1.平和ボケした冒険者
プロローグから数年後の話
少年の頭に響く声……
(少年よ…… あの娘を、どうかあの娘を守ってくれ……)
(如何なる時も見捨てないでくれ……)
(君だけはあの娘の味方でいてやってくれ……)
(それが盟約なのだから……)
(少年よ、賽は投げられた……)
あぁ、またか。また、こいつか。
いつからだろうか、意識の中に入り込み直接語りかけてくるこの声を聞くようになったのは。
語りかけてくる声の主を俺は知っている。……筈なのだが、いつも声の主について思い出そうとすると脳が頑なに拒絶する。
意識の中に入り込んでくるあなたは誰?
――――――――
「………………ちょいちょい。冒険者さん、冒険者さん」
ふと、誰かに体を揺すられ、眠りへ引きずりこもうとする睡魔から意識を取り戻す。
「お金貰ってるんだから、ちゃんとやってくれなきゃ。居眠りしてもらっちゃ困るよ。盗賊からの護衛があんたの仕事だろ?」
街へと繋がる街道をゆっくりと走る馬車。
荷主から預かった荷物を積んだ馬車に乗っているのは、運び屋とその護衛で同乗している少年”テル”。
護衛で同乗している分には馬の手綱を握ることも無ければ、地図を確認することも無い。
有事が起きなければ、何もせず馬車に同乗しているだけなので眠くなるのも無理は無い。
「あぁ…… わるい、わるい。運び屋の馬使いが優秀すぎるおかげでな。それと、冒険者って呼び方は間違ってるぞ」
「いや、確かに冒険者だろ。頼りにしてるぜ冒険者さん」
周りからは冒険者とは呼ばれているものの、現在の”冒険者”というのは大したものでも何でもない。
冒険者は過去には未開拓地の調査、魔獣の排除などで賑わっていた。が、科学の英知とやらによって急激に発展が進んでいる今日では、護衛任務ぐらいしか仕事が無い。
なので今時、真面な冒険者は”危険”を”冒す”ようなことはしない。
例に漏れずテルも危険を冒さないをモットーにする冒険者である。
話しは戻るが、危険を冒さないなら冒険者という呼び方は間違っているのではないか?
そう、冒険者という職の概念自体がもはや怪しくなってきている今日この頃なのである。
「まぁ、冒険というほど危険は冒してないけどな。この近辺じゃ魔獣はもちろん盗賊すらほとんど出くわさないな」
「結構な事じゃねぇか。運び屋冥利に尽きるよ」
「そもそも大して金目の物品も積んでいない、小口の馬車なんて盗賊も眼中に無いだろう」
「ははっ、そう言うなって。心配性な荷主さんが追加料金払って護衛をつけているからこそ、あんただって食えてるんだからさぁ」
――他愛もない話をしていると、やがて護衛の終着点となる街が見えてくる。
「どうだこの後、一緒にメシ食ってかないか?」
「遠慮しとく。先客がいるんでな」
昼食の誘いを間髪入れずに即答で断るテル。
「女だな?」
横顔がニヤけるいい歳をした運び屋のおっさん。
「そうだな、確かに女の子だ」
「ふぇぇ、若いっていいねぇ」
(面倒なおっさんだな。そんなんじゃねえよ……)
などと呟きそうになったが、話が拗れそうなのでこの話題には突っ込まないでおこう。
――程なくして、馬車は市街地に入る。
馬車の通行も多い大通りには小綺麗なお店が立ち並び、建物も綺麗に整備されており華やかである。飲食店・書店・衣服店・パン屋……どこの店も昼間っから賑わっている。幼いころから見慣れたこの街も近頃は目まぐるしく変化している。
大通りを進むと、薄汚れた労働者が忙しそうに資材を担いで行き来したり、地面を掘り起こしたりと工事を行っていた。労働者を横目に大通りをさらに進むと、工事が完了した区画に入った。
「馬車軌道か……」
大通りの真ん中に敷設された二本の溝に視線を向けるテル。
馬車軌道とは金属レールを埋め込んだ溝の上を、同幅の車輪を取り付けた馬車を通行させるという代物である。乗り心地の改善と、ぬかるみ易い土地での効率化に大いに貢献するという。
「おう、よく知ってるな。さすが博識な冒険者さん」
「冒険者はやめろって…… それにしてもこんな地方の街にまで馬車軌道が敷設されるようになるとは……」
「地方の街とは言え、貨物の往来も少なくないからな。それにここ最近の、国の急激な発展を考えればおかしな事でもないだろう……」
南方の中規模都市”シトラス”
この決して大きな街ではないシトラスも国が掲げる”科学の英知”による変貌には驚かされるばかりである。テルが生まれてから今日までの短い間に”科学の英知”は国民に100年分の進歩を齎したとも言われている。
馬車は大通りを進み、少し街の中心から離れた区域に入る。
「よし、俺の護衛はここでお終いだ。道中気をつけろよ」
軽い身のこなしで馬車を降りるテル。
「おう、また宜しく頼むぜ冒険者さん」
右手に手綱、空いている左手を上げ不愛想に別れの挨拶をする運び屋。
馬車を降りると、馬車軌道を挟んだ反対側に笑顔で手を振る銀髪の少女がテルの帰還を待っていた。