62.追手
貴重な恐怖体験を満喫し、小休止した後テル、ルビー、セナ、アリスの4人は再び山間の道を行く。
気付いてみれば、陽も暮れ始め薄暗さが増していく。山の中腹より上空は雲に覆われ、天気が悪くなる前に寝床を探したいところであった。
いよいよ暗さが本格的になり、手元の灯りを灯さなければ、ならなくなった頃合い。雨風を凌げそうな建物がいくつか建て並んでいるのを発見する。
「セナ、ここは?」
「うーん、セナが見た地形図にはこんな場所に、施設があるなんて書いてなかったけど。でも寧ろ好都合かな。資料として載っていない場所であれば、追っ手の軍に目星を付けられる事も無いかな」
全員既に疲労困憊。他に選択の余地など無かった。建物の中へと入る4人。建物は廃墟とは言え、夜の寒さと、雨風を凌ぐには十分なコンディションを維持していた。
建物の中を歩き回り、小綺麗な部屋を探していると、テルが何かの気配を感じた。同時にルビーとアリスも常人には感じ取れない何かを感じた。
テル、ルビー、アリスの緊張が高まる中、自分だけは何も感じないセナは唖然。
「ちょっと皆、急に殺気立ってどうしたのかな?」
通路の脇から剣を持った男が、テルの目の前に飛び出してきた。テルも透かさず剣を抜き、相見える。
後方ではセナとルビー以外の何者かによる魔力が高まる。
テルと一回二回剣をぶつけた男が、テルの容姿を見るなり声を張り上げる。
「全員そこまでだ!どうやらこいつらは敵じゃなさそうだ」
声を張り上げた男は、直ぐに剣を引き、腰に収める。
テルが灯りで、男の顔をよく照らす。男はガタイの良い奴でおまけに獣耳と尻尾が生えていた。獣人だ。
後方では、魔力を高めていた者たちが、姿を現す。
テルが代表して、獣人の男と話を続ける。
建物に居た先客は獣人1人と魔法使い2人。テル達を追っ手の軍か教会かと思い、先手を打ってきたという。
「あんたたちも軍と教会に追われてるって事は?」
「そう、俺たちも隣の国へと亡命しようとしている。獣人と魔法使いで仲良くな」
先客の獣人達も、テル達と同じく亡命を企てここまで来たのだという。
――山は夜に包まれ、厚い雲は微かな月明りさえも遮る。
テルは先客の獣人、魔法使いの3人と床を共にすることになった。というのも、先客の3人は全員男、女子達と同じ部屋で寝てもらうわけにもいかない。
テルと先客3人の会話は必然的に、亡命に関する情報交換となる。
「今回の魔女狩り復活で魔法使いが亡命するのは分かるんだが、なんで獣人まで亡命するんだい?」
「そりゃ決まってるだろ。向こうの国では獣人にも市民権がある。一般の人間、魔法使い、そして獣人も等しく扱われるからな」
隣国では獣人に対する扱いもこの国とは違う、テルにとっては初耳だった。この国で忌み嫌われる存在にとって、隣国はまさに安息の地。このグハンドゥーンという国に居ても、生きる事すら保証されないような昨今。危険を冒してでも隣国ライツベルトへ亡命する動機付けには十分すぎる。
「あんたらは亡命することが出来たら、何をしたい?」
テルが唐突な質問を先客に投げかける。
獣人は冒険者になりたいという。隣国ではまだ冒険者業が盛んで、体格の良い獣人は歓迎されるのだとか。
魔法使いの一人は働かずに食っちゃ寝三昧な生活を、もう一人は学校に通いたいという。
テルも亡命に成功したら、ルビー、セナ、アリスそして自分含め4人で学生を楽しむのも悪くないと思いを馳せる。
この出会いも何かの縁だと思い、明日は自分達と行動を共にしないかと提案する。
「遠慮しておく。一緒に行動して、運悪く軍に見つかれば7人まとめて殺される。俺は君達含め、一人でも多く生き延びて欲しいと思う。そうする為には分かれて行動した方が、危険の分散にもなる」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ」
テルの提案は蹴られ、つかの間の出会いも明日には別れを迎えることになりそうだ。
月明りを覆う、分厚い雲はやがて冷たい雨を落とし始める。明日の移動に支障が出ないか心配事が増す。雲は夜が明けるまで中腹にも、山頂付近にも雨を齎し続けた。
――翌朝、目が覚めるとテルと床を共にした3人は姿を消していた。どうやら先に出発したようだ。
準備が整うとテル、ルビー、セナ、アリスの4人は歩み出す。昨日とはうって変わって、この季節にしては暖かな陽気であった。
暫く山を登っていくと、足元が水はけの悪い湿地へと変化する。コンディションの悪い足場は無駄に体力を消費させ、軽く汗ばませる。
湿地に入って暫く、突然銃声が響き渡った。一同は驚くと同時に気が引き締まる。銃声からしてそう遠く無い場所での発砲である。間違いない、軍が近くにいる。
周囲を警戒しながら道なりに進んでいくと、テルの眼に残虐な光景が目に入る。頭に銃口を突き付けられた者、そして横には頭部を吹き飛ばされた人間の亡骸。それは紛れもなく、昨晩床を共にした亡命を試みる3人であった。
軍人と銃口を突き付けられた一人の生き残りが、何を話しているかは分からない。
テルがその様子を伺ていると、間もなく銃口が火を噴き3人目の頭が吹き飛ばされた。肉片が飛び散り、頭部の一部が消失する光景が目に入った後、銃声が耳に届く。幸いにもセナとアリスはその光景を目の当たりにしていなかった。が、ルビーの眼にはその光景が焼き付いていた。
そしてあまりに残虐な光景に、ルビーの口から思わず悲鳴が漏れる。
「おい、向こうだ!誰かいるぞ、残党かもしれない」
ルビーの悲鳴を合図に、4人の存在に気付いた軍人が動き出す。
自分達は軍人達の位置を掴んでいるが、向こうはまだこちらの位置を把握できていない。見つかれば銃弾を浴びせられ、成す術が無くなる。
先手、先手を打たなければ。
弓で狙っても、樹木で遮られたこの場では分が悪い。剣で交戦する距離まで詰められたら遅い。
ルビーは目に焼き付いた残虐な光景のせいで、その場にしゃがみ込み動けない。
切り札は一つしかない。
「アリス、いけるか?」
「任せて。いくよー」
アリスが魔力を高め始めると同時に、軍人達がようやくテル達に気付く。軍人達が一気に距離を詰める中、アリスの魔法が放たれる。湿地を踏みしめていた軍人達の足元は、見る見る凍り付き、足が凍ったぬかるみから抜けなくなる。
「おい、どうなってやがる!」
「足の自由が利かない!おい、逃げられるぞ逃がすな!」
「そんなこと言ったって、体が動かねぇ!無理だ!」
下半身の自由が利かなくなった軍人達はパニックに陥り、遠退いて行く4人の背を眺め悔しがる。
身動きの取れなくなった、軍人達を置き去りにして、4人は先を急ぐ。
「アリス、助かった」
「お兄さんのお願いとあらば、アリス頑張るよ」
「向こうの国に着いたら、上手い物好きなだけ奢ってやる」
「ほんとぅ?」
またしてもアリスの能力で窮地を脱した4人。
しかし浮かれてもいられない。軍が既に、山脈に潜入している事がこれで明らかになった。この後、応援を引き連れて4人を追ってくるのは間違いない。
4人は湿地を抜け、国境へ向け標高を稼ぐと、やがて足元が雪へと変化していった。
いよいよ亡命への道程も佳境へと差し掛かる。




