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50.雪の夜

 お近づきの印に夕食を共にしようとテル、ルビー、セナ、アリスの4人は都の街へ出てきていた。


「それにしても冷え込むな。都ってのはこんなに寒い土地柄なのか?」

「南方の村に比べれば都は山脈も近いし、冷え込むかな。この季節にしては早いけど、そろそろ雪が舞うかもしれないかな」


 都に来て間もないテルにとって、この日の冷え込みは体に染みる。田舎者を卒業し都を知り尽くしたセナ曰く、この時期にしては珍しく雪が降るかもしれないという。

 体のラインを強調する事ばかり、考えていそうな衣装を身に纏うアリスの後ろ姿を見てテルはセナに問う。


「アリス、あの娘はあれで寒くないのか」

「本人が大丈夫って言ってるから大丈夫かな。ってかお兄ぃ、アリスの何処見て言ってるの?」


 ”アリスの尻を凝視してました”なんてとても言えないテルは、適当に会話を誤魔化しながら歩き続ける。目的のレストランまで近道をする為、公園を突っ切る4人。公園内を歩いていると、テルの眼に見覚えの無い建造物が映る。


「セナ、あれって何なんだ?」

「あれってどれの事かな?」

「あの馬車軌道を挟むようにして、積み上げられてる石段」


 テルが指さしていたのは、公園内に引き込まれている馬車軌道。その軌道の両脇には石を積んだ壇が佇んでいた。


「あれね。馬車に代わる新しい移動手段の停留所かな」

「馬車に代わる?」

「馬では無い、もっと科学的な動力源を使って客車を引く。そういう研究が学院でも進んでいるかな」


 テルにはイマイチ掴みどころのない話であった。客車というのは馬が引っ張る物であり、他に誰が引っ張るのか。


「なんか凄そうな事をやろうとしているってことは分かったけど……」

「ホント、誰がこんな技術を思いついたの……かな。セナも研究に関われば、関わる程疑問に思う。何の基礎研究も無しに、突然湧いて出てくる科学の英知っていうのが近年沢山あるの。馬車に代わる移動手段に関してもそれに当てはまるかな」


 セナの意味深な言葉の真意などテルに分かる筈もなく、そうこうしている間に、目的のレストランへと到着した御一行。


 景色が良いと評判のレストランで、夜になると都の夜景が一望できるのだとか。決してお安くないお値段のお店ではある。しかし以前貴族の屋敷で使用人として奉公した際の報酬もあり、金回りには困っていないテル。せっかく4人の仲も深まった事だし、時にはこういう贅沢も良いだろうと思って人気店を選んだようだ。


 食事を始めるとセナがテルの事をチラチラ見ながらもの言いたげそうな顔をしている。


「どうしたセナ? 何か変か、俺?」

「いや変というかな…… お兄ぃの食事作法が田舎者っぽく無くて以外かな。ルビさんも」

「あぁ…… ちょっと旅をしている途中で、立派な家柄の人と食事する機会が多かったからな……」


 都に来るまで貴族の屋敷に住み込んでいたテルとルビー。そんな二人は他から見ても上品なテーブルマナーが自然と身についていたようだ。そんな貴族仕込みの食事作法の傍ら、アリスは無我夢中で料理に喰らいついてた。そんなアリスの姿を見てセナが一言。


「アリスはなんというか…… 犬みたいかな」

「セナ酷い!育ち盛りなだけだよ」

「栄養の行先が偏っているかな……」

「えっ、何か言った?」


 セナの小声はアリスには聞こえていなかった様で、尚も皿の上の御馳走と格闘を続ける。

 陽が暮れ始め、街灯りの主張が強くなり始めた頃合い。食事を終えたルビーは夜景を眺めながら思い耽る。何を考えているのかテルが話しかけても反応が無いほどに、上の空で外を眺めている。ルビーが気付かないものだから、テルが耳元で囁きかけるとルビーは跳ね上がる。


「ひゃん!」

「おぉう、ごめんごめん」

「耳はやめて、耳は……」


 耳が弱点なのか、なんなのか、オーバーリアクション気味のルビー。テルが何をそんなに考え込んでいたのかと聞くと、ルビーは少し恥ずかし気な仕草をしながら答える。


「その夜景が綺麗だなって……」

「おう、そうだな」

「いつか…… 今度は、テルと二人で来たいな…… なんて?」

「そ、そうか。そのうちな……」


 何気ない誘いの筈なのに、ルビーの気恥ずかしそうで可愛げのある表情。そんな顔して迫られるものだから、テルまで気恥ずかしくなる。


 そんなテルとルビーの様子を、ジト目で見つめるセナとアリス。テルはその場を誤魔化そうとアリスに話を振る。


「そ、そうだアリス。ここはデザートも美味しいらしいからな。何か頼んでいいぞ」

「えっ本当?」


 テルの追加注文OKの承諾に目を輝かせるアリス。アリスが目移りしながらメニューを眺めていると、セナが横からメニューを取り上げる。


「お兄ぃダメだよ。これ以上アリスに食べさせたら何処とは言わないけど、頭以外の部分に栄養がいっちゃうかな」

「なにそれ。どういう意味?」


 セナの突っ込みに、顔を膨らませて怒るアリス。勿論、本気でセナに対して怒っている訳では無い。そんな二人のやり取りを見ながら、テルもルビーも気付いたら笑顔になっているのであった。


 店を出ると、街は夜に包まれていた。


「セナの言った通り、降り出したな、雪」

「そうね。セナは先に寮に戻るかな。アリスもあまり寄り道しないで早く戻る事かな」


 地面に落ちると直ぐに溶けシミへと変わってしまうものの、雪は地面に吸い寄せられるように舞い降りる。

 セナはアリスに”あまり寄り道するな”と言って先に帰っていた。逆を返せば少しぐらいだったら、遊んでも良いとアリスは都合よく解釈。何か悪だくみを思いついたのか、ルビーの耳元で囁く。


「ひゃん!」

「あっごめんねルビー。びっくりさせちゃった」

「そうじゃないけど…… 大丈夫だよ」


 やはりルビーは耳が弱点のようだ。アリスがルビーに話を伝えると、ルビーは暫く考え込んだのちテルに告げる。


「テル、今夜は宿には帰らない」

「んっ?それってどういう」

「アリスの寮に泊めて貰おうかなって。ダメかな?」


 どうやらアリスは自分の寮室でお泊り会を開こうとしているようだ。普段テルと離れたがらないルビーが珍しく、自分から行きたいと言っているのだ。特に断る理由も無いが、テルには引っかかる点がある。


「いやダメも何も、ルビーの好きにすればいいんじゃないか? ところでアリス、寮生じゃない人が入って大丈夫なのか、女子寮は?」

「大丈夫じゃないけど、大丈夫!」

「なんだそれは?」

「バレなきゃいいんですよお兄さん。バレなきゃ」

「おいおい、悪い人みたいになってるぞ」

「お兄さんも良かったら来ます?」

「おっ本当か? じゃあ俺も…… って行くわけないだろ。女子寮の段階で俺が行ったらバレるから」


 アリスはテルを軽く揶揄い面白がると、ルビーを連れて寮の方角へと消えていった。


 ――――――


 雪が舞う中、暖かい灯りの灯った寮へと足を踏み入れる二人。立派なレンガ造りの学生寮は男子禁制で、学年問わず100人程の学生が住まっているという。


「ねぇアリス、寮生じゃない私が入ってもバレないの?」

「大丈夫!みんな私服だし、寮長は年寄で老眼だからバレないよ……たぶん! いざとなったら簡単に騙せるし……たぶん!」


 玄関に入るや否や、老婆の寮長に声を掛けられる。まさかルビーが部外者だと一瞬で見抜かれたのかと、二人の緊張が高まる。


「アリスちゃん、アリスちゃん。ちょっと」

「えぇ~っと、なんですか寮長……」

「アリスちゃんのお父様が夕方お出でになさってましたよ」

「お父さんが?」

「血相欠いた様子で、直ぐにアリスちゃんと話がしたいと。そうそう、明日の夕方にもまた顔を見せるって言ってたわ」


 どうやらアリスの父グラドが寮に尋ねてきていたようだ。自分の娘が、軍の探している人物と遊び回っていたとも知らずに。


「わかりました。ありがとう寮長。おやすみなさい」

「はい、お休みアリスちゃん。えっとそこの銀髪の娘は?」

「……もうヤダ寮長。また幽霊さんとお話してるの?」

「あらあら、また私ったら。歳のせいかしら、やだやだ……」


 ルビーを幽霊扱いした事は置いておくとして、咄嗟に発せられたアリスの適当な言葉に乗っかる寮長。確かに簡単に騙せる年寄である。


 ルビーはアリスの部屋へと案内される。決して広くは無いものの、宿とは違い生活感が染みついており、女の子らしい部屋であった。

 友達の部屋でお泊り、ルビーにとって少し前なら考えれなかった様なイベント。今まで他の女の子とお泊りなんてしたことの無いルビーは緊張しつつも、雰囲気を楽しんでいた。


「ルビー、部屋にシャワーがあるから使って。あと神衣もあるから、着替えちゃっていいよ」

「うん、ありがとうアリス。シャワー借りるね」


 ルビーは部屋に備え付けのシャワーを借りる。寮には浴場もあるらしいのだが、アリスがルビーを案内することは無かった。セナ以外の人といる所を見られたら、目を付けられそうというのが理由なそうだ。


 シャワーを終えたルビーが、タオルを体に巻きシャワールームから出てくる。その様子を見て、アリスが一言。


「ルビー、女の子同士なんだから別にタオルで隠さなくてもいいよ。私気にしないし」

「えっでも恥ずかしい……よね?」

「全然?」


 アリスにそういう趣味があるのかは謎である。いずれにしても、ルビーにとって同性とは言え裸を見られるのは恥ずかしい事に変わりは無い。ルビーはアリスに背を向けてパジャマに着替える。


「ねぇルビー」

「えっ?ちょっと……」


 着替え中に無防備となったルビーを後ろから覗き込むアリス。そしてルビーの小さな膨らみを凝視する。ルビーはアリスが何を思っているか大よそ察し、自分から口を開く。


「小さい…… よね?」

「うん、相当小さいね」


 ルビーが最も気にしている身体的コンプレックスを。それに対し何の考えも無しに率直な意見を口にするアリス。しかし、意外にもルビーは落ち込まなかった。物量的に僅差の相手に言われるなら気に障るが、別物の様な大きさの相手に言われるのであれば諦めも付く。


「アリスはその…… どうしてそんなに大きいの?」

「大きいのかな? でも、セナが言うには頭に行くべき養分が、ここに来ちゃってるんだって」


 アリスは自分の膨らみ過ぎた部分を指差しながら”ここ”だと示す。


 その後二人は友達が少ない物同士、ガールズトークに明け暮れる。自然と話の話題が”テル”に傾いてきたところで、本日最大の問題発言がアリスの口から飛び出す。


「ルビーはテルと”これ”はもう済ませたの?」


 これとは何か。アリスは左親指と人差し指で輪を作ると、右手の人差し指を出し入れするジェスチャーをして見せる。ルビーには伝わっていないようで、首を傾げ不思議そうな顔をしている。


「なに……それ?」

「これはこれよ。つまり思い合う男女として、赤ちゃんを作る行為?」

「バカ!アリスのバカ!」


 ルビーは一瞬で顔を赤くすると、手元にあった枕を思いっきりアリスの顔に投げつけた。そしてそのままアリスのベッドを占領し、アリスに背を向けふて寝しようとする。

 そして小声で一言言い放つ。


「してない、そんな事……」


 流石にこれ以上はマズイと思ったのか、アリスも大人しくなり部屋の灯りを消す。明日は学院が休みとは言え、これ以上夜更かしすると朝起きれずにセナにバレてしまう。

 冬の到来を知らせる初雪の下、深い眠りにつく二人。


 二人を、いやグハンドゥーン国内をも揺るがす、王の重大発表が半日後に為されるとも知らずに……

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