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18.安い物には裏がある

 夕食を知らせる鐘を聴きつけたテルとルビーが食堂部屋へと降りてきた。

 陽は暮れ、天井から吊るされた灯りだけで照らされた食堂部屋は薄暗く、閑散としている。

 テルとルビーが周りを見渡すと、自分達以外にはご年配の男性が一人食事をしているだけだった。寂しい雰囲気だが、他人の目に晒されず落ち着いたこの場所はルビーにとっては好都合のようであった。


「お客さん少ないね……」

「これだけのサービスでこの破格の料金。なのに繁盛してないのは、なんでなんだろうな……」


 二人が小声でそんな会話をしていると、シグレが料理を運んできてくれた。


「さっきも説明したけど、おかわりは自由だから好きなだけ食べていいわよ」

「本当ですか?いやぁ助かります。これだけ安い宿代で、さらに食べ放題の夕食付なんて」


 テルが興奮しながらそう言うと、ルビーも頷く。


「みんなそう言ってくれるわ」

「どうしてこんなに良い宿なのに、お客さん少ないんですかね」

「どうしてかしらね。私にもわからないわ」


 失礼だとは思いつつも気になっていて仕方なかった疑問を、直接シグレに投げてしまったテル。

 当のシグレ本人も客入りが少ない原因は分かっていない様子だ。


「さて、私もご一緒していいかしら?」

「えぇ、いいですけど」


 よく見るとちゃっかり自分の分の食事まで、テーブルに並べていたシグレ。

 三人声を合わせて


「「いただきます」」


 テルとルビーが御馳走を口に運ぶ。

 途端にテルの眉間には皺が寄り、ルビーの顔が歪んだ。


((不味い!))


 二人は声にこそ出さなかったものの、同時に同じ感情が芽生え、瞬く間に表情に現れた。向かい合っている二人は無言で引きつった顔を合わせる。そしてしばらくの間、フォークを握った手が止まる。

 二人の動きが静止して暫く、シグレが尋ねる。


「君たち、あまり食が進んでないみたいだけど?」

「「えっ、そんなこと無いですよ」」


 シグレの指摘に、二人揃って反応する。そんなことはあるのだけれど……だって不味いし。

 出された料理の何が酷いって、とにかく”しょっぱい”という事。

 皿に盛られた姿から察するに、口にした物は肉料理なのだろう。が、味が濃すぎて風味とかを味わう余地が無い。


 シグレは黙々と皿に盛られた料理を平らげようとしている。


「良い焼き加減ね。君たちもそう思わない?」

「……あっそうですね。いい感じだと思います」


 シグレの舌は壊れているのだろうか。そんなことを考えていても目の前の皿に盛られた、料理の山は低くならない。テルもルビーも文字通り無心で皿の上の物を口に放り込み、無理矢理喉を通した。

 ようやく皿に盛られた料理を完食したところで、シグレがもう一皿料理を運んできた。


((頼んでもいないのに、おかわり持ってきたのか!))


「あら、おかわりは言わないと持ってこないわよ。これは二品目。魚料理なんだけどお口に合うかしら」


 シグレが運んできたのは先程の激マズ料理、ではなく別の料理だった。型崩れを一切起こすことなく綺麗に調理された焼き魚。さすがに原型をとどめた魚をあんな味には料理できないだろう、今度は大丈夫。

 テルとルビーはそう思い、魚を手に取りかぶりつく。


((まっず……))


 苦い、臭い。

 魚の内臓が処理された形跡はなく、苦みが口の中に広がる。そして鼻から息を吸うたびに、内臓に汚染された魚の身から臭さが漂う。


 テルとルビーは二人揃ってシグレの様子を伺うが、相変わらず黙々と食事を進めている。

 もしかしたらシグレでは無く、自分達の舌がおかしいのか?片田舎とは味の好みが異なる?

 そんな事を思いながら、ふと食堂で自分達以外に食事をとっていた年配の男性に目を向ける。

 年配の男性は黙々と料理を平らげ、手を高らかに上げ一言。


「おかわりじゃ」

「はいはい、今すぐお持ちしますよ」


(この爺さん、やべぇ……)


 ようやくテルとルビーが苦くて臭い、最悪な魚料理を完食したところで、シグレがさらにもう一皿料理を持ってくる。

 ここまで来ると味も予想がつく…… やはり美味しくない。肉料理であることは一目で分かったし、今度の味付けは濃くない。味付けは許容できる。

 しかし困ったことに、肉の中まで火が十分に通っていない。決して質が良さそうな肉でもないのに、大丈夫かこれ?

 テルが恐る恐るシグレに申し出る。


「あのシグレさん? この肉料理、あまり火が通っていないようですが? 大丈夫ですか?」

「表面が焼けていれば問題ないわ。そうね、過去に腹痛を訴える客が結構いたけど、そいつらがヤワだったのね」

(大丈夫じゃないよソレ!)


 もはや自分の料理の腕を疑おうともしないシグレ。

 続けてシグレがテルとルビーにトドメを刺すような忠告をする。


「そうそう、言い忘れていたけど、ウチの宿は食料の持ち込みは禁止だから」

「えっ?」

「食料の持ち込みは禁止だから」

「…………」

「禁止だから」

「あっ、はいわかりました」


 二回、いや三回繰り返したのは、よほど大事な約束事だからなのだろうか。

 テルが承諾するまで、繰り返し禁止であるという宿のルールを通告するシグレ。シグレの迷いを微塵も感じさせない真顔に恐怖のようなものを感じた、テルとルビー。


「勝手に食料を持ち込まれると、ネズミが住み着くの」

「はぁぇ……」

「それとも、あなたたちが一匹残らず害獣を駆除してくれるのかしら?」

「いえ、それは…… 食料は持ち込みません、誓います」

「よろしくね」


 明日から宿での食事は断ろうなどと考えていたテルとルビーの野望、一瞬にて打ち砕かれる。

 このサービス、この料金で客が来ない。そして街で冒険者達が証言していたこと。線が繋がった。

 メシが不味いからだ!


 ――――――――


 シグレの料理を思う存分堪能し真っ青になった二人は、食後のティーでお口直し。

 顔色の悪いルビーが窓から外を見ると、夕食前に部屋から追い出した黄色いインコが陽気に喋っていた。


『オッパイチイサイ!コイツ オッパイ チイサイ!』


「あっ、さっきルビーの部屋にいたインコ。何言ってるんだコイツ……?」


 テルがそう言うと、ルビーはカーテンをそっと閉め部屋へ戻って行った。


『ペッタン!ペッタン!チチナシ!』

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