45.天才少女と凡才少女
王都学院。
ここは都の中心に校舎を構える、この国随一の教育機関。歴史、格式はもちろん最高の学びが約束される場所。グハンドゥーンで最高の学び舎である学院に入学を許されるのは秀才な者と裕福な者に限られる。
そんな学院の中等部。授業前の講義室で睡魔に襲われ、船を漕ぐ少女の姿があった。
少女アリス。軍人グラドの一人娘にして最愛の娘である。
軍人グラドと言えば、国王の命にてテルとルビーを捕えようとし、失敗に終わった男である。捕えることに失敗したばかりではなく、瀕死の重傷を負い第一線からの一時離脱を余儀なくされた。そんなグラドの娘アリスは、ここ王都学院中等部の生徒として勉学に励んでいた。
我がままな性格が災いしてか、友達が出来ずに父親グラドにも心配されていたアリス。そんなアリスにも誇れる友人が一人いる。
「待たせたかな、アリス」
「セナ!早く早く!」
アリスに急かされ、真横の席に着席する少女セナ。アリスにとって唯一の友人にして最愛の友人セナ。そんなセナの到着に、ご機嫌で尻尾を振る犬の様に喜ぶアリス。
二人は他愛も無い会話で盛り上がっていると、教諭が壇上に上がり授業が始まる。
真面目に教科書を開き、滑らかな指先で板書を写すセナ。船を漕ぎ過ぎ疲れ果てた末に、教科書を枕代わりにして眠り始めるアリス。
他所から見ても対照的な二人。頭の中も対照である。
決して酷い訳では無いが、秀でた学は無いアリス。
飛び級なうえ、高額な学費免除で入学し、学年トップクラスの秀才セナ。
そんなセナは居眠りに浸るアリスを横目に呆れるのであった。
――授業が終わる頃合い、ようやく目を覚ましたアリス。
「あっ授業!板書写してない…… セナ?」
「駄目かな」
「まだ何も言ってないのに」
「寮に戻ったらアリスは試験勉強かな」
秀才が写しあげた板書をあわよくばハイエナしようと目論むも、セナに断られるアリス。アリスはダメ押しで、訴えるようなつぶらな瞳で見つめるが、セナは関心を示さない。こうなれば自習して取り戻す他にない。
名誉の為に言っておくのであれば、アリスも決して頭が悪いわけでは無い。セナが優秀すぎるのと、一人しかいない友達であるセナに頼ろうとしてしまっているだけである。
「私は寮に戻ってるけど、セナは今日も研究室に寄ってくの?」
「そうかな。最上院の研究室に顔を出して来るかな」
「セナは流石だね。その歳で最上院に顔を出すなんて凄すぎるよ。私は中等部の授業だけで手一杯なのに……」
アリスが一人ぶつぶつ言っている間にセナは講義室から退出し、”最上院”へと向かった。
――最上院、文字通り学院の中で最上に当たる過程である。教育課程というよりは限りなく研究機関に近い。極めて優秀で学問への深い探求心を持った者だけが、学ぶことを許される。
そして一部例外を除き最上院の学生は、最上院以下の過程を全て修めている必要がある。一部例外とは紛れもなくセナの事である。
年端もいかない中等部の生徒でありながら、セナは最上院の研究室に居なくてはならない存在であった。
セナがやって来たのは、先端科学科の研究室。名前の通り、”科学”分野の発展へと繋げるべく最先端な研究に明け暮れる研究室である。
大量の書物がひしめき合う本棚、何台も並ぶ最新型の計算機。公私境無く研究に明け暮れる事を生き甲斐にする者たちが集う空間は、時に生活臭すら感じる。少女には不似合いな場へとセナは足を踏み入れる。セナが研究室の扉を開けると、学生もとい研究員達が出迎える。
「おっ、セナちゃん。また今日はどうして此処に?」
「昨日の依頼分、完成したので」
セナから研究資料を受け取った研究員は、我が子を褒めるような暖かい笑顔で口を開く。
「セナちゃん、そんなに急がなくても良いんだよ。僕たちがやったら3日以上かかるのに、さすがセナちゃん」
セナの優れた才能を褒めたたえる研究員。そして褒美とばかりに、自分の胸部の高さに位置するセナの頭を撫で始める。
「もう、子供扱いしないでほしい……かな」
「ごめん、ごめん。怒らないで。でも、本当いつも助かってるよ。ところで、中等部の方は大丈夫なの?」
「気にしないでください。あちらは何もしなくても落第しないかな」
「セナちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
計算機の前で小難しい顔をしながら、頭部を掻きむしる研究員がセナを呼ぶ。
「これなんだけどさ。これだけ複雑な計算だと、計算機の処理桁数を超えちゃうんだけど、なんか良い方法知ってたり……」
「11.3500940……」
研究員が話し終えるよりも先に、暗算によって導き出された計算結果がセナの口から発せられる。
「ひぇ~ さすがセナちゃん。計算機要らずだね、しかも一瞬で…… ごめん、もう一回言ってくれるかな?」
「11.35…… あと、この計算式はそもそも間違っているかな。45行目以降、良く見直した方が良いかな」
「どれどれ…… うーん、精査しないと分からないなぁ…… ありがとうセナちゃん!今度一杯驕るよ」
「結構です。私は子供なのですよ」
「あれ、でもさっき”子供扱い”しないでって言ってなかった?」
「あれはあれ、これはこれですよ。子供扱いはしないでください!」
ちょっと意地悪に揶揄ってくる研究員に、セナは少しムキになる。秀才な中にも歳相応の少女としての可愛さがそこにはあった。
セナ自身も将来、最上院にまで進むのかは分からない。しかし、セナにとって学問は新鮮な空気のような物であり、無意識のうちに体が欲する。本能的に求める探求心から、自然と研究室に顔を出すようになり研究に参加している。セナの優秀さは学院側も十分理解しているため、”一部例外”として研究室への立ち入りを認めているのだ。
――陽が傾き、学院の敷地を吹き抜ける風が冷たさを増す。セナは学院から程近い、寮への帰路を急いだ。
自室に着くと黒と赤を基調とした中等部の制服を脱ぎ、私服に着替える。夕食まで一息付こうとベッドの縁に腰を掛けたところで、アリスが部屋へ突入してきた。
勉強会の始まり、始まり。と言っても勉学に勤しむのはアリスだけで、その傍らでセナは趣味の書物を読んでいる。
「ねぇねぇセナ? セナは勉強しなくていいの?」
「時々、落第しかけるアリスと一緒にしないで欲しいかな」
「それは言い過ぎ、落第しかけたことなんて無いもん。私は普通、真面目だもん」
「今日も居眠りしてた」
「…………」
落第寸前というのは盛り過ぎであるが、居眠りの常習犯であるのは事実なようで、アリスも表情が固まる。セナは書物を読みながら続ける。
「そもそもアリスがこの学院に入学できたこと自体不思議ね……」
「酷い!別にお父さんの、軍人のコネで入ったわけじゃないんだから」
「だから不思議かな。王都学院7大怪奇現象に足して8大怪奇現象にしても良いかな」
「そんな怪奇現象いらない! 私から見たらセナの方が不思議なんだよね。なんで飛び級なんかして入ってこれたの?」
「何でかな。セナは頭が良いからかな」
「自覚してるんだ、頭が良いって……」
暫くセナの部屋で時間を過ごした二人は、夕食の時間になり食堂へとやって来た。
セナが着席すると、仲の良い友人が集まってきて、セナを取り囲む。秀才な中身もそうだが、外見にも優れるセナは人気者。
そんなセナの様子を見て、場違い感を感じたアリスは離れた席で一人夕食を進める。唯一の友達と分断されたアリスの悲しき一面である。
夕食を終え、セナの部屋に再びお邪魔するアリス。食後の睡魔が迫っており、もう勉学に励む気力はなさそうであった。
「ねぇセナ? セナって友達多いじゃん、私も友達増やした方がいいのかな」
「その方がいいかな。でもどうやって」
「それはその……がんばる」
セナからどうやって友人を増やすのかと突っ込まれ、アリスは取り敢えず”がんばる”という手段を提示してみる。
「別にアリスは無理しなくても良いんじゃないかな。今でもアリスは私の一番の友人かな」
「セナ……」
自分は特別な友人であるという言葉に、感極まりそうになるアリス。セナの言葉は偽りでもなければ、社交辞令でもなかった。
セナにも王都学院に来てから友達が居なくて不安な時期を過ごした経験があった。幼い少女が飛び級で、片田舎からやって来て一人寮暮らし。片田舎の世界で育った少女にとって、初めて出会う人、初めて暮らす場所、全てが不安であった。
そんなセナに初めて話しかけてくれたのが、隣の部屋に泊まっているアリスであった。セナにとってもアリスにとっても、互いは学院で初めてできた友達。
だからこそ、二人は特別な友人同士なのである。
「あっそうだ。セナは明日暇?付き合ってほしいんだけど」
「ごめんかな、アリス」
「えぇ~、なんで?」
「明日は用があって付き合えないかな。人と遭う約束があるの」
セナはそう言うと期待に心躍らされるような表情を隠しきれずに滲み出す。セナにとって楽しみなイベントであると察したアリスが突っ込む。
「そっかぁ、セナにも春がやってきたんだね」
「春?」
「隠さなくていいんだよ。彼氏できたんでしょ?明日はその人とデート……」
「余計な事言ってないで勉強しなさい……かな」
アリスの的外れな推察を軽く受け流すセナ。特別な男女の仲では無いにせよ、セナにとって心待ちにしていた出来事であることに違いは無さそうだ。
夜も遅くなり、アリスを部屋に送り返すと、明日に備え早めに眠りに着こうとするセナ。
「明日か…… 久しぶりだなぁ…… いけない、セナとしたことが。いつも通り接すれば良いかな……」




