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53.接触

 国王の宣言から一夜明けた朝。テルとルビーは部屋に集まっていた。二人の表情は暗い。言うまでもなく、昨日の”魔女狩り再開”の宣言は二人に衝撃を与えていた。

 今までは軍の一部隊が秘密裏にテルとルビーを捕えようとしていた。しかし今となっては、もはや国レベルで魔法使い排除の方向へ向かおうとしている。近いうちにルビーの身に危険が及ぶのは目に見えていた。もはや別の地域に逃れるとか、そういうレベルではどうにも成らない情勢へと向かっている。この先どうすれば良いのかなんて見当もつかない。


 表情の暗い二人。特にルビーの表情は暗く、テルはせめて寄り添う事しかできない自分を憎んだ。

 先日父親の逝去に続き、国を挙げての魔女狩りの復活。少女にとってあまりにも厳しすぎる仕打ちであった。

 ベッドに並んで腰を掛けている二人。テルは無言でルビーの手を握ると、離さない様にしっかりと握り続ける。


「ありがとうね、テル……」

「心配すんな。いつでも、いつまででも俺はルビーの味方だからな」


 突然、二人のいる部屋に来客がやって来た。


「おはよう。ってあれ、私お邪魔しちゃった?」


 朝から二人の元へとやって来たのはアリスであった。そして二人がベッドの上で手を繋ぎ、寄り添っている光景を見るやアリスは察した。


「お兄さんもルビーも、もしかして楽しんでた所だった?」

「ち、違う!勝手な想像しないで」


 ルビーは恥ずかしそうな表情で、テルの手を払いのける。内心もう少しの間テルに寄り添って欲しかったであろうルビーだが、アリスが来てしまっては仕方がない。


 アリスは昨晩、父親に頼まれた通りテルとルビーを父親に会わせる為の誘いに来た。特に断る理由も無く、アリスのお願いならという事でテルもルビーも身支度を済ます。情勢が情勢なので念のためテルは剣を隠し持ち、宿を後にした。


 ――――――――


 アリスに連れられ、人影の少ない裏通りへとやってきたテルとルビー。我先にと店先の階段を降るアリスに付いていくと、そこは地下に店を構えるバーであった。


「ここで待ち合わせしてるの。先に入ってて」


 アリスはお花を摘みに行きたかったようで、テルとルビーが先に入店する。

 バーに入ると、地下で窓が無いせいか、もしくは外の明るさに目が慣れていたためか薄暗い空間が広がる。ただ、地下ということもあり地上よりも暖かい。昼前という時間帯のせいなのか、店内は一人を除いて客はおらず、閑散としていた。

 店内に居た一人の客は、テルとルビーを待っていたグラドである。アリスが会わせたがっていた人だろうと、察しの付いたテルが話し掛けるよりも先に、グラドが口を開く。


「君たちから見たら”はじめまして”かな…… 先に行っておこう、私は君たちを追っていた軍の者だ。以前君たちを捕えるために宿を急襲したのも、私の率いる部隊だった」


 テルは見知らぬ人物に突然声を掛けられ、それも自分たちを追っていた軍人だと言われて動揺を隠せない。ルビーが瞬時にテルの背に隠れたところで、テルが隠し持っていた剣を抜き構える。


「誰だか知らないがお前、俺たちを捕えにアリスを騙して誘き寄せたのか?」

「勘違いするな少年。今の私は軍人として君たちと接触しに来たわけではない。アリスの保護者として来たのだ。どうか剣を収めてくれ」

「アリスの保護者?」


 目の前の男が次から次へと何を言っているのか、理解に苦しむテル。そんな折、花を摘み終えたアリスが遅れてグラドの元へとやってきた。


「お父さん、紹介するね。私の知人のテルとルビー。ところでお兄さん、なんでそんな物騒な物構えてるの?」

「言われた通り二人を連れてきてくれて、ありがとうなアリス。これで分かっただろ少年? アリスは私の娘だ、剣を下ろしてくれ」


 テルは疑うようにアリスとグラド、双方に視線を向けながらも剣を収める。


「今日は争い事は無しだ。アリス、それからテルとルビーも掛けてくれ」


 テル、アリス、ルビーは横一列に腰を掛け、3対1でグラドと向かい合う。未だにどういう状況なのか掴めていない、テルとルビーは無言のままグラドに対し不信感を募らせる。


「君たちは何にするかい? あっ、お金は私が出すから心配しなくていい」

「いや、あの俺たち、飲める年齢じゃないんですけど」

「そうか、じゃあ紅茶でいいか。マスター、紅茶はあるかい?」


「お客さん、ここはバーであって喫茶店じゃないんだ。水で我慢してくれ」


 グラドは何か注文したらどうかと、テルとルビーに進めるが、彼らの年齢的にバーが提供できる飲み物は多くない。代わりにと紅茶を頼んだグラドだが、店主にそんなものは扱っていないと蹴られる。

 店主が冷水の注がれたコップを三人分持ってきたところで、グラドが店主に下がっている様に合図を出す。合図を確認した店主は裏方へと消えていった。


「今日はこの店を貸切にしてある。誰にも聞かれる心配は無い」

「ねぇお父さん? 他人に聞かれたら良くない話でもするの?」

「あぁそうだ。アリス、それからテル、ルビー君たちにも関係する話だ。テル、ルビー君たちは昨日の演説で何の宣言が成されたか、知っているか?」


 テルとルビーは無言で頷く。まだ昨日の演説の内容について認知していないのはアリスだけのようだ。グラドはアリスへ何があったのかを話始めた。

 グラドが口を開く度に、アリスの表情は澱んでいった。そして落ち着かない様子でそわそわとし始めた。その様を横で見ていたテルとルビーは、何故アリスが動揺しているのかが、まだ分かっていなかった。


 やがて魔女狩り復活の旨を話終えたグラドが、もっとも重要な真実を口にするときが来た。


「回りくどい言い方は抜きで、単刀直入に言おう。この中に二人、魔女がいる。ルビー、そしてアリスの二人だ……」


 グラドの口から告げられた娘の素性。アリスは魔法使いであると。あまりにも突然明かされた事実に、テルもルビーも返すための適切な言葉が思い浮かばない。

 それはアリスにとっても同じであった。ルビーが自分と同じ存在であったと、始めて知ったのだから。

 テルとルビーはアリスを。アリスはルビーに視線を送る構図のまま場が固まった。


「アリスはな幼少期に力を発現させた。それ以来、他の者に知られないようにここまで、隠し通してきた。だが、今回の魔女狩り復活で、アリスが魔女であると露見するのもそう遠くない」


 どうやら、アリスが魔法使いであるという事は間違いなさそうだ。その事を理解した上で、テルは今朝から考え込んでいたことをグラドに尋ねる。


「確かにルビーの傍に居るものとして、魔女狩り復活は無関係ではいられない。だけど、滅多な行動を起こさなければ、力を持っている事実が知れ渡ることも無いんじゃないか? 実際、前回の魔女狩りの時だって、大人しく素性を隠していた魔法使いは軍と教会の手を逃れ、今日まで生き延びている。なら今回も」


 テルは自分の知りうる史実を盾に、バレないようにすればいいとグラドに楯突く。昨晩魔女狩り復活の噂を聞いてから、動揺してはいたものの、テルにはそのような考えがあったからこそ、冷静さを欠いていなかった。

 しかし、テルの考え方はあまりにも楽観的過ぎたようだ。


「残念ながら今回はそうもいかない。これは私が軍関係者だから、知りうる話だが…… テル、これを手に取って握ってみろ」


 グラドは懐から、少し濁ったガラス玉を取り出すと、テルに差し出した。意味も分からずしばらく握った後、拳を開くもなんら変わりない。


「よし、次はアリスが握ってみろ」


 テルは真横にいるアリスにガラス玉を手渡し、アリスが握り締める。


「よしもういいぞ、ガラス玉をテーブルに置いて」


 アリスの握り拳から出てきたガラス玉は、熟したトマトの様な色合いに変化していた。


「これで分かっただろ。魔検石、前回の魔女狩り末期に国が秘密裏に開発したが、結局使われずにお蔵入となった代物。微弱な魔力を吸収して、色が変化する人工石。早い話が魔法使いを見分ける為の道具だ。軍関係者、教会関係者には今回この魔検石が配られ、各所では随時検問も行われる」

「つまり、その石を持った人間に目を付けられたら、正体が見破られかねないと?」

「その通りだ」


 巣穴を塞がれ、猫に追い詰められたネズミはこんな気持ちなのだろうか。楽観的な考えから一転、テルは絶望に胸を締め付けられるばかりであった。魔法使いであり当事者であるルビーとアリスは、尚のこと居た堪れない精神状態であった。


「私も、間もなく軍人として魔女狩りの指揮をとることになる。親でありながら、軍人としてアリスの敵になってしまう。どうかアリスと一緒にいてやって欲しい」

「あんたの願いに関係なく、ルビーの大切な友人、俺の知人として、見捨てるつもりはないですが」


 グラドは自分と倍以上年が離れた少年少女の前で頭を下げた。軍でも部下に恐れられるグラドが見せる貴重な一面。グラドはさらに付け加える。


「アリスを連れて亡命してほしい」

「ぼ、亡命?」

「いつ終わるかも分からない魔女狩りだ。残念ながら、この国に君たちの居場所はもう無い。私、軍人一人の力では娘を守りきることは難しい」


 テルは内心、グラドが図々しいと思った。目の前のグラドは、テルとルビーを捕まえようとした男である。ルビーが魔法使いであるという理由でだ。

 それが今になって、魔法使いである自分の娘を守ってほしいだの、連れて逃げてほしいだの言い出しているのである。グラドの為に何かしてやる気持ちには到底なれなかったが、それがアリスの為なら話は別だ。テルは冷静に話を続ける。


「亡命するって何処に?」

「国外だ。このグハンドゥーンの隣国、ライツベルト公国。名前くらいは聞いたことがあるだろ」

「名前くらいなら。詳しいことは知りませんが、グハンドゥーンとは長らく休戦中の国でしたっけ?」

「そうだ。隣国にもかかわらず、国民がライツベルト公国の事を詳しく知らないのは、国が情報統制をしているからだ」

「どうして情報統制を?」

「長い話になるぞ……」


 グラドの忠告どおり、隣国ライツベルトに関する長い話が始まった。

 まずライツベルト公国はグハンドゥーンと違い、魔法使いを弾圧するような事は無く、市民権も与えられている事。

 科学の英知による発展を国策として掲げたグハンドゥーンに対し、魔法を用いた発展を国策としている事。

 乏しい国土、天然資源、遅れた科学技術しか無いにもかかわらず先の戦争ではグハンドゥーンと対等に渡り合っていた。それは紛れもなく魔法の力によるものだという事。


 長引くグラドの話に、アリスがテルに寄りかかり、船を漕ぎ始める。グラドが最後に要点をまとめる。


「魔法使いが幸せに暮らせる国。そんなものがあると知れ渡れば、グハンドゥーン国内に潜む魔法使いは挙って隣国へと亡命するだろう」

「グハンドゥーンとしては魔法使いが勝手に出て行ってくれて、助かる…… なんて単純な話では無いですよね?」

「もちろんだ。天然資源も無ければ科学技術も遅れている、魔法使いの力なくして発展できないライツベルト。そんな国にとって魔法使いは国力その物であり、喉から手が出るほど歓迎される。グハンドゥーンとしては隣国の国力拡大は何としてでも防ぎたいところだからな」


 グラドの言わんとしていることは概ね理解できたテル。アリスの力にもなってあげたい。しかし、それでもルビーを捕えようとしてきた連中を、信じて良いものか踏ん切りが付かなかった。

 今後どうするのか、なかなか口を開かないテル。見かねたグラドが交渉材料を行使する。


「王都学院中等部の学生にして飛び級で入学し、天才とも謳われている少女……確かセナと言ったな。もちろん知っているよね君も?」

「おい、あんた!セナに何をした?」


 テルは顔色は兇変し、テーブルを突き下げ立ち上がる。


「お兄さん?」


 テルの横で眠り掛けていたアリスも驚いて、飛び起きる。


「まぁ落ち着け。君の妹には何もしていない。それが正解だ、何もな」

「なぜセナの名を出した? 脅迫するつもりか?」

「一学生を餌に、そんな事しているほど、私も暇ではない。君の素性を調べている段階で、妹が居ることはすぐに掴めた。実際君の妹を交渉材料に使えば、君達を捕えることは容易だったかもしれない。だが直接無関係な人にまで危害を加えるほど私も野蛮ではない。教会と違ってな」

「つまりあんたは、セナの存在を黙認していたと」

「早い話がそうなる。以前君達を捕え損ねたとき、治安維持部隊は血縁を調べ上げ身柄を拘束しようとしていた。私は君達の親族に危害が加わらないよう、調査資料を改竄し、目を欺かせた」

「そ、そうか。そこだけは感謝する……」


 よくよく考えてみれば、親族のセナに何の接触も無かったこと。ルビー父の王都銀行貸金庫を開ける段階で、身元が割れなかったこと。これらは全てグラドが裏で手を打って居たからであった。

 グラドは自身の功績とでも言わんばかりに、これらの事実を伝えると改めて頭を下げてテルとルビーに頼み込んだ。


「どうか愛しの娘、アリスと共にこの国から脱してくれ」

「お父さん……」


 グラドの言う亡命は、親子の決別を意味していた。アリスもそのことは理解しており、すぐに結論を出すことなどできる筈も無かった。

 直ぐに結論を出せないのはテルも同じだ。


「アリスもルビーもそんな直ぐに決められる事じゃないと思うし。妹のセナを置いていくわけにもいかないので、少し考えさせてください……」

「テル、考えている猶予など無いぞ……」


「お客さん、貸切りの時間を過ぎてますよ。そろそろ夜の営業を開始したいんで、お帰りの準備をよろしいですか?」


 まだまだ話し込んでおくべき事があったテルとグラドであったが、バーの店主によって時間切れを知らされる。

 テル、ルビー、アリスを先に帰らせグラドは精算を行い、店を後にしようとした時。店の前には夜の営業開始を待ち焦がれた軍人達の姿があった。


「グラド総司令官、お疲れ様であります」

「ご苦労……」

「良かったら、これから一杯どうですか?」

「私はこれから夜番なんでな。遠慮しとく」


 こうして、グラドは夜の街へと消えて行った。

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