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26.稽古

「「復活おめでとうー」」


 テルの回復を祝う祝賀会を、宿の食堂部屋を貸し切りルビーとシグレが催していた。


 生死の狭間を彷徨ってから数週間、テルの身体は回復し、以前と変わりない具合にまで復活。これもルビーとシグレの看病あってのことだろうか。


「テル、もう痛いところは無い?大丈夫?」

「あぁ、ばっちりだ。心配かけたなルビー。早いところ体力付けて、また稼ぎに出ないとな」

「そうね、がんばって稼ぐことね。看病代、高いツケになっているわよ」

「えっ! シグレさん、本当に払うんですか看病代?」

「……嘘よ」


 相変わらず話に嘘をねじ込むのが好きなシグレ。そんなシグレが手を振るい、祝賀会用のディナーを準備してくれた。本来なら喜ぶべきところではあるが、如何せん悪名高きシグレの手料理である。


「今日は特別ディナーよ、思う存分楽しんでちょうだい」

「あははははははは……」

「普段あまり手に入らない、高級食材も使ってるからしっかり食べて体力つけることね」

「高級食材? 高級食材……」


 高級食材という単語に、何か悍ましい記憶がテルの脳裏に蘇ろうとしていたが、思い出せなかった。

 何故だか食してはいけない気もしたが、シグレの手料理を残すわけにもいかないのでいつものように、味わわない様に喉を通す。咀嚼せずに食事を飲み込むテルを目に、ルビーは心配そうに見つめる。


(あれ? いつもの味じゃない。シグレの味じゃない)


「テル美味しい? 今日は私が全部任されたから、私の手料理…… 口に合わなかった?」


 ルビーの告白を聞きテルは手の平を返したかのように、味わうように口の中で噛みしめ、料理を次々と口に運ぶ。

 美味しい、最高においしい。シグレの料理じゃないからというのもあるが、ルビーが作ってくれたという事が重要だ。

 テルが料理に食らいつく姿を目に、ルビーは満足げな表情を浮かべていた。


「ルビーちゃんがねどうしても君の為に料理をしたいって言うから、今日は全部任せたの」

「シ、シグレさん…… それは言わない約束だったのに」

「そうだったかしら?」


 シグレお得意のすっとぼけはルビーに対しても容赦無い。ルビーは少し顔を赤らめる。


「ありがとうなルビー」

「うん」


 恥ずかしそうな顔をしながらも、テルに礼を言われ笑みを浮かべるルビー。


『フッカツ! フッカツ! オメデトウ! ソノ リョウリ ヤバイ ショクザイ ハイッテル!』


 ここのところ、久しく見かけていなかった黄色い居候こと、黄色のインコもテルの回復を祝うかのように上機嫌に喋っていた。


 ルビーの素晴らしい手料理はあっという間に平らげられた。ルビーが食後の紅茶を持ってきてくれた所で、思いつめた様子のテルが話題を切り出す。


「シグレさん単刀直入に言います」

「君、急にどうしたの?告白か?」

「いやいや、そうじゃなくてですね」


 今から真面目な話をしようとしていたのに、シグレにお茶を濁されたテル。

 ルビーも告白という言葉に反応し、何かの感情を抱いたかのような表情でシグレに視線を送る。


「お願いがありまして」

「私で力になれることなら」

「剣を教えてほしいんです。稽古をつけてもらえませんか?もちろんタダでとは言いません」

「剣ねぇ……」


 自分が口を挟むような話題ではないと察したルビーは、気を効かせて厨房へと入り後片付けを始めた。テーブルを挟み向かい合ったテルとシグレが話を続ける。


「俺、思ったんです。弓はともかく、剣技に関しては全くできていないと。今の技量じゃ近接戦になったときに打つ手が無くなる。そんな危機感を動かない身体なりに数日間(いだ)いていたんです……」

「そう。でもなんで私に頼むのかしら? 冒険者仲間にでも付き合って貰えばいいんじゃないの。私は変哲もない一般人よ」

「シグレさん、まだそれを言うんですか。この際、教えてくださいよ、シグレさん元は何をしていたんですか……?」

「軍にいたわ」


 ついにシグレが過去の経歴について口を開いた。それも拍子抜けするほどあっさりと。


「軍にいたのは短い間だったけど、それなりに得るものはあったかしら」

「唯の女軍人じゃないですよね」

「あまり詳しくは言えないけど、特殊な部隊で特殊な訓練は受けてきた。でも、ちょっと問題を起こして追放される形で、軍を離れてね」

「追放……」


 テルが前々から抱いていた憶測通り、シグレは軍で特殊な何かに関わっていた。最後に追放されたというのがものすごく気になるが、触れてはいけはいけない気がし触れないようにする。


「軍を離れた後、軍とは互いに不可侵協定のようなものを結ばされたわ。高々女一人に対し軍全体に適用される不可侵協定を結ぶとは、驚いたけど」


 テルは確信した。この人、シグレを敵に回せば軍という大きな組織を持ってしても手に負えないと。


「なんかシグレさんがそんなにも凄い人だと知ったら、僕みたいな一冒険者が稽古をお願いして良い相手じゃないなと……」

「そうね」

「でも、引き下がりません。相手がシグレさんじゃないと意味が無いんです」

「どうして?」

「次にこれほど強い人に逢える機会があるとは限らない。今目の前に、考え得る限り最も強い人がいるなら、その人に稽古をつけてほしいです」

「君にとっては厳しいかもしれないわよ。私の稽古は」

「お願いします」


 一瞬冷静になるも、引き下がるつもりは無かったテル。シグレは半ば稽古をつけてくれる事を承諾する。そして明朝、街の外れまで来るように言い残し食堂部屋を去って行った。


 ――――――――


 翌朝、まだ人通りが疎らな街から離れ、シグレに指定された場所へとやって来たテル。

 ルビーも心配だからと朝早くから付いて来た。


「はじめましょう」


 シグレはさっさと始めるようにとテルを促す。どこから持ってきたのか、使い古した防具を装着するようにテルへ指示。

 次に、シグレがルールを説明。いたって簡単、テルが5回攻撃を受けたらそこでその日の稽古は終了とのことだった。


「じゃあ、ルビーちゃん開始の合図をお願い」

「えっ?あっはい。じゃあ……始め!」


 まずは互いに探りを入れるかのように剣を相まみえる。

 テルはシグレの胸部、を見入る余裕も無くシグレの剣に受け答えする。

 暫く探り合いが続いた後、急にシグレの動きが変わった。

 それからは一瞬であった。瞬く間に5回、いやそれ以上の回数の攻撃を身をもって受けたテル。


「テル……大丈夫?」


 地面に背中を吸い寄せられ、息が上がりきったテルを心配し上から見下ろすルビー。

 大きな怪我から立ち直ったばかりだというのに、ボッコボコにやられ体のあちこちが痛むテル。


「頼むからそんなに見ないでくれルビー。こんな姿を……」


 シグレが伸ばした手につかまり、上体を起こし地面に座り込むテル。


「十分だけど、全く駄目ね」


 シグレは今日の稽古を総評したが、テルは言葉の意味がイマイチ理解できなかった。


「十分なのに駄目とは?」

「そこいらの盗賊相手なら十分に押し切れる技量ってことよ。普段の任務なら現状で十分。でも少し秀でた奴と遭遇したら、負けるわよ」

「やっぱりまだまだなんですかね?」

「そうね、これは時間がかかりそうね。はい今日はお終い、戻るわよ」


 ――それから翌日


「駄目ね、昨日と全然変わってない」


 ――さらに翌日


「まだまだね、あまり変わってない」


 ――もっとさらに翌日


 この日は生憎の雨だったが、それでも稽古は行われる。


「前より酷くなってないかしら?駄目ね」


 ――――――――


 それからというもの暫くの間、朝稽古は続いたが一向に上達の兆しが見えないテル。

 毎日毎朝ボッコボコにされ疲労困憊、宿に帰って二度寝する生活が続いた。

 そんなある日の稽古、見かねたシグレがハンデを付けると言い出した。


「私はこのマスクを被って相手するわ。目の穴は完全に塞いであるから、ブラインド状態ね」


 シグレはピエロのマスクを被った。黒髪、黒いドレスにピエロマスク、意外と似合っている。

 テルにとっては相手にハンデを付けさせるというのは、屈辱的であった。しかも、視野を完全に塞いだブラインド状態で自分に挑もうというのだから。余計に自分の不甲斐なさに苛立つ。


「君のタイミングで始めて」


 テルは一気に攻撃を仕掛けるが、視界を奪われているにもかかわらずシグレはすべての攻撃を受け止める。


(相手はブラインド、背後に回り込めば)


 テルはシグレの背を取ろうとするが、動きを完全に追従され、あっけなく敗北した。ブラインドのハンデを持ってしても、シグレに攻撃の一つすら与えられない。


 ――稽古を始めてから2週間ほど経った日


 この日も朝からシグレと稽古。

 いつも通り、激しいせめぎ合いで剣と剣がぶつかり合うたびに、金属音が木霊する。

 この日のシグレはテルから見ると動きが鈍く感じられた。もしかしたら、初めてシグレに勝てるかもしれない。俄然集中力が上がるテル。


 テル渾身の一撃を振るおうとする。しかし当然の如く動きを全て読んでいたシグレが構えの姿勢に入る。

 だが、シグレの剣と当たる前に、テルは動きを変えた。


(よし、シグレの剣は追従しきれていない)


 テルは今までで一番の集中力を発揮してシグレに一種報いることに成功した。ついに攻撃が当たった。その後余韻に浸り、気の緩んだテルは瞬く間にシグレに5回の攻撃を受け、あっという間に決着が付く。


 攻撃が当たったとは言えたったの一回。シグレに何十回とやられてきたのに対し、自分が与えた有効打はたったの一回。2週間続けて一回だけである。もちろんシグレ対しに攻撃が当たったのは嬉しかったが、自分の能力の限界を見せつけられたような気がした。


「もうお終い、剣の稽古はしなくていいわ」

「それってやっぱり、俺に剣の才能が無いから?」

「そういう意味に捉えたのかしら?とにかく、明日以降稽古は行わないから」


 シグレから突然に宣告された稽古の打ち切り宣言。

 まだシグレから具体的な剣術を教わっておらず、ただ剣を相まみえただけであったのに。


 テルは今回の稽古で大した収穫がなかったと肩を落としながら宿へと戻った。


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