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43.Arrival

 街道を包む木々は冬に備え葉を落とし、道に枯葉の絨毯を作り出す。村を出てきた頃には騒がしかった虫の声も、もう聞こえない。旅の中でいくつもの出会いと別れを繰り返し、気づけば季節は巡っていた。


 テルとルビーがクライエ家の屋敷を巣立ってから数日。目指す地が近づいてきた。その地が近づくに連れ、街道の交通量は増し、道も整備された路面へと姿を変える。


「すごい……」

「あぁ、大きいなぁ」


 街道の先に浮かび上がる光景に、テルもルビーも目を瞠る。灰色の空の下、街の輪郭が徐々に鮮明になってきた。立派な建造物がどこまでも広く立ち並ぶ光景は、これまで巡ってきたどこの街よりも堂々たる光景であった。

 そう目の前に広がるは何を隠そう、このグハンドゥーン国における最大の都市にして、王宮を構える都である。

 国の中心である都とは言え、はるか遠方の片田舎で育ってきたテルとルビーにとっては、縁もゆかりもない初めての場所である。


 都を前に心踊る半面、心配事も多い。

 最たる不安要素はテルとルビーの身柄を捕らえるため、動き出した軍と一度交戦していること。しばらくの間、フィーネの屋敷に居候し危機感が薄れていた点である。治安維持のための常駐兵も多いであろう都で、迂闊な行動は取れない。

 金銭面でも不安は付き纏う。都ともなれば物価が高いのは、今までの経験上想像に容易い。

 用が済めば、二人にとって都での長居は不要であろう。


 行き交う馬車が増え混雑する街道、流れに任せゆっくりと進んでいくと都の入り口を主張する関所が迫ってきた。この関所、有事の際には軍が常駐し、検問を行うという。しかしただでさえ交通量の多い街道、余程の事が無い限り、関所は開放され何事もなく通行できる。無人の関所を横目に、テルとルビーは都へと入った。


 市街地に入る前に、二人は馬を馬小屋に返し清算を済ませる。


「テル? まずは宿を探す?」

「いや、先に寄っていきたい場所がある」

「わかった、私も付いていく」


 いつも通りテルに引っ付いて行動を共にするルビー。二人は乗合馬車へと乗り、市街地へと向かう。

 都の市街地は至る所に馬車軌道が敷かれており、乗合馬車も揺れが少なく快適。その上便数も多く、街中どこへでも待たずに移動できる交通網が整備されている。


「やっぱりすごいなこの街。都っていうのは伊達じゃない……」

「建物大きいし、道は広いし、人も多いね…… ちょっと気持ち悪くなりそう」


 一言で表すのが難しいほど都の街並みは先進的。立派で、小奇麗で、整備が行き届いている街並みが永遠と続いている。田舎出身の二人にしてみれば、一体どれだけの人々が都に住んでいるのかすら想像も付かない規模であった。


 馬車が交差点に差し掛かり停車する。都の交差点には交通整備員が配置されており、行き当たりの事故を防いでいる。


「ここで降りようか、歩いてもそんなに遠くないから」

「うん」


 二人は代金を払い馬車から下車する。テルは目新しそうに街を見渡しながら、ルビーは逸れないようにいつも通りテルの斜め後ろに付いて行く。街中を少し歩き郵便交換所とやってきた二人。


「テルが立ち寄りたい場所ってここ?」

「あぁ。フィーネさんに一報伝えたいと思ってな、都に着いたと。あとは個人的にちょっと連絡を取りたい人もいて……」

「私もフィーネさんに何か書こうかな」

「そうだな、ルビーにとって少ない少ない、唯一の友達だからな」

「うるさい、余計な事言わない……」


 郵便交換所のラウンジで書状を綴る二人。テルは伝えたい用件だけを手短に綴り終えると、ルビーの書状が完成するのを待ちつつ横から覗き込む。テルが覗き込んでくる様子に気付き、小動物のような素早い仕草で手元の書状を覆い隠すルビー。そして上目遣いでテルの顔色を伺う。


「どうしたのテル?」

「いやその、相変わらず字が汚いなぁと思っただけ」

「き、汚い!勝手に見ないでよ。汚くないもん…… テルと比べたら少し雑な字かもしれないけど」


 ルビーは幼い頃から字が汚い。久しぶりにルビーが執筆する様を見たが、相変わらず字が汚いのは変わっていなかった。本人は雑なだけとは言っているが、字が綺麗な人が雑に書いても案外整った字体だったりするものだ。ルビーの場合、雑とは違う根本的な字の下手さに所以しているとテルは推察する。これ以上話題を引きずるとルビーの機嫌を損ねるのは見え切っているので、会話を中断。


 暫くして、ムッとした表情でルビーが三つ折りにした書状をテルに突き出す。テルは自分の書状と合わせ、封書に包む。送付料を受け取り側の支払いにして、クライエ家近郊の街の郵便交換所へと送付した。

 合わせて、テルは個人的にコンタクトを取りたい相手への封書も送付。宛先には王都学院と記されていた。

 王都学院といえば都の一等地に校舎を構え、歴史ある名門校。グハンドゥーンで最も権威ある教育機関である。


 ――テルとルビーは郵便交換所での所用を終えると、拠点となる宿探しを始める。歩いているだけでも飽きない、立派な景観の街並み。様々な客層向けの宿が立ち並ぶ。旅人向けの無難な宿、貧乏人向けの粗末な宿、金持ち向けの立派な宿、それから連れ込み宿…… テルとしては連れ込み宿はもう御免である。以前ルビーとの間で不順な異性が交遊する事故を起こしかけた経緯を思い出す。

 さて、宿を選ぶ際に最も重要となるお値段は…… テルの想像していた通り、今までの街よりも高い相場であった。宿に限らず都は物価が高い、想定内であるが金銭的には有り難くない。

 結局少し郊外まで戻って、手頃な価格の宿に足を踏み入れた。


「お客さん二人?」

「えぇそうですけど」

「安い部屋、空いてるよ」

「本当ですか?」

「おまけに防音性が高い部屋だから、思う存分しっぽり楽しめるぜ」

「いやいやそういう目的じゃないんで。あと、部屋は2部屋に別けてください」


 宿主との交渉で、この手の展開は何度目だろうか。もしかしたら、ルビーが必要以上に自分に引っ付いているせいでは無いのかとテルは考え始める。面倒なので宿主の言葉を軽く受け流し、きっちりと2部屋確保。

 兎にも角にも、女の子が寝泊まりしても問題が無い程度の部屋は確保できた。


 ――季節の流れのせいか、最近は空が暗くなるのが早い。明りが灯り始めた街に出て、夕食の為に飲食店を探すテルとルビー。郊外とは言え、都の郊外なので栄えている。食事処も無数にあるので苦労しない。

 適当な店に入り席に着く二人。


「疲れたかルビー?」

「うん…… やっぱり初めての街だと気を遣うかな……」

「王都銀行へ行くのは明日だな。あれは都の中心部にあるらしいから、ここからだと時間がかかる」

「わかった。もう日も暮れてるし……」

「後、明日は都中心部の宿に泊まろうと思うんだ。ちょっと所用があってな……」


 二人が食事を終えた頃、店員がお口直しのティーと請求書をテーブルに伏せていく。伏せられた請求書を裏返すと、テルは思わず立ち上がり声が出てしまった。


「な、なんだこりゃ……」


 周りの客が驚き、テルを凝視する。ルビーも引いた眼差しを差し向ける。周りから向けられる視線に気づき、直ぐに席に着いたテルが請求書をルビーにも見せる。


「えぇぇぇぇ……」


 ルビーも声を漏らし、その後黙り込む。請求書には今までに飲食店で払ったことも無いような額が刻まれていた。よくよく周りを見回してみると、身形の良い客しかいない。この飲食店、そういう客層向けの高級店であったのだ。


「どうする?テル……」

「まずいな、まずいな、これ…… そういえばフィーネさんが渡してくれた、報酬。あれを足したら何とか……」


 テルはフィーネから渡された使用人としての報酬を思い出し、懐から取り出す。実を言うとフィーネから貰った報酬が、如何程なのかはまだ確認していなかった。

 ルビーと一緒に覗き込みながら、金の入った袋を開ける。


「うわぁ貴族ってすごいな……」

「払える……んだよね?」

「払っても、殆ど減らない額だなこれは」


 フィーネから受け取った報酬に助けられ、店を出ることができた二人。本当にこんな額の報酬を受け取ってよかったのかと疑問に思いつつ、フィーネに感謝する二人。

 この後、ルビーは誠心誠意の綺麗な字でフィーネに御礼の書状を書いたそうだ。

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