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28.最愛の娘

 ――都 王宮にて


「国王が御待ちです、こちらへ」

「すまないな」


 昼下がりの都、近衛兵に先導され、王宮内を往く軍人グラドの姿があった。


 グハンドゥーンの都にある王宮。都市部のほぼど真ん中に構えられた王宮はその場所柄、さほど広くはない。とはいえ、そこいらの貴族の屋敷とは比較にならないほどの広さではある。

 王宮庭園の木々は丁寧に剪定(せんてい)され1センチの狂いも無く形が揃えらている。綺麗に磨かれた外壁は、苔の一つすら生えることを許さない。


 普段は態度が大きく部下から恐れられているグラドも、王宮内では背筋を伸ばし軍人たる歩みで王の部屋を目指す。


 グラドは王宮専属の近衛兵に案内され、王の待つ部屋へと案内された。


 部屋の扉が閉まるとグラドが片膝をついて、名乗る。


「正規軍南方支部 治安維持部隊 総司令官のグラドであります」

「そう硬く改まるな。こちらへ来なさい」


 王がグラドを呼び寄せる。王は長テーブルに並べられたワインを試飲し、その味を楽しんでいた。グラドは一礼すると王とテーブル越しに向かい合う位置に着席した。


「君もどうかね?今年のは特に良い風味であるぞ」

「いえ私は、軍務中なので」

「君は硬いのだな」

「王を目の前にしては硬くもなります……」


 王は本題に入る前に、目の前のワインを片付けるように近衛兵に命じる。ワインが片付けられるとグラドとの間に遮るものが無い状態になった。そして近衛兵に退室を命じ、王がグラドへ向け改めて口を開く。


「さて、グラド君。都までご足労であった」

「はっ!勿体なきお言葉」

「だから硬いんだよ君は。伝書は読ませてもらった。私の権限をもってすれば、誰に対してもいかなる命を下すこともできる。だからこそ、もう一度問う。伝書の内容は誠であるか?」

「はい。一切の偽りなき真実であります」


 王は鼻から長い溜息を吐く。


「この一件、民たちに知られる訳にはいくまい。大事にはしたくない」

「私も同感であります」

「現場での任をどのようにするかは君達、軍に任せる」

「はい……」


 王の表情が一気に引き締まり、口を開く。


「王の名において命ずる、速やかに身柄拘束作戦へと移行しなさい」

「この命に代えても、果たさせていただきます」

「相変わらず硬いな君。だが、今回の一件は隣国との緊張状態にも影響を与える」

「隣国……ライツベルト公国ですね」

「然様。ライツベルトの手に魔法使いが渡るのだけは阻止せねばならん。この件が知られてもならぬ。それが叶わなければ、事実上の長期休戦状態に亀裂が入りかねん。しっかりと務めるように」


 互いに多忙な王とグラドが交わした言葉はそう多くなかった。

 グラドが席を立ち、一礼すると同時に近衛兵二人が扉を開きグラドの退路を準備する。

 部屋から立ち退き、扉が閉まるとグラドは胸をなでおろす。相手にしていたのは国のトップに立つ者。グラドほどの地位に就いても、直接お会いすることなど一生のうち無いに等しいような存在である。


 生きた心地を取り戻しながら王宮の正門を出ると、グラドを待つ少女の姿があった。


「待たせたなアリス」

「もう、お父さん遅い!」


 グラドの一人娘にして最愛の娘、アリスが出迎える。一軍人とて、娘の前では優しい父親に化ける。外見に似合わないような優しい表情で娘と並んで歩む。

 一方の娘アリスは父親を長い事待ちぼうけていたようで、ムッとした表情を滲ませる。


「ずっと待ってて疲れたんだから」

「ごめんよアリス。ほら、父さんが負ぶってやる」

「私もう、子供じゃないんだからやめてよ!」

「すまない……」


 娘のアリスは都の名門校に通い寮暮らし、グラドは南方地域で軍任務にあたっている。故に、親子水入らずで過ごす機会は滅多になく、外見以外で娘の成長になかなか気付けない父親であった。


「アリス、学校はどうだ?少しは友達ができたか?」

「酷い!友達がゼロみたいな言い方。いるよ、できたよ友達の一人くらい」

「そうか、ならもう寂しくないな」

「そう友達がいるからね。でもねお父さん……やっぱりお父さんとはもっと会いたいかな」

「そうだな、アリスはお父さん大好きだもんな」


 下らない揶揄いにアリスは顔を膨らませて、柔らかい拳でグラド腰を叩く。可愛げのある仕草で。


「悪いなアリス、しばらく忙しくなりそうなんだ、大きな任務を国王から託されてな。暫く都には顔を出せそうにないんだ」

「ふーん、お父さんはなにより仕事が一番大事だもんね。軍人さんだから。そう、偉い偉い軍人さんだから」


 アリスはできる限りの皮肉を込めた喋りで、言い返した。


「勘違いするなアリス、寮の宿泊費は誰が稼いだ金で払ってるんだ?」


 何の捻りもない大人の感情を口に出してしまったグラド。言葉を間違えたと思ったのは口から言葉を出し切った後だった。


「お父さんが、遠くに行かなければ一緒の家で暮らせて、寮にだって入らなくて済む、だからお金も払わなくていいもん。お父さんが悪い!」


 時に子供の意見は論理的で、大人は大人の事情を感情に包み込んだ威圧でしか反論できなくなる。しかしグラドはかわいい娘に対しそこまでの過ちは犯さなかった。


「そうだな、父さんが悪かった。この任務が終わったら、都近辺に転属を願い出てみる」

「わかればいいのよ」


 素直に謝り、娘の機嫌を丸く収めることに成功したグラド。

 んっ待てよ”この任務が終わったら”この言葉は何か引っ掛かりを感じる。無事終わらない方向へと理を歪める言葉ではないのか……


 その後グラドはさらに娘の機嫌を取るために、カフェへ足を運び大好きな甘味物を御馳走した。

 カフェの店先、日除けパラソルの下、甘味を口にし満足げな表情を浮かべる娘を見て父親もまた満足げな顔になる。家族水入らずの時間を過ごしていると、アリスの名を呼ぶ声がグラドの耳に入る。


「アリスー、アリス!」


 アリスと同じ制服を来た少女がアリスの名を呼んでいた。どうやらアリスにできた友人のようだ。


「後はお父さんにあげる。じゃあね!」


 アリスは食べかけの甘味をテーブルに置いたまま、スカートを(なび)かせ駆けていく。

 グラドはまだ話し足りない気持ちであったが、続きはまたの機会にしようと自分に言い聞かせる。次に会った時の楽しみにと……

 アリスと友人が仲睦まじく話しながら、遠ざかっていく背を見ながらグラドは残された甘味を口に運ぶ。


「うっ、甘いなこれ…… 堅苦しい軍人の私には甘すぎるな……」


 成れない甘さに一口ずつ甘味を減らしていくグラド。

 そんな刹那、店員メイドがやってきて、領収書をグラドに手渡し支払いを促した。


「んっ、やけに高いな」

「はい、こちら当店自慢最高ランクのプレミアムパフェですので」

「最高ランクって…… アリスのやつめ、ちゃっかりしてるな」


 グラドは苦笑いを浮かべつつ、お代を支払い都を後にした。

※今回登場したアリスは今後暫くの間再登場しませんが、物語の重要キャラなので頭の片隅に置いていただければ幸いです

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