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17.シグレ

 宿の受付嬢が誰であるのか。

 彼女の顔を見るよりも先に、纏っている服装で判別がついた。


「いらっしゃい、久しいわね」


 プロポーションの整った長身に黒いドレス。その黒いドレスは胸部の一部を(あら)わにさせ、男の目線を引き付ける魔性の仕掛けが施されている。

 イリアヒルがいくら大きな街とは言え、こんな奇抜な服装をしている人が二人といる筈がない。


「久しい……? つい、さっき会いましたよね?」

「そうだったかしら?覚えてないわ」

「リンゴ、美味しかったですよ」

「あらそう、気に入って貰ったようで何より」


(やっぱり、さっき会ってるじゃん……)


「この宿のオーナー兼経営者、シグレよ。君は?」


 スケベなドレス、いや美しいドレスを身にまとった女はシグレと名乗る。


「テルです。先程はどうも……」

「そう。連れの銀髪の娘は?」

「ルビーです……」


「で、君達は何の用件でここに来たのかな? さっきの礼を言う為に来たわけではないでしょ」

「しばらく部屋を借りたくて。紹介状もあります……」


 テルは武具屋の店主から託された紹介状をシグレに差し出す。


「なにこれ汚い字ね、子供の悪戯書きかしら。字が汚くて読めないから無効よ」

「「えぇぇぇぇぇ!」」


 思いも寄らぬ、無効宣言にテルのみならずルビーも声をあげる。


「嘘よ。紹介状に免じて宿代は安くしておくわ」

「ありがとうございます。で、一泊いくらになりますか?」


 シグレは料金表を差し出すと、提示している料金の半額で部屋を用意すると付け加えてきた。

 料金表の金額自体に疑問を感じたが、そこからさらに半額という料金に思わず確認するテル。


「安いのは助かるんですけど、本当にこの料金で?」

「えぇ。料金表の半額で間違いないわ」


 田舎者のテルでも料金が安すぎると思った。地元の田舎宿でもここまで安い料金は見たことが無い。これは確実に裏がある。道を尋ねた時に冒険者一同が口にしていたことも気になる。

『二度と行かない』と。


「朝と夜の食事付きの料金だから、料金表以上のお金は取らないわ。安心して」

「えっ、食事まで付くんですか?」

「えぇ。おまけに、おかわり自由よ」


 安すぎる料金設定は気になるが、こんなにもうまい話は無い。ひとまず3日分の宿代を支払うテルとルビー。

 シグレが空き部屋の確認するため、裏方へと入って行った。


「テル、また視線がイヤらしいかった」

「気のせいだろ……?」


 ルビーにシグレの胸元に劣情を向けていたと本日二回目の指摘をされるテル。

 街道で出くわした時に次いで、シグレの身に着ける胸部露出ドレスを見るのは二回目。

 その胸元を見るなというのは無理な話である。見てくれと言わんばかりの、露出なのだから……


「まぁそれはそうと、あんな人間離れした程強い人が宿の経営者だったとは……」

「粗相があったら……殺されそう」

「って、縁起でも無い事言うなよルビー」


 しばらく待つと、シグレが裏方から帰ってきてテルとルビーに残念そうに知らせを告げる。


「ごめんなさい。一部屋しか空いてないみたい。ベッドも一つしかないけど、二人でくっついて寝れば問題ないわよね?」

「って困ります!」

「あらそう? 銀髪のお嬢ちゃん、えーっとルビーちゃんだっけ? 彼女も満更でもなさそうよ」

「えっそうなのルビー? いやいや、そういう問題じゃなくて」


 数日前にも別の宿で似たようなやり取りをした記憶が蘇るテルの脳内に蘇る。デジャヴなのかこれは……


「そうね、同じ部屋が嫌なら……君だけ、私の部屋に泊まる?」

「ダメ!それはダメ!」


 テルが突っ込むよりも前にルビーが珍しく声をあげる。


「嘘よ。部屋はちゃんと二部屋空いてるわ。二部屋どころかほとんど空き部屋なのよね」

(さっきから嘘が多いな。もしかして遊ばれてる?)


 二人はシグレに連れられ、部屋へと案内される。

 階段を昇る途中、階段の下からシグレのドレスの中が……

 見えなかった。残念。そして後ろからルビーの嫌悪の籠った視線を感じるテルであった。

 案内された部屋は廊下を挟んで、向かい合った部屋。シグレが部屋の説明を始める。


「この階には誰も泊まっていないから、壁に穴を開けでもしない限り好きに使っていいわ」

「ありがとうございます」

「シャワーはあいにく、君の部屋にしか付いていないから二人で上手い事使って」


 シグレの豊胸を見て見ぬ振りをしながら、シャワールームでルビーの裸を直視した事故を思い出すテル。脳内で勝手に、胸の大きさを比較してしまったのは内緒である。


「さて、ここまでで質問は?」

「質問!」

「はい君」

「夕食は何時ですか?」

「そうね、私の気分次第かしら。廊下の突き当りに鐘があるでしょ。食事の時間になったら鐘が鳴るから降りてきて。他に質問は」


 ルビーが恥ずかし気に手を上げる。んっ、ほぼ初対面の人間に自分から話しかけるとは珍しい。


「銀髪嬢ちゃん……じゃなくてルビーちゃん、どうぞ」

「私の部屋にいる……あの黄色い鳥はなんなんですか?」


 ルビーが指差す部屋の中には、黄色い小鳥が羽を休めていた。見覚えがあると思ったら、先程受付のカウンターで喋っていたのと同じ奴だ。


「あぁウチの宿に勝手に住み着いたインコね。声真似が得意らしいわ。インコ付きの部屋に泊まれるなんて、あなたツイてるわよ」

「声真似?」

「そうそう。前に泊まっていた客の会話とかを覚えて、唐突に真似して喋り出すの」


 インコ付きの部屋がアタリなのか、よく分からないがシグレが続ける。


「過去には、ヤバい連中の密談。酔っぱらった客の聞くに堪えない鼻歌。カップルの夜の激しい営み…… いろいろと真似ていたわ」

「鬱陶しい……」

「あら、そんなこと言わないで、仲良くしてあげて。さて、私はまだ仕事が残っているから失礼する」


 説明を終えたシグレが自分の持ち場へと戻っていき、テルとルビーも廊下で一旦解散して自分達の部屋へ。


 ――――――――


 テルの部屋より一回り小さい、ルビーの部屋。とはいえ、寝泊まりするだけなら十分な広さである。大きめの窓は外からの光を最大限に活かし、部屋は隅々まで清掃が行き届いており清潔感に溢れている。


 思い返してみれば道中、盗賊団に殺されかけたりもした。村にいた頃と比べると、一日一日の密度がまるで違う。

 一週間前まで毎日何の変化も無い日常を送っていた田舎者の女の子が、こんなにも変化の激しい日々を送る様になるとは。

 ルビーはそんな事を思いながら、仰向けでベッドに倒れこみ夕食までひと眠りしようとする。


 ……眠れない。視線を感じて眠れない。窓の手すりに掴まっている黄色いインコがルビーに視線を送り続ける。なにか物言いたげにルビーを見つめるインコ。

 一瞬たりともルビーから目を離そうとしないインコの視線が気になり眠れない……


 ルビーが窓に近寄りインコを覗き込むと、突然インコが喋り出した。


『シグレ ノ オッパイ!デカイ!デカイ!サワリタイ!オッパイ サワリタイ!』

「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇ」


 インコが口にした言葉に、ルビーの口は開いたまま閉じない。前に泊まっていた客の独り言だろうか……

 インコはさらに興奮したのか、体を揺すりながら喋り続ける。


『チイサイ!オマエ ノ オッパイ ナイ!ペッタンコ!ペッタンコ!シグレ ハ デカイ!』


 ルビーは無表情のまま何も言わずに窓を閉め、インコを外に締め出した。

 尚もインコは外で喋り続ける。


『ナイ!ナイ!オッパイ ナイ……』


 ――――――――


 ルビーの部屋より広く、シャワーが付いているテルの部屋。

 窓から色付いた夕陽が差し込む頃、ルビーがシャワーを借りるために部屋を訪れた。


 テルはその間、邪念を取り払い心を無にしてルビーが戻ってくるのを待っていた。


 シャワーを終えたルビーが髪を結んでほしいと申し出てきたので、いつもの若草色のリボンで髪を結ぶ。


「テル?」

「ん、どうした?」

「明日は何か予定ある?」

「そうだな。武具屋を探そうと思う。盗賊との一戦で剣が疲れちまったからな。鍛えなおして貰う。あと、働き口探さないとな……」

「そう。じゃあいいや……」

「何処か行きたいところでもあるのか? 別に武具屋を探すのは急いでないから、いつでもいいんだけど」

「あのね、テル。ちょっと付き合ってほしい事があるんだけど。こんなことテルにしか頼めないから……」


 ルビーが話すのを遮るかのように廊下の鐘が鳴った。夕食の合図だ。


「夕食行こうか?」

「うん……」

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