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22.弓術大会

 イリアヒルでの冒険者業を本格的に再開したテル。

 噂どおり、護衛任務中に盗賊団と出くわす場面にも遭遇した。それでも、冒険者複数人で組んだパーティーはその都度、難なく盗賊達を押し退け、実績を積み重ねていった。


 そんな冒険者業が軌道に乗り始めたあるの日こと。

 武具屋主催の弓術大会が開催される、という話を聞きつけたテル。弓の扱いには以前から自信のあったテルは、当然の如く参加することにした。


 ――当日。会場の受付には参加者が長蛇の列を成していた。

 無理も無い。なにせ優勝者に与えられる賞金の額がデカイ。冒険者業3ヵ月分の報酬に相当するであろう賞金が優勝者には与えられる。


 腕に覚えはありつつも、流石にこれだけの参加者を出し抜き優勝を狙うのは難しいかもしれない……

 そんなことを思いながら受付に連なる列に並んだテル。


 受付を済ませ暫く経った頃、主催者が咳払いをした後、大会のルール説明を始める。


 大会は予選、決勝の2パートに分かれている。

 まずは午前の予選。予選の競技は二種類。

 1つめは静止した的を狙うという極めてシンプルな競技。的には年輪のように細かく円が描かれており、細かな点数分けが成されている。的の最も中心が最高得点で50点。与えられた矢は3本、試技3回の合計得点を競う競技だ。

 2つめの競技は動く的を狙う。カーテンで隠されたの向こう側から、放物線を描くように投げられた皿を射抜くというもの。与えられた矢は5本、投げられる皿は10枚。弓の精度だけでなく、どの皿に矢を射るか、その見極めもポイントとなる。


 テルは自分の番が回ってくるまで、他の参加者の腕前を拝見していたが、参加層が広い。

 静止した的までまず矢が届かないような、弓を扱うのに十分な腕力すら持ち得ていない素人。矢は十分に飛ぶものの、的を得ていない駆け出し冒険者。そんな参加者がいる一方で、間髪入れず3本の矢を使い切りあっさりと高得点を叩き出す、熟練者までレベルの幅が広い。


 暫くするとテルの参加者番号が呼ばれ、試技位置に立つ。

 特に迷いもなく、静止する的を目掛け放った矢は、限りなく的の中心を射抜く。3本合計してかなりの高得点。

 これは上位に行けるのではないか……テルは思わず顔がにやける。


 立て続けに2競技目、投げられた皿を打ち抜く競技に挑戦する。実際に動く皿を狙ってみると、的が小さく感じられる。最初の数回は皿が投げられる速度、高さなどを観察するため矢を放たずスルー。

 その後5本の矢を一気に使い切り、結果4本命中。5本全て命中させている強者もいたが、最初の競技と合わせれば悪くない結果の筈だ。


 シトラスの武具屋で弓の調整をしてもらって以降、弓の精度も高く保たれており自分でも驚くほどに調子が良い。ここまでは道具の状態も味方に付いていてくれる。


 さて、後続の参加者数を考えると、予選の結果発表までにはまだ時間がかかりそうだ。テルは一旦会場を後にしようとした時。

 ふと、見慣れた黒ドレスの女と銀髪の少女が目に入る。


「えっと、ルビーにシグレさん、ここで何を?」

「ルビーちゃんは君の活躍を見るために。私は宿経営の為の資金調達といったところかしら」


(資金調達?この人のことだ、意味深な言い回しが不気味だが、触れないでおこう……)


「そうなのルビー?」

「……うん」


 テルがルビーに尋ねると、恥ずかしそうに頷く。シグレは資金調達の件はともかく、ルビーの付き添いで付いて来てくれた一面もあるのだろう。

 今朝まで観戦しに来るなんて一言も言っていなかったのに、ルビーは気が変わったのだろうか……


「さて、私は資金を集めに行くわ。後はよろしく」


 シグレはそう言うとルビーをテルに託し、去って行った。


 ――予選結果発表までの時間を潰す為、近くの飲食店に入るテルとルビー。

 シグレの視線も無く、シグレ風味に毒されていない食事を口にできることがこれほどにも幸せとは。

 食後の二人の顔は幸せに満ち溢れていた。


「ルビー、もし優勝したら何が欲しい?」

「う~ん、なんだろう…… そんなに賞金貰えるの?」

「あぁ、相当な額だぞ。まともな料理が出てくる宿に数ヶ月泊まれるくらいには貰える」

「えっ、本当?」


 ルビーの眼が一瞬輝くが、直ぐに冷静な表情に戻り言い返す。


「でも、優勝は難しいと思うよ」

「えっどうして?結構良い結果だったと思うんだけど?」

「うん、テルはすごかったと思うよ。もしかしたら決勝に進出してるかも。でも、たぶん決勝の相手が……」


 あたかも決勝に勝ち進む相手を予知しているかのような、ルビーに言い様に首を傾げつつ、会場に戻るテル。


 ――会場に戻ると、既に結果が公開されていた。テルは見事2位で決勝進出。

 決勝戦は上位2人に参加権が与えられ、1対1で優勝者を決める。


 決勝戦の対戦相手と顔合わせをした時、ルビーが言っていた意味をようやく理解したテル。


「あら君、決勝まで残ったの? やるわね」

「えぇっと、シグレさん? 資金調達ってもしかして?」

「そうよ、この大会での優勝賞金よ」

(まずい、この人相手じゃ勝てる気がしない!)


 2位で決勝に進んだテルを抑えて1位だったのが何を隠そうシグレであった。

 シグレが弓を扱っている所など一度も見たことないが、この人を相手に勝てる気がしない。優勝が遥か彼方に遠退いた気がしたテル。目の前のシグレ相手に、どう戦えというのだ……

 強大な敵の実力は如何程なのか。テルがシグレにさり気なく予選結果を尋ねる。


「ちなみに、さっきの競技。点数どれくらいでしたか?」

「静止した的の競技が148点、皿の競技は全部当たったけど」


 まずい、非常にまずい。3位以下に大きな差を付けていたテルですら135点、皿に関しては4枚命中であった。

 シグレは限りなく満点に近い仕上がりである。この人、やはり只者ではない。


「…………おい、少年!聞いているのか?」

「あっ、はい」

「決勝戦のルールを説明するぞ。よく聞いとけ」


 テルが考え込んでいると、主催者にドヤされる。主催者が決勝戦のルールの説明を始めた。

 決勝戦では静止した的だけを使う。2本の矢の合計点を1セットとし、交互に挑戦する。合計点の比較により1セットでも先に取った方が勝ちとなる。

 少しでも失敗すれば、挽回するのは難しい。しかも相手はシグレである。この人がそうそうミスなど犯すはずもない。


 先攻はシグレ。

 弦を引き弓を構えると、迷うことなく的を目掛け矢を放つ。

 初っ端から的のど真ん中を射抜き、最高得点の50点を叩き出す。

 続く二本目、これも的を正確に捉え47点の高得点。先程の満点とまでは行かなかったが、47点でも仕留めるのは至難の業であることはテルが一番理解していた。

 よく見るとシグレの短い黒髪が風で靡いている。無風状態でもないのに、これだけの精度を発揮していた。


 後攻のテル。

 予選の時こそ躊躇なく矢を放っていたテルだが、シグレを前にして緊張感から手に汗が滲み出る。相手が相手、加え既に高得点を収めている。

 緊張を解すため、周りを見回すとルビーが手を振る姿が目に入る。テルは笑顔を送り返すと弓を構え、風が収まったタイミングを見計らい矢を放つ。

 矢が射抜いた得点は48点。テル自身、この日の最高得点を叩き出す。しかし、次のセットに勝負を持ち込むにはさらに1点、的の中心へ寄せなければならない。

 腰に手を当てテルの様子を伺うシグレを背に、放たれた2本目。

 49点。計97点。

 シグレの点数とイーヴンになり、2セット目へと(もつ)れ込む。


 2セット目へ向け、主催者が的を交換している合間にテルはシグレに話しかける。


「シグレさん、その弓はどこから?」

「物置の奥にあった物よ。万全なコンディションではなさそうだけど、この距離なら十分かしら」


 競技中ずっと気になっていた事を尋シグレに尋ねた。

 シグレが使っていた弓の弦は適切な張りでないどころか、弦の一部が解けかけていた。

 対するテルの弓は万全に調整され、長年連れ添ってきた代物。自分の身体の一部分といっても過言ではないほど知り尽くしている。

 道具だけみれば、相当なハンデを負っているシグレ。

 なぜ、万全な状態の自分と同じ得点を叩き出せる?

 経験の差?シグレは嘗て弓の名手だったのか?


「シグレさん?」

「どしたの?」

「弓の経験は長いんですか?」

「そうね…… 片手で数えるくらいの回数しか使ったこと無いわ」

「あっそうですか……」

(ダメだ!勝てる気がしない!この人、本当に何者なんだ!)


 本人曰く、たったの数回しか扱った事がないのにあのセンス。シグレは宿経営者の皮を被った戦闘民族なのだろうか。


「君、逆に質問していい?」

「えぇ」

「私の腕前に驚いているようだけど、君の腕も相当な物よ。強豪集うイリアヒルの弓使い共を押しのけて、決勝に残っているんだもの。どこで腕を磨いたのかしら?」

「生まれ育った村…… そう、村に腕の立つ冒険者がいたんです。その人は地元でも有名な弓の使い手で、その人に憧れて自分自身も冒険者に手を出した次第で…… 弓の扱いはその冒険者の人から学びました」

「そう…… 君自身、冒険者へなるにあたり弓という武器を選んだのは賢い選択だと思うわ。当時ならね」

「当時なら? 今までの歴史上、弓が最強というのは揺るぎないのでは?」

「あら、本当にそうかしら? 嘗て魔法使いという存在が居た時代、本当に弓が最強だったと思う?」


 テルは公に魔法使いが居た時代を当然知らない。しかしルビーの力を知っている者として、弓では魔法の足元にも及ばない事は明白であった。


「でも、それは過去の話で」

「そう過去の話…… でも、今になっては弓がベストな選択とは言い切れなくなって……」


 シグレとテルが話している所に、水を差すように主催者がやってきて、2セット目の準備が整ったので競技を再開するように促す。


「話しが過ぎたようね。勝ちに行かせて貰うわ」

「お手柔らかに……」


 2セット目、先攻シグレ。

 1本目48点、2本目48点。

 後攻テル。

 1本目49点、2本目47点。


 またしても同点につき、勝負は3セット目までもつれ込む。

 観戦している野次馬も二人の接戦と、一人の胸元を前にして、大いに盛り上がっている。


「勝ちに行ったんじゃないですか?」

「これでも本気よ」


 シグレの”本気を出している”という言葉に、僅かな勝機を見出すテル。

 大きく的から外した方が敗者だ。


 3セット目、先攻シグレ。

 1本目を50点に命中させる。テルに対して強烈な先制攻撃だ。

 ほぼ無風状態で2本目を放とうとした瞬間。可愛らしい”くしゃみ”が会場に響き渡る。くしゃみと同時に放たれた矢は大きく的を外し30点を獲得。可愛らしいくしゃみの主はシグレであった。


「なに見入ってるよの、忘れなさい。ほら君の番よ、早く決めちゃいなさい」


 シグレの見せる初めての表情。人間離れしたシグレの、女の子たる一面を目の当たりにしたテル。

 心を若干乱されるも、3セット目の合計点でシグレを上回り優勝が決定した。


「優勝おめでとう。明日から君の宿代は3倍に改定させてもらうわ」

「ありがとうございます…… ってぇ、えぇぇぇ! 当てつけですか?」

「嘘よ。私の資金調達はお終い。仕事に戻るわ」


 得意のジョークを吹っ掛け、帰り支度を始めるシグレ。

 去り際にシグレがテルの耳元で告げる。


「会場に入った時から、君を監視している連中がいるわ。気を付ける事ね」


 テルにそう告げた後、シグレは背を向け会場を後にした。

 テルが会場を見渡し、真っ先にルビーの無事を確認する。

 さらに見渡すと、テルを睨みつける複数人の集団がいることに気付くが、目が合うと同時に会場から去って行った。


 ――――――――


「見事な接戦、お楽しみいただけましたか?さて優勝者にはご覧の賞金が授与されます」


 表彰が始まると主催者が賞金を抱え、テルの目の前に歩み寄ってくる。

 3ヵ月分、冒険者業3ヵ月分の賞金が目の前に差し出される。

 賞金を受け取ろうと、テルが両手を伸ばしたところで、主催者が”おあずけ”とばかりに一歩下がり、口を開く。


「さて、今日は弓の極限とも言える競技をご覧頂けました。今日皆さんが目にした光景が弓の限界なのです。長らく戦場において最強と言われてきた弓ですが、既にその時代は変わろうとしています」


 主催者はそう言うと、指を鳴らす。

 それを合図に、武具屋の店主が重厚な箱を持ち込み、主催者に手渡す。


「これがこれからの時代を席捲するのです」


 箱を開け、主催者が取り出したのは銃であった。

 それと同時に、会場からは嘲笑うような騒めきが聞こえてきた。


「銃だって?あれはダメだ。唾吐いて届くような距離でしか使いもんにならん」

「弾を込めるのに時間がかかりすぎて、小隊が一網打尽されたというアレか?」

「いっそう、鉄の弾を矢尻に変えたらどうだ?」


 そんな嘲笑う野次馬を物ともせず、主催者は自信あり気な表情を崩さない。


「ではご覧に入れましょう。競技で使ったのと同じ的、同じ距離。一度しか実演しませんよ。よーく見とけよ」


 言い放ってから一瞬で装填を済ませ、長い銃口を的に向け、引き金を引く。

 発砲音が会場に響き渡る。会場を後にしようとしていた観客も突然の銃声に後ろを振り返る。


「いかがですか?」


 主催者は自信あり気にそう言うと、的を指差す。

 的の真ん中には大きな風穴が開いていた。

 会場がどよめく。


「これが最新鋭、科学の英知が集約された銃です。皆さん、少しは印象が変わったでしょう?銃から放たれる弾などまぐれでしか当たらない、それはもはや遥か昔の話。この精度、この威力。そして引き金を引くだけで、鍛錬を積んでいない人間でもご覧のように扱うことができる。弾を込めるのに5秒、暴発率は100回に1回未満……」


 主催者は興奮気味に、手にした銃の解説を続ける。


 銃という道具は以前から存在していたが、命中精度の問題、弾を込める時間の問題、信頼性の問題から敬遠されてきた。故に、今日でも近接戦を除けば弓が最強と思われてきた。

 しかし、今テルの目の前で見せつけられた銃は従来の問題をすべて解消しており、非の打ちどころが無い。

 自分の中で信じ続けていた常識が、科学の英知により通用しなくなっていたことに恐怖すら感じる。


「優勝者の君?今回の優勝賞金、実はこの銃の売値と同じなんだ?言っている意味は分かるよな?」


 主催者は不敵な笑みを浮かべると、右手に銃、左手に賞金を持ちテルに差し出す。


「俺はあくまで賞金目当てで参加したので、強い武器が欲しいわけではありません」


 そう言い切ると、主催者の左手から賞金を受け取る。強い武器が欲しくないと言ったら、嘘になるが現状弓で十分通用している。

 テルが主催者に一礼し会場を後にしようとした時、主催者が会場に向けて言い放つ。


「既に、この最新鋭の銃は多くの受注が寄せられています。付け加えると我々は何も軍や冒険者だけを相手に商売しているわけでは無いのです。売った武器がどう使われようと、金を払えば誰にでも武器を与える。それが我々の商売、皆さんもよく考える事ですね。お買い求めはお早めにどうぞ」


 こうして、弓術大会は幕を閉じた。

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