48.王の決意
――都 王宮にて
王室に設置された王座に深く座り込み、美酒を片手に待ち惚けるグハンドゥーン国の王。王室にて行われる対談は重要な用件である事を意味する。王も只ならぬ決意を胸に、王座に掛けているようだ。
「国王、客人が参られました」
「招き入れなさい。二人だけで話したい、君達は外に出ていなさい」
国王は王室に客人を通すと同時に、近衛兵に退出するように命じる。王室は男二人が対談するには広すぎる空間となる。
「お久しぶりです国王……」
「面を上げなさい。君は相変わらず硬いな、グラド君」
王室へ招き入れられたのはテルとルビーを捕らえようとした軍人、グラドであった。
「この度の失態、まずは深くお詫びいたします。国王の命に添えず……」
「いいから一度面を上げなさい。命の失敗は兎も角、君自身の体調はどうかね?」
「勿体なきお言葉…… ご覧の通り、軍務にも支障無いほどに快気しております」
一時は生死の境を彷徨ったグラド。テルとルビーを捕えようとした日に起きた事、グラドは徒然と語り出す。
テルとルビーの確保は部下に任せ、自分は強敵と相まみえたこと。そしてその敵に敗れ重傷を負ったこと。しかし、その敵に応急処置を受け一命を取り留めたこと。洗いざらい全てを報告した。
国王は少し退屈そうに美酒を味わいながらも、グラドの話を全て聞き入れる。
「なるほど災難であったな。ところでそれ以後、魔女とついて回っている冒険者の行方はどうなったのだ?」
「残念ながら、消息は未だ掴めていません……」
「非常に残念だな」
国王は心底残念そうにそう言うと、グラドは身構える。これだけの失態、国王の機嫌を損ねてしまったのではないかと。グラドは苦し紛れの良い訳を付け加える。
「おそらく、既に彼らは南方から離脱。我々南方支部の手が届かない地域に、逃げ込んだのかとも推測できます」
「そうか。であれば、仕方ないな。そんなに縮こまらなくても良いんだぞ、グラド君。私は罰など与えん」
以外にも国王はグラドの失態を責めることもせず、きれいさっぱり水に流したようだ。
「魔女達の行動範囲は南方だけ留まらずか…… もっとも、これから起こる事を考えれば些細な問題に過ぎないだろうが」
「これから起こる事? それは……」
「まぁそう慌てるな。君もどうかね、なかなかに上物であるぞ」
国王はボトル片手に、グラドにも美酒を勧める。
「いえ、私は軍務中ですので」
「相変わらず、軍人として立派な姿勢だね君は。結構結構」
グラドの軍人としての硬い姿勢を褒める国王。自分のグラスに酒を注ぎ、一口味わうと表情が一変し、座り方を正す国王。グラドもその様子を見て、より一層背を伸ばす。いよいよ、今日呼び出した本題に入るようだ。
「まず君の処遇からだ」
「はい…… 先の失態、どのような罰もお受けいたします」
「その件はもう気にするな。どうしても罰を受けなければ、君自身落とし前が付かないというのなら…… 君の地元の美酒を私に献上しなさい。それで先の件はお終いだ」
「はっ!必ずや献上いたします」
冗談交じりの言葉に真面目に従おうとするグラド。国王も思わず笑いを漏らす。
「君は南方支部から王都支部に移ってもらう。それも今度新設される王室直轄の特別部隊に入ってもらう。異動に関しては私から軍上層部に直接働きかける。異存はないな?」
「依存ありません。励ませていただきます」
「よろしい。実際に魔法使いの調査に携わったことのある君なら、新しい部隊での陣頭指揮も適任であろう」
国王は魔法使い関連の任務での経験を買い、グラドを指名したようだ。そうなると、新しい部隊の役割は再びルビーとテルの消息を追うことになるだろうと、グラドは考えた。
「さて、ここから先の話はまだ君くらいの階級の軍人には、伝えてはいけない頃合いだが…… あくまで、私の独り言だと思ってくれ」
国王が何か重要な事をグラドに伝えようとしている。回りくどい言い回しを聞く限り、まだ限られた階級の人間にしか知られてはいけない話のようだ。
グラドは王室を見渡し、自分達以外に誰もいない事を念のため確認する。
「魔女狩り終結から20年、同時に魔法使いの根絶を宣言してから20年。本来いない筈の魔法使いがまだ生き残っているという話が、近年民の間で広まっている。国としてもいろいろと噂の鎮静化の為手は打ってきたが、火のあるところに煙は立ってしまう。この世の摂理だ」
「確かにその通りであります。魔法使いの存在については南方でも広まりつつありました」
「グラド君、これはあくまで私の独り言だ。君は口を挟まなくていいぞ」
「申し訳ありません……」
魔法使いの根絶を宣言したのは歴代の王であり、今グラドの目の前に鎮座する現在の王では無い。それでも王という立場上、魔法使いの現状については常に手の内で把握しているという。グハンドゥーンの民が魔法使いの生き残りの存在に気付き始めている事も、王は把握済みだ。
「民を不安にさせないための統制も、最早や限界だ。近いうちに教会関係者を加え私は重大な決断を下す。君も無関係ではいられない」
国王が歴史を動かすような、大きな事を起こそうとしているのがグラドにも伝わった。そして不安が過る。
国王が自分の横まで来るようにとグラドを手招きする。グラドが王座の横まで来ると、国王は耳元でたった一言囁いた。これから起ころうとしていることを。
たった一言の言葉に、グラドは表情は凍り付いた。それはグラド個人にとって大いに関係のある話で、自分自身直ぐに行動を起こす必要のある話でもあった。
「この一件が動き出せば、君も新しい部隊で忙しくなる。その時が来たら君にも声をかける、宜しく頼むぞ」
国王が話し終えるとグラドは深く礼をして退室する。王宮の出口まで付き添っていた近衛兵がグラドの顔色を窺い、声をかける。
「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか? 体調が悪ければ医務室に案内しますが……」
「いや、すまない。大したことは無い気にしないでくれ」
「なら良いんですが……」
グラドを正門の外まで案内した近衛兵が敷地内に戻っていく。途端、グラドの足が震え出した。国王から耳元で告げられた一言。その言葉が意味する最悪のシナリオにグラドは震えが止まらなかった。そして直ぐに取るべき行動へと移ることを決意した。




