これは冒険者の基本である。


「直ぐに出来そうか?」

「あぁ、任せときな。 にしても、こんな早朝から急ぎの用でもあるのか?」

「まぁな…… 旅に出ることにした」

「武器を持って旅するんかい? 観光じゃなさそうだな。 嬢ちゃんも一緒にいることを考えると、駆け落ちか?」


(ブフッゥゥゥ…… どこからそんな発想が出てくる)

 店主の質問に一瞬吹き出しそうになったテル。ルビーもテルの背の後ろで気まずそうな表情をしている。


「駆け落ちではないが、あまり良い理由ではないな。 追われる身になるかもしれない」

「そっか……詳しい事情は聞かないでおこう」

「助かる」

「行先は決まってるのか?」

「とりあえずこの近辺からできる限り離れようと思う。 北の方角かな……」

「北の方か…… ある街で宿屋を営んでる知り合いがいてだな」

 店主はそう言うと紙とペンを取り出し何やら書きなぐりながら、続ける。

「そこの宿屋はまぁ、訳ありの客を受け入れているそうな。ほれ、宿の名前はあやふやにしか覚えてないが、この街に宿がある筈だ。潰れていなければだけどな」


 店主は紙に汚い字で紹介状のようなものを書き渡した。いや、汚すぎてほとんど読めない……

 店主曰く、紹介状があれば宿代を安くしてくれるのだとか。


 それからしばらくして調整を頼んだ弓がテルの元に戻る。


「よし、調整終わったぞ。歪みは解消されたから元の精度に戻っている筈だ」

「すまないな店主、助かった」

「おっと、お代はいらねえぜ」

 テルがお代を払おうとすると、お代は不要と突き返す店主。

「またこの街に戻ってきた時に払ってくれ。いつかな」

「もう戻ってこないかもしれないぞ?」

「なぁに、ヨボヨボの爺さんになるまで気長に待ってるから、必ず顔出しに戻って来いよ」

「爺さんになる頃にはこの店潰れてるんじゃねえか?」

「うるせぇ」

「すまない。今まで世話になったな」

「おうよ。お嬢ちゃんも達者でな」


 普段は内気なルビーに一切絡まない店主の言葉に、ルビーも小さく頷く。


 店を後にした二人は馬を調達するため、街の外れにある馬小屋へと向かった。

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