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21.嘗てギルドと呼ばれていた場所

 ギルド、嘗て冒険者達が集い、語らい、依頼の受注を行っていた場所が今では”冒険者職業案内所”と呼ばれている。文字通り、依頼主が発注した任務を冒険者に案内するのが主な役割で、報酬の受け渡しも仲介している。


 科学の英知による発展により冒険者の役割が実質、護衛任務だけになって久しい今日(こんにち)

 冒険者業が賑わっていた頃は、どんな街にでもギルドが設置されていたという。しかし今となっては大きな街にひっそりと冒険者職業案内所として姿を変え、残るのみである。


 イリアヒルで冒険者復帰の為、冒険者案内所へ登録にやってきたテル。

 フリーの冒険者として御得意さんとの接点でもない限り、冒険者は案内所に登録するのが一般的。

 報酬の一部を仲介料として案内所に引かれ、残りが冒険者に支払われるのが通例だ。


 案内所に入ると、受付嬢が受付のカウンターでヨダレを垂らしながら爆睡している姿が目に入る。顔は可愛らしいのにオデコに痕がついているのと、ヨダレを垂らしているのが残念なばかり。テルはできる限り受付嬢を刺激しない様に起こし、登録書を受け取る。


「その登録書を全部埋める事ね。埋め終わったら起こしてね」


 受付嬢はそう言うと、机にうつぶせになり、眠りの世界へと戻っていった。よほど眠いのか、はたまた暇なのだろう。これも案内所の職員は常に暇を持て余す程に、冒険者業が廃れたという事の現れなのだろう。


 登録書には氏名、性別、年齢、武装、冒険者経歴など多様な情報の記入を求められる。これらの記入内容を元にその冒険者のレベルに合った任務が案内される仕組みではある。 ……が、実際にはレベルに関係なく案内される。

 実質的に、平凡な護衛任務しかないからだ……


「あの~、記入しましたよ」


 テルは机を手の甲で叩きながら、受付嬢を起こす。

 受付嬢が眠たそうな眼をこすりながら、登録書に目を通す。


「前所属は…… シトラス? 随分とぬるいところで冒険者をやってきたみたいね。あなた直ぐに死ぬと思うわね」

「それってどういう?」

「この界隈は盗賊はもちろん、魔獣とも結構な確率で出くわすのね。そして盗賊団は大きな組織によって取り仕切られてるのね」

「ヒルドファミリアってやつですか?」

「君、えぇっとテルさん?その名前は公で口に出さない方が良いと思うの」


 実際、イリアヒルへ来る直前にヒルドファミリアを名乗る盗賊に襲われ、首を落とされかけたテル。もしあのレベルの盗賊がゴロゴロと潜んでいるのであれば、命がいくらあっても足りないことに気付く。やっぱりこの街で冒険者はやめておいた方が良かったのか、と内心後悔するテルに、受付嬢が口を開く。


「まぁ、余程の手練れ冒険者でもない限り、護衛任務と言えど複数人で組ませるのね。しばらくの間は有力な冒険者達と組む事ね。はい、最後に歯形取る事ね」


 さっきから語尾に”ね”が付いてることが気になりつつも、歯形を取る粘土を受け取るテル。

 歯形の登録は、冒険者の遺体の損傷が激しい場合や識別タグを持ち去られた場合に身元を特定するために使う。

 シトラス界隈で冒険者をしていた頃は実感が湧かなかったものの、冒険者は本来危険と隣り合わせの存在。いつ何時、命を落とそうと誰も責めることはできない。


 新しい街で、新しい冒険者としての再スタート。危険に身を晒す覚悟を決める。

 固く苦みのある粘土に噛みつき歯形を記録。

 最後に識別タグを受け取り、登録料を払って冒険者としての登録を終えた。


「そうそう、登録記念に田舎者のあなたに儲け話を教えてあげるね」

「儲け話?なんですか、怪しいのはやめてください」

「怪しくはない、案内所公認なのね。この街で強盗を生け捕りにすると案内所から謝礼金が支払われるの。護衛任務3回分に相当する額だから、街の治安に貢献すると良いと思うのね」

「強盗……あんまり関わりたくないですけど、頭の片隅に置いておきます」


 自分から面倒事に足を突っ込みたくないテルにしてみれば関係なさそうな話であった。


「さて、今日からでも紹介できる任務があると思うのね。どうする?」

「いや、今日はいいです。では失礼」


 依頼があれば即日任務を受けられるようだが、今日は依頼を受けずに帰る。今日は他に回りたい場所があったので明日からの活動とする。


 ――――――――


 冒険者案内所を後にし、次に向かった先はイリアヒルの街が誇る”大図書館”だ。

 以前、孤児院で一晩お世話になった時にシスター・フィリスから聞いていた国の運営する図書館。民から徴収した税を惜しみなくつぎ込んだであろう図書館の外観は立派で、敷地に入っただけでテルは圧倒された。

 もちろん立派なのは外観だけではなく、館内もそれに見合った広さを誇っていた。天井は高く、大樹のような太さの柱が建物を支える。時代を重ね増改築を繰り返した館内は、複雑な構造となっており、案内図を見てもパッとしない。


 これだけ広い館内にもなると、お目当ての書物を探し出すのは至難の技である。手間を惜しむのであれば職員の力を借りるというのも手だ。

 受付でどんな書物を探したいかを伝えると、館内を知り尽くした職員が、希望に沿った書物を集めてきてくれる。が、当然タダでというわけにはいかない。


 手持ちの金を少しでも温存したいテルは、自力で探そうと試みたが、程なくして断念した。

 背の高い本棚が迷宮のように入り組んだ館内は、元来た入り口まで戻るだけでも一苦労だ。

 結局、お金を払い職員に書物探しを任せることにした。


 机と灯りが並べられた読書用ラウンジで暫く待っていると、職員が背丈より高く積んだ書物の山を両手で抱えながら運んで来た。それも一人ではなく数人がかりで……


「お客様の希望の資料をお集め致しましたが、不足は無いでしょうか?」

「えっ、これ全部?こんなに?」


 テルの目の前に高く積まれた書物の山。肘でもぶつけようものなら雪崩を起こしてしまいそうな程の書物が積まれた。


「えぇ。希望の条件が”魔法使いに関する20年以上前の資料”でしたので、該当する資料をお持ちいたしました」

「すごい所蔵量なんですね……」

「もう少し具体的な条件を言っていただければ、絞り込むこともできますが」

「いや、とりあえずこれでいいです。あっ……これって、もしかして、読み終わったら自分で戻しに行かないとダメだったりします?」

「いいえ、置きっぱなしで帰っていただいで大丈夫ですよ。では、ごゆっくり」


 積み上げられた書物のどれから手を付けたものかと悩むテル。結局、きらびやかに製本されているものだったり、興味がそそられるタイトルの書物を手に取る。


 やがて陽が暮れ、気付けばラウンジの明かりを頼りに書物を読み漁ってた。そろそろ宿に戻らなければならないので、切り上げ図書館を後にするテル。


 書物の数こそ多かったが、書かれている内容は似たり寄ったりであった。

 魔法使いの脅威であったり、魔法使い達の反乱、魔法使いと疫病の拡大、魔法使いの判別方法、魔法使いの処刑歴……


 どの書物においても共通していたのは、魔法使いは忌まわしき存在であり人間の脅威であるという点であった。魔法使いという存在を中性的な視点で捉えていた書物は皆無であった。

 やはりシスター・フィリスが言っていた通り、国もしくは教会の検閲が入っていたのは間違いなさそうだ。一般の民が知るべきでない事柄が記された資料は、一般人が閲覧できないように手が入ったのだろう。


 しかし、まったく無収穫というわけでも無かった。

 一般人向けに魔法使いの判別方法について記述された書物。

 その書物によれば、”個体差”はあるが魔法使いが一定以上の魔力を使うと眼が赤くなる。そうなった魔法使いはそれ以上の魔法の使用が困難になる。これを魔力中毒と呼んでいた。

 魔力中毒の状態になると意識が朦朧とし、やがて意識を保つことすらできなくなる。

 その状態になれば、武装していない一般人だけで魔法使いを殺すことができると。


 これは先日特訓の際にのルビーに起きた事象と酷似していた。

 いつも通り魔法の力を使った後、眼が赤くなっていた。そして宿に戻る頃には意識が朦朧としていた。


 魔力中毒を起こした後の経過に関してまでは書物には書かれていなかった。

 あの一件の翌日以降、ルビーに変わった様子は無かったが、やはり体の状態は気になる。仮に魔力中毒を繰り返したらどうなるのだうか、などとテルは一瞬考えた。

 もっとも、もうそういう危険な目には合わせない。

 これからはこのイリアヒルの街を拠点に、ルビーと安心して暮らせるようにやっていく。テルは改めて自分の心に言い聞かせ宿へと戻った。

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