表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/66

56.別れ

 4人全員が揃った。いよいよ都脱出への一歩を踏み出す。全員旅立つに相応しい、相応の荷物を背負う。冒険者としての武装も持ち歩くテルは中でも特に大荷物だ。


「よし、全員揃った事だ、出発しようと思う…… その、こんなタイミングで言うのもなんだが…… こんな事に巻き込んで悪かったなセナ」

「これはセナが自分で決めた事だから。お兄ぃは何の負い目を感じる必要は無いかな」


 出発前に改めてテルはセナに謝る。妹の約束された将来を潰してしまったと。

 しかしセナの兄へついて行こうという決意は固く、揺るぎない物であった。


「そんな事気にして沈んでる暇が有ったら、この先の動きを説明するかな……」


 セナが都を脱してこれから暫く、当面の構想を説明し始めた。秀才少女はいつの間に考えていたのだろうか。


 まずは都から北方にほど近い、小さな街へ向かうと。一旦、魔女狩りが激化している都から脱するのが最優先だという。その後は大きな街を避け、教会支部の無い小さな街を渡り歩くのだとか。

 ここで一つ問題が浮かび上がる。これから暫くは大荷物を抱えての都市間移動の道程だ。移動には馬小屋で馬を借りる事になる……


「セナ、アリス、二人は馬に乗ったことは?」

「久しく無いかな」

「私も無い」


 困ったことに、セナもアリスも馬に乗った事がないという。一人一頭での移動は難しそうである。そうなると当然二人一組のペアになるのだが……


「俺とルビーは馬の扱いは慣れている。セナもアリスも一人ずつ、どちらかに同乗してもらう」

「私はお兄さんと一緒がいい」

「ダメ!テルの後ろには私が乗るから……」


 アリスがテルとの同乗を希望すると、何故かルビーもテルとの同乗を望む。

 いや勘違いしてるぞルビー、お前が誰かを後ろに乗せるんだ……とテルは内心突っ込む。


「はい、もう俺が決めるからな。俺の後ろはセナ、ルビーの後ろはアリス。よし決定。じゃあ馬小屋に行くぞ」


 テルの後ろを巡って面倒な争奪戦が起きそうだったので、テルが勝手に同乗者を発表。ルビーとアリスは不満そうな顔をしていたが、セナは下らないといった表情を浮かべていた。


 4人は宿を後に、都郊外の馬小屋を目指し冷たい夜風に吹かれる街へと踏み出した。


 ――夜も遅く、店仕舞い寸前の馬小屋でなんとか二頭の馬を確保することができた。

 テル、セナのペア。それからルビー、アリスのペアに別れ、街道へと入る。


「ああああ、あの……これ結構揺れるね」

「アリス掴まって無いと危ないよ……」


 ルビーの後ろに乗っているアリスは、慣れない乗馬に脳と胸を揺らされている。忠告通り、ルビーの腹部にアリスは抱き着く。アリスのふくよかな胸部がルビーの背中に当たる。友人ながら内心軽く嫉妬するルビーの胸はどんな揺れにも動じない。


「ルビーは凄いよ。こんな巧みに馬を操って」

「ずっと旅をしてきたから慣れたかな。アリスは馬に乗らないでどうやって暮らしてきたの?」

「馬に乗れなくても暮らせるよ?馬車があるから」


 ルビーの故郷は馬に乗れなければ、生活が困難な土地柄であった。一方のアリスは四六時中乗合馬車が行き交うような土地で育ってきた。田舎と都会のギャップである。


 一方のテルとセナのペア。賢いセナは最初からテルに抱き着き安全第一の乗馬。


「セナ、馬に乗るのは久しぶりだろ?」

「そうね。村に居た頃以来かな。村にいる頃も一人では乗った事なかったし……」


 アリス程では無いにしろ、セナの胸部もテルの背中に当たっている。


「お兄ぃ、今アリスが後ろに居たらもっと感触が良かったとか思ってたでしょ?」

「思ってない思ってない。突然変な事言い出すなよ全く……」


 思っていない?いや、思っていた…… セナは透視能力すら身に着けてしまったのかと思えるほど、テルに芽生えた一瞬の下心を見抜いていた。


 ――都の郊外、街道を進み続け暫く。街道沿いの建物も疎らになり、街の終わりを感じさせる風景になってきた。この分なら、都近郊の小さな街まで然程時間もかからないだろう。そう思っていた矢先、街道が混みはじめきた。

 何が原因で道が混んでいるのか。テルが目視した頃には退路は既に断たれていた。


「おいおい、嘘だろ…… 都に来たときは何も無しに入れたじゃねえか……」

「どうしたのテル?」

「あれだルビー。関所で軍が検問を張っている……」


 都に通ずる街道各所に設置された関所で検問が行われていた。余程の事が無い限り解放されている関所だが、今回の魔女狩りはそれほどの大事ということなのだろう。


「お兄ぃ、どうするの?」

「順番が回ってきたら、強行突破」

「それは厳しいかな。関所に居る軍人は銃を持ってるから。後ろから吹き飛ばされる……」

「一掃ルビーの力で雷を」

「お兄ぃ、真面目に考えて」


 セナの口より名案が浮かび上がってこない事から察するに、検問から逃れる術はなさそうだ。

 あっという間に4人の検問順が目の前に迫る。万事休すか。


 ――そんな刹那、検問を担当していた兵の交代時間がやって来た。


「よし、交代だ。後は俺がやる」

「ですが、このような下っ端の役割、総司令官にやって頂くわけには」

「気にするな。今日は寒い中ご苦労だった。後は戻って休息を取れ、明日に備えるんだ」

「勿体なきお言葉。命の通り関所より離脱します」


 検問担当の兵が交代した所で、4人の順番が回ってくる。4人は停止位置まで来ると、検問を担当する軍人の顔に見覚えがあることに気付く。


「お父さん!」

「声が大きいぞアリス。他の奴に怪しまれる……」

「ごめんなさい……」


 関所で4人を検問しようとしていたのは、アリスの父グラドであった。

 検問は無事に通過できそうだが、テルは未だに心臓の鼓動が落ち着かない。窮地から脱したばかりの事なので仕方ないだろう。


「アリス、テル、ルビー……それから?」

「王都学院飛び級の天才少女、俺の妹セナです」

「そうか、君がアリスの友人か。よし、一先ずこの玉を全員握ってくれ」


 グラドは魔検石ではない、ダミーのガラス玉を全員に渡す。

 回りくどいやり方ではあるが、関所では他の兵も検問を行っている。素通りさせる様な事があれば直ぐに怪しまれる。形だけは魔法使いの検問をしているように振舞う。

 本来、魔検石が反応を示すまでには少し時間がかかるという。その為、暫くの間4人を引き留めていても怪しまれはしない。周りに怪しまれない小声で会話を続ける。


「それにしても、どうして此処を通るってわかったんですか?」

「最も賢い国境越えルートを選ぶのなら、この関所を通る筈……という掛けだ。掛けだったとはいえ、君の妹の頭脳なら間違いなく、このルートを選ぶと確信はしていたが」

「そうか。偉いぞセナ」


 セナを背に、褒めたたえるテル。テルからはセナの姿を伺い知ることは無かったが、セナは当然といった満更でもなさそうな表情を浮かべていた。


「今後、魔女狩りに乗じて国境付近は厳戒態勢になるだろう。場合によっては軍との交戦になるかもしれない」

「一筋縄には行かないってことか……」

「そうだ、極めて際どい綱渡りだという事を忘れるな。だが私から、君へ達力を貸して欲しいとある筋にコンタクトを取っている。もし君達が窮地に陥ったらその筋、いやその人が……」


 テル達に力を貸してくれるやもしれないという”筋”が誰なのか。グラドからそれを聞き出す前に、後方の検問待機列から野次が入る。早く列を進めろと……


 これ以上言葉を交わす余地はなさそうだ。いよいよアリスとグラド、娘と父の永別の時が迫ってくる。

 グラドは普段の威厳のある軍人とは別の顔で、各自に別れの言葉を言い渡す。最後は笑顔で娘を送り出そうと、グラドなりに歪ませて作り笑いをする。


「アリス元気でな。あんまりワガママ言って迷惑掛けるんじゃないぞ」

「大丈夫、心配いらないよ」


「テル。君には散々な目に遭わせた挙句、図々しいお願いまでして悪く思っている。それでも、どうか娘を頼む」

「あんたの事は今でも気に入らない。だけど、あんたの娘は大切な知人だ。言われなくても最後まで護り抜くさ」


「ルビー、君は…… 君は魔法使いである以上に、特別な存在と聞く。亡命先でも辛い思いを沢山経験するだろう。テル君に護って貰うんだぞ……」

「うん……」


 テルとルビーが馬を出す。関所の検問を抜け、あとは突き進むのみである。


 アリスは父の姿が確認できなくなるまで、後ろを振り向いていた。アリスは泣くまいと鼻を啜って堪えていた。夜道の街道、暗さでこの時アリスの表情を目にしたものは居なかった。おそらく他人に見せられるような顔では無かっただろう。


 テルは気を引き締める。今までルビーの事を護り、護られてきたが、そこにアリスとセナが加わる。国境付近で容赦なく迫ってくるであろう軍人相手に、3人を護り切らなければならない。自分の身が滅びようと、女の子3人には傷一つ付けさせないと内心誓いを立てる。


 ルビーは願う、自分もテルの力になりたいと。都に来る前、貴族屋敷で力の使い方も散々訓練してきた。テルとの合わせ技も習得した。

 軍や魔獣と交戦する場面に直面したのならば、テルを全力でサポートする。テルの頼れるパートナーでありたい……


 セナは……グラドと面識が無かったので、特別な情は湧かず。検問を無事抜けられて胸を撫でおろすだけであった。

 とは言えグラドが口にしていたルビーが”特別な存在”という言葉をセナは聞き逃していなかった。魔法の能力を持っているという点ではアリスと変わらない。だとすると何が特別であるのか。そもそも、なぜ軍はたかが魔法使いの一人であるルビーを、必死になって追い回していたのか。腑に落ちないでいた。


 4人は陽が昇る前には、都近郊の小さな街へと着き、一旦休息へと入る。


 ――軍が追っていたテルとルビーが都に滞在していて、且つ都から逃げ出した事実が判明したのは後日の事であった。軍は都から北方地域の警戒態勢強化を通達。

 テルとルビー追跡の専任的立場にあるグラドは、国境付近へ展開するように通達された。


 教会も北方地域でより重点的に魔女狩りを行うよう、司祭を通じて通告が成された。


 魔女狩りを担う勢力が国境付近の北方地域に集まろうとしている。そんな事とは知らずテル、ルビー、セナ、アリスは街を転々とし国境に最も近い街を目指すのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ