39.貴族娘のちっぱい
街までおつかいに行った晩。テルは風呂に浸かりながら、散々だった一日を思い返し、疲れを癒す。
普段内気で恥ずかしがりで、自分の裸を晒すなんて考えられないルビーが、あんな奇行に走るとは…… あの店のブランデーケーキ、恐るべし。それにあのルビーらしからぬ、不健全な下着はなんだったんだ。いや普段から女の下着を見慣れているわけでは無いが……
街の連れ込み宿で起きかけた事故を思い返しつつ、誰もいない広い風呂場で独り言を呟いていたテル。
突然、風呂場の扉が何者かによって開けられた。”何者”とは言ってもこの屋敷の住民は3人しかいないので、ルビーかフィーネのどちらかである。とりあえず、なんだ、これで裸体を見たとか因縁付けられたら厄介だ。こちらに近づいてくる姿が見える前に、テルが背を向けると何者かが話しかけてくる。
「あらっ?テルも入っていたの?ご一緒しても?」
「あれ?おかしいなぁ…… 今の時間帯、風呂場は俺に割り当てられている筈なんだけどなぁ」
声の主はフィーネであった。テルは正当な理由を盾にしつつ、すっとぼけた様子で応対する。屋敷の風呂はテルとルビーが住み込む事が決まった段階で、男と女の時間帯を別けていた。テルの言い分は全く持って正当な筈。
「そうだったかしら?でも、そんな事どうでもいいじゃない」
「いやいや、どうでも良くないですよ……」
「フィーネに出ていけというのですか?もう脱いでしまったのに?湯に浸かって体を温めるのを楽しみにしていたのに?」
「いや、そういう訳では…… あっ、そうだ。用事を思い出したんでもうあがりますね」
フィーネは今更、風呂場から退場する気は無さそうだ。それならば簡単な話、テルが出ていけばいい。しかし間髪入れずフィーネが命ずる。
「では、クライエ家の主人として命じます。今夜はフィーネと一緒に入っていただきます」
「えぇぇぇぇ!ちょっと、何の意味があってそんな」
テルが反論するよりも先に、フィーネが入水した事により湯が溢れ出す。そして湯を押し退け、テルの背へと接近する。
(まずい…… まずい…… どうしてこんな事になってるんだ)
「テル……」
フィーネが直ぐ真後ろからテルを呼ぶ。
振り返ったらダメだ、振り返ったら……
テルは振り返ってはいけないと自らに言い聞かせ、何が何でも振り返らまいと力む。
フィーネはテルの後ろで膝をつく。後ろから両腕でテルに抱き着くと、お世辞にも大きいとは言えない女性のソレを押し付ける。そして、耳元で囁く。
「フィーネはね。この家の血統を途絶えさせたくないの」
「えっ、そ、そうなんですね」
体を上下に揺すり、フィーネは自らの胸を擦り付ける。両腕でホールドされ完全に逃げようが無く、背中にはフィーネの乳頭が当たる感触を味わうテル。この危機的状況下でテルはようやく気づいた。
この奇行、夕方のルビーと同じくブランデーケーキが原因だ。食後に機嫌よく食していたアレだ。フィーネもケーキに当てられたのだろう。なんて迷惑なケーキなんだ……
テルがそんなことを考えている間にも、フィーネは成長途上の身体を押し付け囁く。
「フィーネとテルの間に子を授かれば…… この家だって廃れずに済むわ……」
「そ、それは」
「ダメ……かしら?」
フィーネの両手がテルの身体を弄りながら、急所へと近づいていく。自分の中の何か大切なものが崩れ去り、奪われようとしているテル。もう、なるようになれ……
風呂場の扉が再び開かれる。なんと、このタイミングでルビーまで参戦か。こんな光景見られたら合わせる顔も無い。その点はフィーネも同じだったようで、ルビーが入ってきたことに気付いた瞬間、テルの頭を押さえ浴槽の底へ押し付ける。
「あっフィーネさん。私もご一緒していいですか?」
「ごめんね。フィーネこの後所用があるの。先に上がるわ」
「そうですか」
「どうぞごゆっくり……」
フィーネはテルを水底に押し付けたまま、ルビーを誤魔化す。そして、ルビーがシャワーを浴び始めたのを見計らって、フィーネは風呂場を退散する。溺れたテルを必死に引きずりながら……
その後テルがフィーネに風呂場での一件についてそれとなく尋ねたところ、まったく記憶に無かったという。恐るべきブランデーケーキの酔い……
――――――――
まさか一日で二人の女の子に言い寄られるとは思ってもいなかったテル。二度の修羅場に疲弊した翌朝。ルビーもフィーネも自分達が起こしたかけた危うい行動、ふしだらな行為を覚えている様子も無くテルと朝食を共にしていた。
3人揃って朝食を平らげ、いつもの様にフィーネが食後の紅茶を用意するのかと思いきや、フィーネは深刻な面持ちをしていた。テルとルビーもフィーネの表情を察し、姿勢を正しフィーネを見つめる。
「今からあなた達に使用人の主人として、もの凄く嫌なお願い事をしてしまうかもしれない。嫌なら断ってくれてもいいの……」
「嫌なお願い事?」
フィーネは慎重に予防線を張り、テルとルビーに何かを頼もうとしていた。フィーネの言葉から察するに、拒否権も与えられているようだが、まずは依頼内容に耳を傾けるテルとルビー。
「獣人って知っているわよね?」
「えぇ…… 今まで、いろんな街を回って来たんでそれなりには」
フィーネの口から出てきたキーワードは”獣人”であった。テルが答える横で、ルビーも小さく頷いている。テルと常に行動を共にしてきたルビーも、同じように獣人を目にしてきた。獣人に対しては同じような感情を抱いていた。
「獣人達の事をどう思う?」
「悲惨。悲惨でした。魔法使いへの弾圧と同じ。いや、獣人の奴隷制度は今なお続いている……」
イリアヒルで目の当たりにした獣人の一件がテルの頭を過る。悍ましい光景を思い出し、言葉が上手く紡げず、自分の意見を口にすることもままならない。テルは自分に落ち着くように言い聞かせ、一言一言ずつ言葉を紡ぎ自分達が見てきた物をフィーネに伝えた。ルビーはテルの隣で終始俯き加減であった。
「そう。あなた達も相当悲惨な現実を目の当たりにしてきたみたいね」
「そうですね、できれば関わりたくないですね」
「関わりたくない…… そうね。でも、それを承知でお願いするわ」
テルの言葉を全て耳にし、それでもフィーネは依頼を口にする。
「奴隷商人から、とある獣人を取り戻してほしいの」
「奴隷商人?取り戻す?」
フィーネは一から十まで奴隷商人が何なのかをテルとルビーに説明した。奴隷商人は所有者がいない獣人、もしくは所有者が手放した獣人を売買している商人である。獣人以外の奴隷売買は国が禁じているため、商人が扱うのは獣人だけだという。国が魔法使い根絶宣言と同時に、獣人は人間と同じ扱いではないと宣言をしたため、今の奴隷制度が確立された。
「取り戻すというのは語弊があったわね。冒険者として武力を使って取り戻してほしいってわけじゃないの。正確には買い戻すと言うべきね」
「さっきから取り戻すとか買い戻すとか言ってますけど、この屋敷に居た奴隷なんですか?」
「世間での扱いで言うのであれば”奴隷”ね。でも、クライエ家はその獣人を奴隷だなんて一度も思ったことは無いし、他の人間と同じ”使用人”として雇っていたの」
フィーネの父親であるクライエ家当主が健在だった頃には、人間の使用人の他に獣人の使用人も屋敷にいたのだという。しかし当主の死を聞きつけた奴隷商人が屋敷を訪れ、獣人を連れて行ったのだと。
「獣人とは言え、クライエ家の使用人だった。なのに何故、奴隷商人が勝手に連れて行く権利があるんですか。おかしいですよねそれ……」
「獣人を仕えたことが無い人にとっては理解に苦しむところね、テル。獣人を扱えるのは所有権を持つ人間だけ。クライエ家の場合、父親が所有権を持っており所有者だった。父親が亡くなった時点で、獣人の所有権はクライエ家から無くなっていた。そうなれば、獣人は所有者がいないモノ扱い。奴隷商人からしてみれば道端に生えてる野草と同じで、勝手に連れ去ってもなんら問題が無いの」
「いくら何でもあんまりですよ……」
「そう、使用人としてクライエ家の大切な、家族同然の人だった。それを獣人という理由で引き裂かれて…… この話、嫌なら断って。これはあなた達が来る前のクライエ家の問題であって、本来あなた達に迷惑をかけるべき問題でないもの……」
「その依頼、俺は果たします。ルビーはどうする?」
「もう、聞かなくたって分かるでしょ。私はテルといつも一緒だよ?」
フィーネのお願いとあらば断る理由も無い。何より自分達の力添えで、フィーネの心が少しでも晴れるのであれば協力したい。依頼を受けると決めたところで、フィーネから詳細な依頼内容を確認する。
フィーネは奴隷商人に顔が割れているので、同行できないという。加え、テルとルビーぐらいの年齢、謂わば少年少女が奴隷を求め、奴隷商人に接触するのはあり得ないという。対策としてフィーネは、自身の幻惑魔法の能力を使い、テルとルビーの容姿を変える。幻惑の能力によって二人は、金を持て余していそうな夫妻へと姿を偽った。
「本当に無理言ってごめんなさい。あなた達はおそらく、もの凄く嫌なものを目にすることになると思う……」
「最終的に、自分達の意志で決めたことです。気にしないでください」
「うん…… 行ってきますフィーネ」
フィーネが謝り、テルがフォローし、ルビーが別れ際に一言発す。テルとルビーは奴隷商店へと向かい、屋敷を後にする。フィーネの口にした”もの凄く嫌なもの”が何なのかも知らず……




