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幼馴染のソーサラーと盟約の冒険者  作者: 猫街道
IV.廃れかけの貴族
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41.ギンサー

 フィーネの下に戻ってきた、クライエ家元使用人の獣人。名はギンサー。恵まれた体格に秘めた主人へ対する忠実心を持った獣人。所有者であったフィーネの父が眠りにつくと同時に、奴隷商人により連れ去られる。以降、獣人ギンサーは主人と久しく生き別れになっていた。そして今ギンサーはフィーネの予てからの願いにより、再会を果たし屋敷へと帰還した。


 ギンサーが屋敷へ戻ってきた晩。久しく入っていなかった風呂で溜まりに溜まった汚れを落とし、使用人として恥じない衣服に着替えたギンサー。夕食の席に着く。今日の長テーブルにはいつもより一人多い、4人分の食事が並べられていた。

 奴隷商店で囚われの身となっていたギンサーにとって、真面な食事を口にするのはいつ以来だったのか。貴族の使用人として恥じない行儀で食事を口に運びつつも、もの凄い勢いで腹を満たしていく。そして突然食する口が止まるや否や、突然ギンサーは涙を流し泣き出した。見かけに寄らず、男らしさの欠片も無く、誰の目を気にするでもなく泣き続けた。


「辛かったわねギンサー。ごめんなさい、フィーネが何もできないばかりに」


 フィーネは席を立つと、泣きじゃくるギンサーの背から優しく抱き着いた。着座してもフィーネと同じくらいの背丈になる大男を、少女の小さな体で包み込む。

 暫くして、心が落ち着いたのか、ようやく涙の止まったギンサーが口を開いた。


「申し訳ありません。お見苦しい姿をお見せして」

「ギンサーさん……」


 それに続く言葉は、テルの口からは出なかった。

 テルもルビーもギンサーの涙の重さを理解していた。


 獣人という存在でありながら使用人として信頼を寄せてもらい、家族同然に接してくれたフィーネ。獣人としては幸せ過ぎる生活から一変、クライエ家との仲を引き裂かれ、奴隷商店の牢へ長らく捕らわれる生活に。奴隷商人に盾突く獣人は見せしめに首を跳ねられ、女の獣人は孕むまで犯され挙句、魔獣の餌食に。いつ魔獣の餌として撒かれるのか、狭く汚い牢の中で保証のない明日に怯えながらの日々を送ってきた。


 テルとルビーが奴隷商店で目の当たりにしたのはあくまで氷山の一角だろう。客相手には見せられない、さらに残虐な仕打ちに怯えながらギンサーは日々生きていた。その苦痛な体験は良い男の止めどない涙を見れば察することができた。


「ルビーさん、いつもの持ってきて」

「あっ、はい」


 ルビーはフィーネに頼まれ、紅茶を準備する。クライエ家に来てから事あるごとに、紅茶飲むのはテルとルビーにとっても馴染み深い物になっていた。


「どうぞ…… ギンサーさんも、どうぞ……」


 ギンサーに対してはまだ心の敷居が高いらしく、引っ込み思案なルビー。全員に紅茶を差し出す。

 フィーネがいつもの調子で大量の角砂糖を紅茶に沈めながら、ギンサーを見つめ口を開く。


「あなたも好きだったわよね、紅茶」

「はい……」

「あなたも覚えているでしょ、紅茶を楽しむのはクライエ家の伝統だって、ギンサー?」

「もちろんです」

「こうやって今、紅茶を口にしている。ギンサー、あなたは戻って来たのよ、クライエ家に。これからは、もう辛い思いをする必要は無いの。おかえりなさいギンサー」

「ただいまフィーネ…… いや、フィーネ様」


 改めて”おかえり”と”ただいま”を交換する二人。

 紅茶を口にすると、再びギンサーの目元が緩む。昔の事を思い出しての事なのだろうか。


 フィーネとギンサーは積もる話が、それも積もり過ぎて雪崩を起こしそうな程にあるだろう。

 テルとルビーは二人を気遣い、早々に紅茶を飲み干すと部屋を後にした。


 ――――――――


 翌朝の事。朝食の準備をするために、ルビーが目を覚まし部屋から出る。そんなルビーの目に入ったのは誰に言われるわけでも無く、当然のように屋敷の手伝いをするギンサーの姿であった。


 不意にもギンサーと目が合ったルビー。まだ慣れない相手に、ルビーは思い切って自分から声を掛ける。


「おはようございます…… 朝早いんですね……」

「ルビーさん、おはようございます。使用人としてフィーネ様に尽くす為なら、これくらい何てことないですよ」


 ルビーの朝も決して遅いわけではないが、遥かに早朝から使用人として務めるギンサー。主人の為に早朝から働くのは、使用人として当然といった言い様のギンサーに、若干の負い目を感じるルビーであった。


 ギンサーの使用人としての働きっぷりには、テルも目を奪われていた。炊事洗濯などは手早く、手も抜かない。屋敷の修繕作業をしている時も手先の器用さと作業の早さに、思わずテルも魅せられる。どんなに面倒な務めでも嫌な顔一つしない。

 所詮行き当たりで屋敷に住み込んで、使用人をしている自分達。対して、忠誠を誓い正真正銘の使用人であったギンサー。自分達との違いを感じたテルであった。


 ――その日の夜。一日の疲れを流そうと、テルが風呂場にやってくると先客の姿があった。体格を見れば、いやそれ以前に屋敷の2人しかいない男が誰かを考えれば分かるが……先客はギンサーであった。


「ご一緒して?」

「もちろん、どうぞどうぞ」


 ギンサーと一人分間隔を空けた位置で湯に浸かるテル。裸の獣人を横目に、テルの視線は必然的に獣耳と尻尾を注視してしまう。獣人の特徴たる箇所を、間近で見るのはテルにとって初めてであった。


「気になるなら触ってみますか?」

「いえいえ、気になるなんて滅相も無い」


 獣耳と尻尾、それは獣人がヒトでは無い証拠。たったそれだけの差異で物として、奴隷として扱われる。そんな部位をまじまじと見るのは失礼極まりないと、テルも気付いてはいた。


「テルさんは私のこれ、どう思いますか? 耳と尾……」

「どうって言われましても…… その…… 立派だと思います」


 言葉に詰まった挙句、見当違いな言葉を発してしまったテル。そんなテルの言葉にギンサーは笑い出す。


「立派だなんて言われたのは初めてです。なかなかいい具合でしょ?」

「そうですね、そうです、立派です!」


 尻尾と耳を器用に動かして見せるギンサー。シビアな質問を上手い事切り抜けたテル。その後テルがフィーネの屋敷にやって来た経緯などを話しながら、思わぬ長湯となる。風呂場を出ると順番待ちで、散々待たされたルビーとフィーネに怒られるテルとギンサーであった。


 ――ギンサーが屋敷に戻って来て数日。テルは勿論のことルビーもギンサーと距離を縮め、使用人同士の仲も深まった頃。使用人の3人衆はフィーネの部屋に招き入れられた。


「ギンサー、そこに掛けて」


 フィーネは向かい合った位置にギンサーを座らせる。フィーネが神妙な面持ちで告げる。


「ギンサー、あなたはクビよ。今日限りで解雇です」

「えっ…… ど、どうしてですか……」


 あまりにも突然の通告に、泡を食うギンサー。頭上の耳から力が抜けていく。

 フィーネの言葉を聞いていたテルも思わず口を挟む。


「ギンサーさんは使用人として素晴らしい働きを見せています。俺なんかよりもよっぽど…… なのにどうして?」

「勘違いしているようだけど、そういう意味じゃないの」


 テルのお節介にフィーネが真意を打ち明かす。


「クライエ家が崩壊してから、他の使用人達にはフィーネから解雇通知を出したの。使用人達が屋敷を出て自由に次の職へ就くためにね。でも、あなたには正式な解雇を伝えられていれなかった」

「フィーネ様……」

「ギンサー、あなたはこれで明日からクライエ家に縛られない自由な身よ。自由とは言ってもそこのテルが権利上の所有者だから、テル次第だけど」


 フィーネのクビ宣言は、ギンサーをクライエ家から解放する為であった。


「でも、私はそれでもフィーネ様の下でこの家を支えたい」

「言ったでしょ、もうクライエ家はギンサーの主人ではないの。権利上の所有者、いいえ主人はその人なの」


 そう言い放ったフィーネはテルへ視線を向ける。テルは自分に向けられた視線を察し、口を開く。


「ギンサーの主人として命じます。ギンサーさん、クライエ家での使用人としての引き続きの奉公を命じます。これは所有者としての命令です。だそうですよフィーネさん?」

「”だそうですよ”って、自分で言っておいて…… まぁギンサーの事だからこうなると思って、これを用意しておいたわ」


 フィーネは卓上に伏せていた何かの書類をテルに差し出す。


「所有権の譲渡書。お父様の書斎から探し出しましたの。ここに互いの署名をすれば権利上の所有者を変更できるわ。ギンサー、あなたはテルに着いて行って、外の世界へ飛び出すこともできるのよ。それを蹴ってでもこの屋敷に残る、本当いいのね?」

「ごめんなさい、テルさん。わがまま言って。でも私は……」

「それ以上言うなって。良かったじゃないか、ギンサーさん」


 テルとフィーネは署名を交わし終えると改まって、ギンサーがフィーネに頼み込む。


「フィーネ様、私めギンサーを使用人として雇ってください」

「はい。あなたをクライエ家の使用人として向かい入れます、ギンサー」


 解雇通知から一転しての雇用通知。ギンサーの使用人としての活躍はこれからも続きそうである。

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