60.坑道
不意を突かれた教会の襲来により、街を飛び出してきたテル、ルビー、セナ、アリスの4人。セナが導き出したルートに従い、山の麓へとやってきた4人。麓は深い森になっており、寒空から注がれる明かりの多くを遮ってしまう。
うっすらと霧も出ており、湿気を伴った寒さが身に染みる。
足場は悪くないが、4人ともそれなりの大荷物を抱えているので、歩速はそれほど速く無い。特にルビーの足取りが重い。
「ルビー大丈夫? 私が半分運ぼうか?」
「ありがとうアリス。でも大した量じゃないから大丈夫……」
「そんなに急がなくてもいいかな、ルビさん」
「ごめんねセナちゃん。でも、森を抜けたら少し休みたいな……」
ルビーが背負っている荷物は4人の中で最も小振りである。ただし、中身が重い。容積あたりの重さだけを追求したような、金塊が入っており、極めて大切な荷物である。父親が残してくれた遺産。最後まで、運びきると責任感にかられる、ルビー。
そんなルビーの事情を知ってか、テルはルビーの後ろに付き、時より言葉を掛けながらルビーを後押しした。
薄暗さと薄い霧が不気味さを増している森を進んで暫く。テルが突然ルビーの肩を叩く。
「どうしたのテル?」
「準備してくれルビー。近づいてきてる……」
「近づいてきてるって? もしかして……」
「セナ、アリス、俺たちから離れないように。魔獣が接近してきてる」
魔獣の気配を感じたテルは、いざとなったら力を使うようにルビーを促す。それと同時に、戦闘経験の無いセナとアリスは単独行動しないように指示を出す。
テルの言葉から暫くして、木々の影から魔獣が姿を見せる。テルは先手必勝とばかりに弓を構え、矢を放つ。対魔獣用の矢は魔獣の頭部を捕え、直ぐに絶命へと至らしめる。
一体が仕留められた所で、他の魔獣達が一気に飛び出してきた。生まれて始めて出くわす魔獣に、足がすくみしゃがみ込むセナとアリス。その禍々しい姿に言葉すら出てこないほどに臆する。
テルは前方から迫って来る魔獣を仕留めるが、背後から迫り来る魔獣には対応しきれない。背を預けたルビーに託す。
「ルビー頼む」
「うん!いくよ」
既に魔力を高め、いつでも放てる状態を作り出していたルビー。テルの合図を受け、一気に雷を落とす。
ルビーによって落とされた雷は3体の魔獣を仕留めた。ルビーの雷は以前よりも、高い精度で、尚且つ僅かな魔力で、必要最小限の強度で放たれていた。
ルビーの力を初めて体感したセナとアリスは当然、その光景に舌を巻く。
「ルビさん……あなたこんな凄い力を持っていたのね」
「凄いよ!凄い!」
「助かったルビー。前よりも格段に上手くなったな。力を使うのは久しぶりだったから心配したけど、安心して背を託せそうだ」
セナ、アリス、テル、立て続けに褒め称えられ、ルビーは少し誇らしげな気持ちになる。魔獣を跳ね返した事に浮かれていると、アリスの目に潜んでいた残り一体の魔獣が映る。
「お兄さん、もう一体魔獣が」
「なにっ」
「任せて、今度はアリスが……」
テルは検を抜くと同時に、突進してきた魔獣の首元を切り裂く。魔獣から一瞬の断末魔が発せられると、地面に倒れ伏せた。
アリスも助太刀しようと何らかの力を使おうとしたようだったが、それよりも先にテルが反応していた。安心すると同時に、テルに良い所を見せられずに少し残念な感情を抱く。
襲われていた時こそ、臆していたセナだったが今となっては興奮気味の様子であった。文献上でしか見たことのない魔獣を、自らの目で目撃することができた。学生を辞めても、好奇心の旺盛さは変わらないようだ。
おまけ極めて危険な存在とされる魔獣。それを自分の兄が危なげなく切り伏せたとあらば、興奮するのも無理は無い。
――暫く薄暗い森を往くと、霧が晴れ開けた場所へとやってきた。その場所には人間が人為的に手を施したであろう痕跡が数多く見られた。徐々に自然に還りつつある人工物を見る限り、既に人が近づかなくなって久しいようである。
ここには嘗て村でもあったのであろうか。こういう時こそセナ先生に聞いてみよう。
「居住地では無いかな」
「だとすると、この整備された一帯は?」
「鉱山関連の施設跡地かな。ほら、足元のコレ、山奥まで続いているでしょ」
セナとテルの足元には、埋没しかけた軌道が敷かれていた。言われた通り、軌道痕は山の奥まで伸びている。鉱山が現役だった頃はトロッコが行き来していたのでは無いかと、セナは言う。
少し足を休めた後、軌道痕をなぞって4人は進んでいく。セナ曰く、この軌道痕を辿って、山を登るのが一番緩やかな道のりだという。足取りの重いルビーの事を考慮してのルート選びなのだろうか。普段は周りにキツイ事を言っているようで、セナの内面は意外と優しい。
陽が最も高い位置に昇る頃合い。軌道痕を辿って来た4人は、軌道の終着地点へと到着した。終着地点となる開けた岩場には、トロッコが無数に放置されている。鉱山と共に役目を終え、雨風に晒され朽ち果てるのを待つだけのトロッコからは寂寥感が漂う。
「みんな、お疲れかな。ルビさんも大丈夫?」
「うん、ありがとうセナちゃん。緩やかだったから少しは楽だったよ」
「そう、良かったかな。ここから先はショートカットしたいと思うんだけど。どうかなお兄ぃ?」
「良いと思うぞ。どれくらいの短縮になる?」
「山一つ分、超える必要が無くなるかな」
セナの発見した近道ルートに感謝しつつ、4人は山を貫く坑道へと入っていく。
人々から見放された坑道は何にも照らされること無く、文字通りの暗闇であった。4人とも灯りを手に先へと進む。
漏水により時々ぬかるんでいる箇所があるものの、坑道内はアップダウンも小さく、十分な広さもあり難なく進める。なにより外と違い寒さが和らいでいるのが助かる。
「なぁセナ? 坑道は一本道なのか?」
「全然違うかな。複雑に枝分かれしていて、袋小路になっている箇所も無数にあるかな」
「半ば迷宮じゃないかそれ。地図も無しに大丈夫なのか?」
「お兄ぃセナの事、もう少し信用して欲しいな。この坑道の構造は全て覚えてきたから大丈夫。セナと逸れなければね」
「さすがの記憶力だなセナは。お願いします隊長」
坑道に入って暫く経つと、4人は広い空間へと出てきた。灯りが届き切らない程天井は高く、声が木霊する程広い空間だ。この空間には、何本もの坑道が集結しており、現役時代は作業者たちで賑わっていたのだろう。
漏水が激しく、足元の水面に灯りが反射している。
セナが言うに、坑道の道のりも半分まで達しているという。
それを聞いたアリスが懐中時計を取り出し時刻を確認する。
「この分なら明るいうちに、外に出られそうだね」
「よかった、思ったより早く出れそうで。私はできるだけ早くここから出たいから……」
「どうして? もしかしてルビー怖いの?」
「うん、怖いよ。アリスは怖くないの?」
「出口も分からずに迷ったら怖いけど、セナが居るから大丈夫」
「私もセナちゃんが居れば大丈夫だと思うよ。でもさっきから変な音、聞こえない?」
ルビーの言葉に、一同耳を澄ます。
確かに、ルビーの言った通り妙な音が響いている。不気味なほどに低い音が、あちらこちらの方向から聞こえてくる。
「風が通り抜ける音か? でも風なんか吹いてないよな…… セナ、心当たりはあるか?」
「ごめん、ちょっと分からないかな、お兄ぃ……」
引き続き4人が耳を澄ませていると、アリスが目を窄め何かを発見する。
「お兄さん、あれなんだろ……」
アリスの見つめる先に、テルが視線を移すと、トカゲのような生き物がこちらを睨みつけていた。いや、見た目はトカゲに近いが、大きさがおかしい。遠目に見ても全長2メートルはあろうかという個体である。
「なぁ、セナ、あの生き物」
「お兄ぃ、マズイよ!あれ魔獣だよ!」
テルの言葉を遮り、すぐさまセナが正体を明かした。
「いや、魔獣っていうのは狼みたいな奴で」
「お兄ぃは知らないかもしれないけど、魔獣にもいろいろな種類がいるの」
「おいおい、嘘だろ。で、魔獣って事は人間を襲うんだよな……?」
「当然かな」
セナが告げた直後、トカゲのような魔獣が四方八方から這い出してきた。見かけに反して、足が早い魔獣は見る見る4人へと近づいて来る。
「テル任せて!」
ルビーが雷を打とうとするが、直ぐにテルが止めに入る。
「ルビー無理だ!足元が水没してる!」
足元に水たまりが張られた状態で、ルビーの雷魔法は危険すぎる。
でもどうする?これだけの数の魔獣、テルの弓では捌ききれない。その時アリスが声をあげた。
「みんな下がって!」
「「アリス?」」
「いくよー!」
アリスは一瞬で魔力を高めると、一気に放出した。アリスの魔法が炸裂、光も無ければ音も無く、衝撃も感じられない。しかし、魔獣の動きが止まった。
「「これって……」」
魔獣達の足場が一瞬で凍てつき、その後魔獣の胴体自体も凍結状態となってしまった。魔獣たちは4人を取り囲むような状態で、冷凍され完全に動かぬ物へと姿を変えた。
一同はアリスの力に圧巻させられる。目の前で起きた事象に暫く、掛ける言葉が思い浮かばなかった。
アリスは早く褒めてと言わんばかりに、威風堂々のドヤ顔で3人に視線を飛ばす。その様子を察したセナがようやく口を開く。
「アリス、あなた凄かったのね……かな」
「見直した?」
「ライツベルトに行ったら、学校行かずにそういう職に就けば? 頭使わなくても食べていけるかな」
「まるで私が頭悪いみたいな言い方しないでセナ!」
褒めつつも、アリスを虚仮にする何時ものセナ。今度はあなたが褒めてと言わんばかりに、アリスはテルに視線を送る。
「驚いたよアリス。まさかこんな攻撃魔法を持っていたなんて」
「子供の頃から使えたの。お父さんは極冷魔法って呼んでた」
その後、坑道を進みながら、アリスは自分の力について打ち明け始めた。
子供の頃、何かの拍子で力を発動させ、親に見られたこと。父親はアリスの事を褒めてくれたが、人前では力の事を口にしてはいけない、と約束した事。でも、父親に内緒で力を使う練習をした事……次から次へと思い出が紡がれる。
「正直、力を使うのは久しぶりだったから、上手くいくか分からなかったけど。皆を護れて、私も嬉しいよ」
「ありがとうアリス。上手くできてたぞ。これからもよろしく頼むな」
「任せてお兄さん!」




