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幼馴染のソーサラーと盟約の冒険者  作者: 猫街道
I.平和な日々の終末
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5.賽は投げられた

「おいおい…… もう魔獣用の矢は残って無いんだぜ…… クソが……」


 一掃したと思っていた魔獣はまだ1体潜んでいたようで、こちらに眼光を放ち近づいてくる。先ほどの魔獣達とは体のサイズが二回り程上回っている。体高は180センチに達しているであろう。


「間違いない、あんたが群のボスだな…… 結局全滅かよ……」


 剣を抜き構える。運よく眼を潰せればその隙に矢を回収してあるいは……


 ボス魔獣が地面を蹴り出し飛び掛かってくる。早い、反撃などする隙も無く交わすだけでいっぱいいっぱい、先程までの奴らとは動きの早さがまるで違う。


「しまった、弓が!」


 交わすのに集中するあまり弓を落としてしまった。

 ボス魔獣は自らの足元に落とされた弓を凝視すると、前足を踏み下ろし弓を踏み付けた。そして改めてテルに眼光を向ける。


「これはやばいな……」


 自分の命が数秒後には尽きているかもしれないというのに、あまりの絶望的状況に勝手に顔が笑ってしまった。

 剣先を真正面へ向け、(かすみ)の構えをとる。

 ボス魔獣がテルを目掛け加速し始めた。

 ……が直ぐに何かの気配を感じ取ったかのように、テルへ襲い掛かる前に脚を止めた。ボス魔獣は獲物に対して興味を失ったかのように向きを変え、テルに背を向けた。

 テルが目を窄めると、ボス魔獣が向いている先には人影があった。その人影が誰なのかを認識するのにそう時間は掛からなかった。


「ルビー! なんでこんな所に来てるんだ!」


 逃げろと大声を発する前にはボス魔獣はルビー目掛け駆け出していた。同時にルビーが右手を高らかに上げる……


 テルは直ぐさにその意味を理解した。


(まさか……あれを打つのか?)


 テルは咄嗟(とっさ)に目を閉じた。


 強烈な閃光と凄まじい空気の振動と共に(いかづち)が落ちる。


 森に木霊する雷鳴が収まり、咄嗟に閉じた(まぶた)を開けるとボス魔獣は倒れ、毛が焦げる匂いと共に煙を上げていた。


「ルビー!」


 直ぐさにルビーの元へと駆ける寄る。


「ルビー! どうしてこんな危ない真似を!」

「危ない事してるのはテルでしょ! どうしてこんな無茶してるの」


 普段の内気な少女からは想像もつかない気迫で怒るルビーに、圧倒され言葉も出ないテル。


「いくら冒険者だからといって、あんな数の魔獣…… 子供の頃だって、今だってテル、もう少しで死んじゃうところだったんだよ!」


 なぜ一人で森に入って来たか問い(ただ)そうとしていたが、気迫の勢いに流された。遥か下流に流されていってしまった気分で立ち尽くす。


「私、テルがいなくなったら……」


 動きっぱなしだったルビーの口が少し休まったところで、テルが口を開く。


「あ、あのルビーさん?」

「何?」


 ルビー強い口調で言い返す。


「髪…… 乱れてますよ……」

「……あっ」


 雷を打った後はいつもこうなるが、ようやく我に返り自分の髪が乱れていることに気付くルビー。

 余程乱れた髪を見られるのが恥ずかしいのだろうか、急にだんまりを決め込み顔を反らした。


「正直、助かった」


 テルはそう言うと、若草色のリボンでルビーの後ろ髪を結び始める。


「本来なら俺が守ってやらなきゃいけないのにな……」


 助けに入ってくれたルビーに対しては率直に感謝していたが、自分の限界には悔しさを感じた。

(ルビーの親父さんに、俺が守るなんて言ったばっかりなのに……)


 しかし今は二人とも無事であったことが重要であり、幸運であった。


「よし、結べたぞ」

「ありがとう……」


 後ろ髪を結び終えると、ルビーはいつもの内気な様相の少女へと戻っていた。


「戻るか村に……」

「うん……」


 森で起きた惨状を直ぐにでも報告しなければならないし、それ以上に女の子をこんな現場に長居させるわけにはいかなかった。人の屍が転がり、血の匂いが漂っているような惨状である。


 来た道を戻ろうとした時だった、村の方から明かりを持った集団がこっちにやって来た。


「貴方達、大丈夫なのですか? あぁぁ…… なんと痛々しい……」


 明かりを持った集団は大司祭と義勇兵だった。大司祭は屍の散らかった惨状に手を合わせ深く祈りをささげる。

 気付くとルビーはテルの背に隠れていた。大司祭が祈りを捧げ終わったところでテルが問う。


「大司祭様がなぜここまで?」

「森で魔獣の群れが出たと村の者から聞き駆けつけました。武装した義勇兵もいますし、少しでも加勢できたらと思いましたが、もう収まったようですね」

「ご覧の通り、大きな犠牲が……」

「村を思い、自らの身を挺して立ち向かった彼らの事を神は決して忘れないでしょう」


 風が止み、森が静寂に包まれる。

 大司祭が唐突に切り出した


「ところで貴方の後ろに隠れている子、顔を見せては頂けないでしょうか?」


(教会の人間には気をつけろ)

 ふとテルの頭に別れ際にルビーの父親が言っていた言葉が過る。

 大司祭の問いかけに対し、ルビーはゆっくりとテルの背から姿を現し顔を上げ、そして赤く情熱を宿した眼を見開く。

 そして大司祭が口を開く。


「あぁぁぁぁぁぁぁ…… その赤い眼は…… なんと忌々しい。なんと穢れているのでしょう。先程の雷を見てまさかとは思いましたが。そのまさかです。魔女の生き残りがいたとは」


 大司祭は目を見開き、ルビーを蔑むような目で凝視した。

 その姿は、もはや先ほどまで死者に祈りを捧げ、神を語っていた者とは別人と化していた。


 ルビーに対し”穢れている”だの”忌々しい”だのという言葉を浴びせた事に対する怒りと同時に、”しまった”という危機感が全身を駆け巡った。

 今までルビーの能力の事は自分以外の誰にも知られてこなかった。バレないものだと思い込んでいた。しかし相手は嘗て魔法使いを非人道的に扱ってきた、教会である。魔法使いを見抜くことには長けている。


「魔法を使った魔法使いの眼は赤く染まると言われています。疑う余地はありません。そこの少女よ、あなたは魔法使い、魔女なのです。」


 大司祭はルビーのことを魔女だと言い放ち、さらにこちらを蔑む目で凝視する。


「魔女だとして、何か問題が?」

「はぁ? 何を言ってるのですか貴方は。魔法使いはこの世に存在してはいけないのです」


 テルの問いかけに対し、大司祭の答えは単純であった。ただ”存在してはいけない”と。

 目の前でルビーを凝視してくる相手は魔法使いの処刑に加担し弾圧を行っていた教会の張本人だ。何をしてくるのかわかったもんではない。いや正確に言えばある程度予測はつくが……


「魔女を教会に引き渡しなさい。いいえ、あなたの意思など関係ありません! 直ぐに確保しなさい!」


 大司祭は興奮した面持ちで義勇兵達に命じた。望んではいなかったが予測通りの展開だ。

 義勇兵達はお互いの顔色を確認して戸惑いながらも、動き出そうとする。


(こうなったら、できることは……)

 テルは一瞬で弓を構え矢を放った。放たれた矢は義勇兵一人の脛に刺さり骨にまで到達した。矢は魔獣用で無いものの、人間相手であれば十分な殺傷能力がある。脚に矢が刺さった義勇兵の悲鳴が静かな森に木霊した。


「次はあんたを狙う。この件からは引いてくれ……」

「そうですか…… あなたは教会に盾突き、再び魔法使いの災厄を(もたら)そうというのですね」

「教会? 災厄? そんなもんに興味は無いがただ一つ言えるのは、人見知りで内気なこいつは俺が命を懸けて守るべき存在だ。 穢れている? 忌々しい? 言わせておけばそんな言葉を女の子に投げ捨てるようなクソ共には指一本触れさせない」

「はははははははは…… 殺せ!この場で殺せ!その冒険者も魔女もこの場で処刑です!」


 生身の感情がむき出しになり、もはや神に仕える者の面影すら無い大司祭。狂気じみた表情でさらに付け加える。


「村人も全員処刑です! 長年魔女を(かくま)ってきた事の罪、もはや酌量の余地などありません! 魔女も冒険者も村人も殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 義勇兵が一斉に動き出す。剣を構えた義勇兵達が一同にテルとルビー目掛け駆ける。尚も理性などとっくに消え去った大司祭が怒鳴り散らす。


「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 ――雷が落ちた

 残像が収まり、周りの様子が目視できるようになった頃には義勇兵達は全員倒れていた。


「……ルビー!」

「テル、わたし……」

「あぁ何も言うな。これでいい。こうするしかなかったんだ。そうだろ?」


 ルビーは咄嗟に自分が起こした行動によりどれ程重い物を背負ったかに気付いた。テルは弁解した、こうするしかなかったと。


 しばらくした後、雷による閃光と轟音の衝撃にしゃがみこんでいた大司祭がようやく、立ち上がり周りを見回す。ルビーが意図的にコントロールしたのか、大司祭にだけは雷は当たっていなかったようだ。


 震える足で立ち上がった大司祭は両手を蟀谷(こめかみ)にあて言い放つ。

「貴様ら! 自分たちが何をしたか分かっているのですか? 神は与えるべき罰を与えるでしょう」


 何も言わずに、テルが弓を大司祭目掛け構える。殺意を込めた視線と共に矢を向ける。


「ひいぃ……」


 護衛を失い、丸裸も同然となった大司祭は思わず間抜けな声をあげ、尻尾を巻くように逃げていった。


 大司祭の影が消え、森に取り残されたのは二人だけになった。


「ごめんなさい……」


 ルビーは俯き加減で呟いた。


「謝る事なんて何も無い、ルビーの咄嗟の判断がなければ俺も殺されてただろうし、村も焼き払われていたかもしれない」

「私がテルと一緒にいるせいでこんな事に巻き込んだ…… 私……」


 今にも壊れてしまいそうな表情で自分を責めるルビー。テルは何も言わずにルビーの手を握り、優しく(さす)る。


「俺が一緒に居たいと思ってるから、一緒にいるんだ。そう、これは俺の意志だ」

「でも……」

「忘れたか? 冒険者ってのは危険を冒すものなんだぜ?」

「…………」

「これから一人でどうしようなんて考えるなルビー。 俺はこれからもルビーの味方だ。 教会だろうと国だろうと、全員が敵になっても俺だけはルビーの味方だ」

「テル……」


 ルビーは涙を浮かべる。

 月に厚い雲が掛かり、暗くなったせいかその顔は誰にも見られることは無かった。


 賽は投げられた……

 もう今までの生活に戻ることは二度とできないだろう。

 テルは心に決意を刻んだ。

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