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30.初めてのデート(2)

 郵便交換所での一件後、テルとルビーが目指したのは”特殊な食材”を扱うという食材店。あのシグレが作るなんとも(おぞ)ましい味わいのグルメの謎を解き明かすヒントが見つかりそうだ。


「店主、このメモ書きにある品を揃えて欲しいんだが」

「あいよ、どれどれ。げっ、こりゃシグレの所だろ?」

「えぇ、今日は代理で」

「まぁシグレはウチの常連さんなんだけど。ぶっちゃけシグレの飯はどうだい?」

「「不味いです」」


 店主との交渉をテルに任せきっていた内気なルビーも、同時に同意見が口から零れた。


「ははは、だろうな。今から揃えてくるからちょっと待ってな」


 店主が他人事の様に笑い飛ばすと、メモ書き片手に品をかき集める。その間ルビーは物珍しそうに店内の商品を物色する。


「魔獣の眼球、魔獣の腎臓、魔獣の脊髄粉末…… 性欲増強にお薦め……」


 手に取った商品を見なかったことにし、そっと元の棚へと戻す。少なくともルビー自身が調理を担当するときは、ゲテ物食材は渡されていないので大丈夫であろう。そう信じようと自分に言い聞かせるルビーであった。


「はい、注文の品お待ち。代金計算するから待ってて」


 ルビーが店主の揃えた食材の中でも、太い棒状の食材を手に取り不思議そうに眺めている。


「テル、これなんだろう?」

「俺に聞かれてもな……」


 ふと、テルは嫌な予感がした。以前シグレがとんでもない物を料理に混ぜ込んでいると、本人から聞いたような気がしたのだ。

 それが何であったのか、テルが思い出そうとすると同時に、店主が口を開く


「あぁ、それかい。それはな牛のチ○チンだよ」

「「……」」


 唖然とする二人。

 手に持っていた棒状の食材を真顔で放り投げるルビー。


「嬢ちゃん牛のチン○ンは初めてかい?一頭から一つしか取れない高級食材でな、シグレはよく買ってくんだ」


 テルもルビーも”最悪”を体現するような表情を浮かべていた。そして、こう思うのであった。

(チンチ○が入っているのは百歩譲って許すとしても、その事実は知りたくなかった!)


 ――――――――


 その後シグレから頼まれた買い出しをすべて終えた二人。さて、ここからが本番?シグレの与えた任務は”デートしてきなさい”である。

 村に居た頃からやっていた”ルビーの付き添い”と大して変わらないのに、急に改まって緊張する二人。


「どこ行こうかルビー?」

「うん」

「近くでパフェの屋台が開かれてるらしいから行ってみるか?」

「そうだね」


 何処で調べたのかテルの甘味処情報。

 今度こそはテルと手を繋ぐと心に決めていたルビー。半歩下がった位置から手を伸ばす。そして、繋いだ。


「んっ、どうしたルビー」

「ごめん、やっぱなんでもない。今のは忘れて」


 釈然としないテル。ルビーは慌て手を放し、その顔は熱を帯びていた。

 無言のまま街を歩き続けた二人は屋台が集まる賑やかな広場へとやって来る。広場は人でごった返しており、少しでも離れたら(はぐ)れてしまいそうな程の人だかりであった。

 テルは何も言わずにルビーの手を取る。人だかりで逸れてしまわない様に、しっかりと。テルの背でルビーは少し照れつつも満更でもなさそうな表情でテルについて行く。

 やがてお目当てのパフェを扱う屋台へとたどり着いた二人。


「どれにする?」

「私はこれがいいかな……」

「わかった。お金は俺が出すから、空いてる席を探しといて」

「テルの奢り…… ありがとう」


「いやぁ熱いねぇ君達。カップルさんにはサービス品も付けちゃうよ」


 テルとルビーの様子を眺めていた屋台のおっさんが、話し掛けてくる。おっさんの言葉を否定しようとも思ったテルだが、サービス品を付けてくれるなら黙っておこう。サービス品として贈呈されたのは何かのチケットであった。


「ありがとうございます。なんですかこれ?」

「乗合馬車のフリーパス、一日乗り放題になるチケットだ。今日はデートなんだろ?これ使って二人で楽しんできな」


 屋台を後にしパラソルが刺さったテーブルに戻る。腰を掛け待っていたルビーの下へとテルがパフェを届ける。


「お姫様、パフェをお持ちいたしました」

「ありがとう勇敢なる冒険者さん」


 お互いに揶揄い合いながらも、夢中になってパフェに食いつく二人。空が開けた場所での食事はそれだけで美味しく感じるものだが、パフェ自体も美味であった。


「ごちそうさま。ありがとうね、テル」

「お粗末さま。ところでルビー、いつもと違う色のリボンを付けてるみたいだけど、どうした?」


 テルは宿を出た時から気になっていた事を問う。ルビーのファッションと言えば、幼少期から若草色のリボンで後ろ髪を結ぶスタイル。だが、今日は黒と赤が混じったリボンで後ろ髪を結ってきている。リボンの色が違うだけだが、いつもと異なった印象を受ける。もちろん、普通にお似合いだ。


「……買った。シトラスの露店で。村を出る前日に買ったやつ……」

「へぇそうなんだ。いや、そういう事じゃなくてですね、なんで今日それを付けてきたのかなと……」

「それは…… あの…… テルのバカ!」


 ルビーなりの、デート用ファッションだったのだろうが、テルの聞き方が不用意であった。

 すっかり膨れてしまったルビーにテルがフォローを入れ、別の話題を切り出す。


「これ、屋台のおっさんから貰ったんだけど。今日は最後に街外れの丘に登ってみないか?」


 テルは乗合馬車のフリーパスを一枚ルビーに手渡す。以前丘の麓にある製材所を訪ねた時、いつか観光で訪れてみたいと思っていた場所だ。


「うん、いいよテルが行きたいなら。私はテルについて行く」

「よし、行くか!」


 ――――――――


 陽が傾き始めた頃合い、二人を乗せた馬車はつづら折りの丘を登っていた。頂上に着く頃には綺麗な夕陽が拝めそうだ。

 ”イリアヒル”この街の地名は嘗て、この地域で名を馳せていた貴族イリア家の”イリア”。丘を意味する”ヒル”から付けられている。この街を象徴する存在である丘は街を眺望できる絶景だという。


「終点だよ、お客さん。迎えの馬車を逃すと今夜はここで野宿になっちまうから気を付けな」


 馬車から降り、一番眺めの良い場所へと立つテルとルビー。イリアヒルの雄大な街並み、その奥に沈みゆく色付いた夕陽。名状しがたい美しい景色に二人は見入った。観光名所と言われているのも頷ける。


 景色を眺めながらルビーが手を伸ばす、同時にテルも手を伸ばし握りあう。今度は離さないとばかりにしっかりと強く握り合う二人。


「テル。私ね、村を出て良かったと思えてきたな……」

「そうなのか?」

「うん、お父さんとの別れるのは本当は嫌だったよ。知らない街、知らない人に慣れなきゃいけないのも怖かった。でもね、こうしてテルと二人でいられる。それだけで幸せなのかなって」

「そっか。ルビーも村に居た頃と比べると変わったな」

「そうかな。そんなことないと思うよ」


 夕陽に照らされたルビーの顔は少し恥ずかしさが浮かんでいた。テルからは夕陽に照らされているせいなのか色づいた顔色に見えた。


「魔獣と大司祭の一件。孤児院で厄介になったり、盗賊に襲われたり」

「シグレさんの不味いごはん毎日食べさせられたり、テルが撃たれて死にかけたり」

「獣人の扱いの悲惨さを目にして、強盗も生け捕りにした」


 狭い村にいる限り体験できなかったような非日常を思い返す二人。やがて陽は沈み、宙は星と月のキャンパスへと姿を変えた。


「テル?これからもその…… 私と一緒に居てほしいかな……」

「言われなくともそのつもりだ。ルビーは俺が居ないと何もできないからな」

「もう子供扱いしないでよ!」


 いつまで二人の、この関係が続くかは分からない。だが、ルビーが頼ってくれる限りルビーを護ろうと、テルは改めて自分に言い聞かせる。


「おーい帰りの最終馬車、発車するぞ」


 最終馬車の時間が来たようだ。街に戻れなくなったら一大事、夜景を眺めていたい所だったが馬車に乗り込み、丘を下っていく。


 ――――――――


 整備された街灯に照らされる街、乗合馬車が終点に向かって街を往く。

 日が暮れ、街に戻って来てからあちらこちらで軍人の姿を見かける。いつも以上に軍人がイリアヒルの街に滞在しているように見受けられた。しかしそんな事は気にも留めずシグレの宿を目指す二人。


「ただいま戻りました。シグレさんの依頼こなしてきましたよ」


 テルが荷物をシグレに手渡すとシグレが確認してくる。


「ちゃんとデートしてきたかしら?」

「まぁそれなりには」

「ルビーちゃん、どうだった?」

「楽しかったです……」


 二人の報告を聞きシグレは満足気な表情を浮かべる。


「ちゃんとデートしてきたのね。ところで、子供はもうできたかしら?」

「「はぁ?」」

「できてないの?」


 シグレの唐突な謎質問。この人やはり何かが少しズレているのではないかと思うテルであった。


「デートで子供はできないと思います。たぶん……」


 ルビーも思わずシグレに正論を突き付けた。


「あら、残念。夕食まで少し時間があるから、二人ともシャワー浴びて休んでなさい」


 シグレに促され、二人は部屋へと戻って行った。

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