36.強大すぎる力
クライエ家の使用人、そしてフィーネのお友達として屋敷に住み込み始めて数日。テルもルビーも大分、貴族屋敷での生活に慣れてきた。ルビーは炊事に加え、洗濯、掃除、フィーネの着付けまで幅広い手伝いを任される。
テルは主に外仕事。屋敷の修繕だったり、庭園の手入れ、街への買い出し。加え、畑仕事なんかも熟している。屋敷の裏庭は畑になっており、フィーネが丹精込めて育ててきた自家栽培の野菜が実っている。おかげで、基本野菜は自給自足で3人分の生活は事足りている。貴族にもかかわらず、手間暇かけて畑仕事に励んでいたのは、フィーネの数ある趣味の一つなのであろう。
ある日の昼時、いつものように長テーブルの端に寄って昼食を摂る3人。他愛も無い会話の最中、フィーネが唐突に尋ねてきた。
「ところで、ルビーさんが使える魔法能力って何なのかしら?」
「雷です……」
「イカヅチ?」
フィーネは首を傾げる。
「雷、つまりカミナリの事です」
「そんな事言われなくても分かっているわよ、テル」
テルの補足を突っぱねるフィーネ。そしてフィーネは興味に満ち溢れた表情でルビーを凝視する。
「……見ますか?」
「ぜひ!」
「では、外に行きましょう……」
「えっ、ここじゃダメなの?」
フィーネはルビーの力を、食事の場を盛り上げる手品レベルの物だと思い込んでいた。
「そうは言っても、電光が地を這って相手を気絶させる程度でしょ。書物で読んだことがありますわ。部屋の隅に置いてある銅像目掛けて撃って構いませんわ」
「どういう書物ですか、気になるんで今度読ませてください。 ……って、そうじゃないくて。せっかく俺が修繕してるのに、屋敷が破壊されてしまいますよ」
「そんなに凄いの?余計に見たくなってきましたの」
フィーネの表情は新しい物を目の前に興味全開な子供の如く輝いている。実際にルビーの力を見せなければ、気が済みそうにない。そんなこんなで、半ば主人の命と有れば断りにくい立場な使用人。フィーネを連れて、屋敷近くの開けた場所へとやって来た。
「本当はあまりルビーに力を使わせたく無いんですよ。魔力中毒とか言うのを起こすんで」
「その心配は無いと思うの。魔力中毒というのは相当な魔力を使わなければ起きない。一回や二回で魔力中毒を起こすのであれば、極めて強力な魔法。加え、余程魔力の扱いが下手な人なのでしょうね」
目を瞑り、集中力を高めているルビーの背後でテルとフィーネは小声で話していた。
「フィーネさん、そろそろですよ」
「楽しみね」
「いいから、耳塞いで目も瞑ってください」
「それじゃ見えないじゃない?」
テルに言われるがまま、フィーネが渋々耳を塞いだタイミングで雷が落とされた。
「やっぱすごい迫力だなこれ。そんでもって、五月蠅いし……」
「…………」
「どうでしたフィーネさん?」
「…………」
凄まじい雷鳴でフィーネの耳が壊れたのかと心配するテル。テルがフィーネの眼先で手を振ると、ようやく我に返ったフィーネ。
「なんですか、今のは……」
「フィーネさんが見たがっていた、雷の力。ルビーの魔法ですよ」
「フィーネはこんな強力な魔法見たことが無いの。軍が注意人物として捕えようとするのも無理は無いわね」
「他の魔法使いに比べて、そんなに凄いんですか?」
「そうね、私の知る限りでは……」
雷の落とされた大樹は綺麗に裂け、土埃の下で太い木の根が露わになっていた。確かに今までになく、今回の雷は強力であった気もしたが、テルにとっては見慣れたルビーの力。他の魔法使いの攻撃的な魔法を見たことは疎か、書物で読んだことも無いテルにしてみれば、客観的な判断はできない。もっとも、人間が作り出す武器よりも殺傷能力が高いのだけは明らかであった。
雷を撃ち終え、テルの下へと歩み寄ってくるルビー。テルが心配していた通り、ルビーの眼は赤く染まり魔力中毒を起こしていた。フィーネもそれを見るや否や、血相を変えテルに命じる。
「テル屋敷に戻るわよ。ルビーさんを抱えて差し上げて」
テルがしゃがみ込み、ルビーを背負うとするが。
「大丈夫だよ、そんなことしてもらわなくても。恥ずかしいし……」
「いいから、ルビーさん大人しく背負われていきなさい」
「でも……」
「主人として使用人に命じるわ」
都合良く主人としての権限を行使するフィーネ。
恥ずかしい表情を浮かべつつも、テルの背にしがみ付き屋敷へと戻るルビー。
――その日の晩。ルビーの部屋へフィーネが紅茶を手土産に訪れていた。
「ルビーさんの能力には驚きました。極めて強力です。故に今後使うべきではありません」
「どうして?」
「雷を打つと眼が赤くなり、意識が朦朧としたこと、ありますよね?」
「うん……」
「それは魔力中毒と言って、身体的限界を超えて魔力を使った場合に起きる現象なのです。私も研究者では無いのでそこまで詳しくありませんが、身体に負荷が掛かっていることは間違いありません」
「でも、護らないと……」
「護る? 何をですか? あれだけの力を使ってまでして、何を護りたいんですか?」
「テルの事を…… 村を追い出されたのも私のせい、テルを危険な目に何度も巻き込んだ。だからせめてもの罪滅ぼしに少しでも、テルの力になりたい……」
フィーネは角砂糖がたっぷり入った紅茶を飲み干すと、カップを受け皿の上にもどす。
「くだらない、実に下らないわ」
「どうしてですか!?」
”下らない”というフィーネの言葉が癪に触れたのか、ルビーは声を張り上げ立ち上がる。それこそ、幼馴染のテルにすら見せたことの無い気迫で。
「確かに事の発端はルビーさんの力だったかもしれない。でも、彼があなたの事を迷惑がったことが一度だってあったかしら?」
「それは……」
「ルビーさんが近くにいるだけで、テルの支えになっている。口には出さないだけよ」
「私が支えに……」
「テルはルビーさんの事を心配しているの。これ以上力を使ってテルを心配させないことね。使用人の主人として命ずるわ」
「…………」
黙りこむルビーを横に少し気まずくなるフィーネ。歳に似合わず、説教染みた事を口にしてしまったと気付き恥ずかしくなる。それでも自分の考えを言い切ったのは、貴族の血を引く者としてのプライドからだろうか。尚も黙り込むルビーにフィーネは提案を持ちかける。
「クライエ家の残された主人としては魔法の使用を戒める。けど、ルビーさんのお友達のフィーネとしては力になる。これでどうかしら?」
「お友達として力になる?」
「そう、フィーネに出来る事なら協力するし相談にも乗るわ」
友達として相談に乗るという言葉に、今まで抱え込んでいた悩みを打ち明け始めたルビー。色恋沙汰や女の子としての悩み…… という方向性では無く、自分の能力についての悩みをフィーネに打ち明ける。精度が低く混戦状態では味方に当たりかねない、雨天の状況下では不用意に使えない、威力を調整できない。それは以前テルからも指摘されていた点であった。
「それらの原因は力を十分に制御できていないからね。ルビーさん雷を撃つ時に、魔力を抑制したりしないの?」
「魔力を抑制?よくわからないけど、できないと思う……」
「はぁ…… なるほどね、だから1回力を使っただけで魔力中毒を……」
フィーネは溜息を漏らす。魔力を抑えるという概念自体、ルビーは持ち合わせていなかった。ルビーは今まで自分に備わった力を使っていた、ただそれだけだった。
「どうすれば自分の思い通り、力を抑えることができるの?」
「これと言って方法は無いわ。こればっかりは感覚を掴むしか無いの、何回も積み重ねて…… 特訓、特訓あるのみね」
「特訓、付き合ってくれる?」
「友達として付き合いますわ。さて、随分と話し込んじゃったけど、もう夜も遅いし続きは明日にしましょう」
「はい……」




