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31.急襲

 涼しい風の流れる部屋……

 揺れる部屋……

 楽しそうに窓から外を眺めているこの子は……誰?


 ――――――――


 全く見覚えのない場所なのに、鮮明に映る景色。夢にはいつも同じ男の子が出てくる……


 時々見る奇妙な夢でルビーは目覚めた。しかし、今回の夢はいつになく不吉な予感を、ルビーに感じさせていた。


 既に窓の外は暗闇で包まれている。ルビーは宿に帰ってきてから疲れて少し眠ってしまったようだ。

 やがて、夕食を知らせる鐘が鳴り食堂部屋に向かおうとすると、テルと廊下で鉢合わせた。


「おはようルビー。って朝じゃないか…… 夕食前なのに少し眠っちまったみたいでさ」

「私も……」

「それでさ、いつものアレ。頭の中に直接語り掛けてくる声をまた聴いちゃって、寝起きが悪いのなんの……」

「私も……」

「奇遇だな、ルビーも変な夢を見たのか?」

「うん。何か不吉な予感がする……」


 二人が食堂部屋に着くと、既にテーブルには夕食が並んでいた。


「あら、遅かったじゃない。二人とも寝てたのかしら。早く夕食にしましょう」


 シグレに促され、食事を始めるテルとルビー。今夜も相変わらずシグレの作る料理は不味い。ふと、食材店で購入した例の食材を思い出し、口が止まったテル。


「シグレさん、もしかして今日の夕食。あの食材入れてませんよね」


 あの食材が何なのかをテルは明言しなかったが、ジェスチャーでそれっぽいモノを表現して見せた。


「あれね。入れてないわ。そんな高級食材毎日なんて使っていられないわ」


 その言葉を聞き、テルもルビーも胸を撫で下ろした。しかし、ゲテ物が入っていないとは言え、味は最悪以外の何物でもない。今夜もやっとの思いで夕食を平らげたテルとルビー。

 食後の口直しにティーでも貰おうかと思った矢先、受付の呼び鈴を激しく鳴らす人影があった。


「シグレさん、お客が呼んでるみたいですよ」

「そうね、様子を見てくるわ」


 シグレは席を立ち、さらに一言付け加えた。


「そうそう、君の弓と剣。私がさっき調整しておいたの、お代はいらないわ」


 いつの間に持ち出したのか、テルの弓と剣をテルに差し出し、受付の様子を見に行ったシグレ。


「俺が寝ている間に? 調整してくれるのはありがたいけど、よくわからないな……」


 テルがボヤいていると、宿の名物こと黄色いインコがルビーの頭上に留まり喋り出した。


『ヤバイキャク ガ キタ!ヤバイ!ヤバイ!ニゲテ!ニゲテ!』


 ――――――――


 その頃受付に顔を出したシグレは。


「ここの宿の経営者ですね?」

「えぇそうよ。こんな時間に何のご用かしら、軍人さんが」

「この二人の身柄を拘束に来た、速やかに居場所を教えなさい。これは軍からの命令である」


 受付には軍人が数人押し寄せていた。軍人の一人が身柄拘束指令の書類をシグレに差し出す。


「任務責任者…… グラド…… あら、久しぶりに聞く名ね」

「そうだろ、こんな形で再会することになろうとはな、元特殊部隊のシグレ」

「親しい仲でも無い女性に向かって呼び捨てとは、紳士的じゃないのねあなた」


 受付前にできた人だまりをかき分け、姿を現したのは治安維持部隊のグラド総司令官であった。グラドがお気に入りの葉巻を取り出し咥えると、部下がすかさず火を灯す。深く煙を吐いた後に、再び口を開くグラド。


「正直お前とは争いたくない。お前と軍の間には不可侵協定も結ばれている、ここは平和的に済ませようじゃないか」

「そうね、平和的に解決すべきだわ。だからあなた達にはお帰り願おうかしら。ここから先は宿代を払ったお客様だけが入っていいスペース。それとも、宿代払って泊まっていく?」

「はぁ。軍人とは言え俺にだって娘がいるんだ、お前と争って娘の姿を二度と見れなくなるのはごめんだ」

「ならお引き取り願うわ。最後の忠告よ」

「今回の任、これは国王から直接お達しのあった指令だ。交渉決裂だな」


 グラドは平和的交渉の決裂を宣言すると、部下に合図を出す。部下たちは宿の奥へとなだれ込み、テルとルビーの捜索を開始した。


「さて、総司令官になってまで剣を抜くとは思わなかったが、お前相手に全力でお相手させてもらおう。シグレ!」


 ――――――――


 テルとルビーが居る食堂部屋にも、軍人が突入してきた。


「いたぞぉぉぉぉ!食堂部屋だ!二人とも生け捕りにしろ!」


 テルはその言葉を聞くや否や、シグレから渡されたばかりの弓を構え、直ぐに矢を放つ。軍人二人の身動きを封じたがすぐさま応援部隊がやって来た。


「ルビー下がってろ!」


 ルビーを後ろに下げると、テルは剣での応戦を開始する。相手は軍人、しっかりと叩きこまれた剣技は突破口が見いだせない程に完成度が高い。それでも特訓の際に相手にしたシグレに比べれば遅い、動きが遅い。シグレが直前に調整したという剣はいつも以上に冴えている。テルは剣術でも軍人の身動きを封じる。まるで自分の身体ではないような動きで、剣を裁くことができたテル。シグレとの特訓は確実にテルの剣技を押し上げていた。


「おい、アレ持って来いアレ!」


 テルに苦戦を強いられている軍人がそう言うと、さらに食堂部屋へと軍人が押し寄せてくる。その手には銃が構えられている。

 一度はテルの命を奪い掛けた銃器。こうなってしまえば形勢逆転、銃相手ではどうすることもできない。

 テルは足元で倒れ伏せている軍人の腰に取り付けられた煙玉を拝借し、作動させる。煙玉は一瞬にして大量の煙を部屋に充満させ、全ての視界が失われる。突然失われた視界に、ルビーは咄嗟にテルの手を握る。


「ルビー裏口だ。裏口から逃げるぞ、手を離すな」

「うん」


 テルとルビーは煙の中、間取りの記憶を頼りに裏口へと目掛け駆け出す。それと同時に室内に銃声が響き渡る。


「馬鹿野郎!こんな視界で銃撃つんじゃねぇ!味方に当たったらどうする」

「申し訳ありません」

「表だ表!こっちの出口から外に出ろ」


 軍人たちも別の出口を使って建物の外へと駆け出す。


 ――――――――


 一方のシグレとグラドも交戦を開始していた。剣と剣のぶつかり合い、グラドの剣裁きはシグレの動きを完全に追従していた。


「随分と剣の腕を上げたようねグラド」

「軍を追い出されたお前と違って、こちとら毎日訓練してきてるんだ。その癖してよ、お前これでも3割ぐらいしか力出してないんだろ?」

「あら3割は言い過ぎよ、2割くらいかしら」

「ふざけんな!こっちはこれで100パーセントだというのに」


 傍から見れば二人の実力は拮抗している、しかし実際にはシグレは手を抜いて相手をしている状態であった。シグレが一気に押し込むと、グラドがふら付き一歩後退する。そのタイミングで剣を捨て、隠し持っていた投げナイフを放つシグレ。放たれたナイフはグラドの足を捉えていた。


「これでもまだ続けるつもり?」

「いてえなぁ。こんな痛い思いするのはいつ以来だろうな。だが、さっきも言っただろ。国王の為にも、娘の為にもこの任務は失敗させるわけにはいかねぇ」


 グラドは歯を食いしばって、足に深く刺さった投げナイフを抜き取る。近距離だったとは言え、シグレの放ったナイフは寸分の狂い無く大動脈を断っていた。


「ずいぶんな出血ね、無理しない方が良いわよ」

「そうだな。一瞬で終わらせる」


 グラドは背負い隠し持っていた銃をシグレ目掛け構えた。


「元特殊部隊の首席と言えど、科学の英知を前にしては無力。この距離で銃の弾を避けるのは不可能だ。悪いがお終いだ」


 躊躇なく引き金を引くグラド。銃口から放たれた鉄の弾はシグレの左胸へ正確に食い込んでいた。

 シグレが着弾の衝撃で吹き飛ばされ、崩れ去った。

 同時にグラドも大量の失血から意識が遠のき、壁を背に座り込む。


 ――グラドは意識が朦朧とする中、シグレの幻を目にした。いや、幻では無かった。シグレはグラドの足を縛り止血処理を施していた。


「おい、シグレ。お前なんで生きてやがる」

「元特殊部隊の首席を甘く見過ぎね」

「どういうからくりだ、弾は心臓に命中した筈なのに」

「これかしら」


 シグレはドレスの露出した胸部に手を突っ込むと、押しつぶされた鉄の弾を取り出した。


「このドレス、紋様があるでしょ。この紋様、対魔獣用の特殊鋼で細工が施されているの」


 シグレの普段着であるドレスには妙な紋様が描かれている。そしてその紋様は鋼、それも魔獣用武器で用いられる”シュピル鋼”による細工なのだという。不可視な速度で打ち出される鉄の弾も、対魔獣用のシュピル鋼には阻まれてしまう。当たり所良さからシグレは命拾いした。


「大した女だ。決着はついた、シグレお前の勝ちだ。これ以上お前とやりあったら、娘の顔が見れなくなりそうだからな」

「そう、良かったわ」

「俺はしばらく療養が必要だな。療養が終わったらまたあの二人を追わないと。あの二人、何処に行くと思う?」

「さぁ知らないわ。巣立っていった雛の行方なんて分からないもの……」


 ――――――――


 宿の裏口から飛び出したテルとルビーは軍人たちに追われていた。軍人たちは銃を持っているとは言え、さすがに一般市民が暮らす街中で使用するわけにもいかない。

 入り組んだ裏路地を必死に駆け回りやっとのことで、軍人たちを撒くことに成功したテルとルビー。


「テルどうしよう……」

「街から出よう。宿に帰ってくる前、街のあちこちで軍人を見かけた。この街にいたら見つかるのは時間の問題だ」

「うん。でもどうやって?」

「あれだ」


 そう言うとテルは狭い裏路地の先、表通りに停車していた乗合馬車を指差す。

 裏路地から少し顔を出し、軍人たちが居ない事を確認。テルとルビーは素早く馬車に乗り込んだ。


「本日最終の夜行馬車、発車します」


 手綱を握った乗務員が発車を知らせると、車輪がゆっくりと回り出し馬車が動き出した。

 テルもルビーもできる限り、顔を見られないように屈む。息も殺す。

 身を屈めているせいで馬車が今どこを走っているのか分からない。時が長く感じる、二人とも早く馬車が街を出て欲しいと願いながら顔を伏せ続ける。


 馬車はやがて、街の出口へとやってきた。そして、話し込んでいる軍人たちの声が徐々に近づいてきている事にテルとルビーは気が付く。

 話し込む軍人たちの真横を馬車が通過したとき耳にした言葉。


「よし、これより各方面の街道で検問を開始する。グラド総司令官より手配中の二人が街の外に出ないよう、警戒態勢を取れとのお達しだ」

「はっ!了解しました!」


 まずい…… 検問が始まる。危機感からテルの呼吸が乱れ、手の平から冷や汗が噴き出る。ルビーも小刻みに震えだす。


「そこ、そこの馬車止まりなさい!検問にご協力を!」


 軍人の制止にもかかわらずテルとルビーの乗った馬車は止まる気配が無い。恐る恐る後ろを振り返ると、検問で止められていたのは後続に続く別の馬車であった。間一髪の差でテルとルビーは検問を脱していた。


 何処に行くとも知らず乗り込んだ夜行馬車は灯りに包まれたイリアヒルの街から、夜の闇が覆う街道へと消えていった。

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