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15.ドレスの女

※前回までのあらすじ

盗賊達に襲われ、不利な戦いを強いられるテル。盗賊のリーダー格がルビーに見せつけるようにしてテルの首を跳ねようとするが…

 剣がテルの首を落とそうとする寸前で、アイザックは動きを止めた。


「おい、誰だ? そいつを殺ったのは?」


 誰に向けての問いかけなのだろうか。テル、ルビー、盗賊団でもない第三の気配を察したアイザックはそう言い放った。


(そいつ? 殺った? なんのことだ?)

 テルは剣を振られて反射的に閉じていた瞼を開く。


 ルビーを捕えていた盗賊の男が力なく地面に倒れ伏せた。

 倒れた男の後ろ首には投げナイフが深く刺さっていた。何処からか投げられたナイフは男の頸椎を正確に破壊していた。


 突然の事に、倒れ伏せた男の脇でルビーも茫然と立ち尽くす。


 ルビーの近くにいたもう一人の盗賊の男も、警戒しナイフ片手に辺りを見回す。


「君は髭を剃った方がいいぞ。あとその前歯は削った方が良い」


 何処からか女の声が聞こえてきた。


「はぁ? 誰だ、てめぇは?」


 盗賊の男も思わず声が漏れた。

 よく見ると女の声が指摘する通り、盗賊の男は髭が深く生い茂っており、前歯が大きく飛び出た出っ歯な面構えをしていた。


 一瞬の間を置いた後、飛翔物体が男の顔面に突き刺さる。


 男は一瞬の出来事に何が起きたのか分からず固る。しばらくして自分の顔にナイフが刺さっていることに気付き、両手で顔を抑える。

 ナイフは男に刺さったが、男は血の一滴すら流していない。確かにナイフは刺さったものの、大きく飛び出した前歯の隙間にナイフが刺さっていたのだ……


 出っ歯の男は何か言いたそうに(うめ)いているが、喋ろうとすればナイフで舌が切れてしまうので発せられた呻きは言葉になっていない。


「おい、そろそろ面を見せろ」


 アイザックが低い声で呼びかける。


「おまえ、何者だ?」


「ただの通りすがりの一般人よ」


 その女はアイザックの背後をすでに取っていた。長身で黒いドレスを身にまとっていた。


「冗談はよせ。スローイングナイフのスキル、気配を消して相手の背を取る動き……」

「一般人、強いて言えば経営者ってところかしら」

「抜かせ。軍人、それも特殊な訓練を受けたエリートってところだろ」

「軍人が上からの命令も無く、人にナイフを投げるとでも?」


 ドレスの女は、落ち着き払った様子でアイザックの受け答えをする。

 アイザックも平穏を装ってはいるが、額には脂汗が浮かび上がる。


「さて、そろそろ道を開けてくれないかしら? 経営者は忙しいの。道に巻き散らかされた盗賊を掃除するんだったら、自分の店を掃除したほうが有意義よ」

「この尼、舐めた態度取りやがって。俺だって、元は軍にいた人間だ。後頭部ぶつけて泡拭いてる奴や、出っ歯の髭男と同列に見てもらっちゃ困る」


 辺りを見回すと5人いた盗賊たちで戦闘可能状態なのはリーダー格のアイザックだけであった。

 他は泡を吹いていたり、道端の茂みでのたうち回っていたり、投げナイフで絶命、もしくは出っ歯を矯正されていたり……


 アイザックとドレスの女がぶつかり合うのは避けられない様相を呈す。

 彼女の投げナイフの腕は信じがたい。しかし、アイザックの武装は剣。近接戦ともなれば、アイザックが有利なのはテルにも分かった。


「おい、ドレスの尼! そっちから仕掛けないんだったら、こちら側から始めさせてもらうぜ!」

「はぁ……」


 ドレスの女が呆れた表情でため息を漏らした直後、アイザックが踏み出した。

 テルを相手にしていた時よりも遥かに早い剣裁きで女を威圧するが、彼女は完全に動きを見切ったかのように剣をかわす。

 女は一向に反撃する気配が無い。


「おいおい、かわすだけか? 無理もねぇ、この距離感で投げナイフじゃ攻撃のしようが無いからな」


 彼女はアイザックの攻撃をすべて見切っているが、反撃の術が無い。テルは考える。

(敵の敵はあれだ、味方だっけか……)


 テルもアイザックへ剣を向けた。

 再び、テルとアイザックの剣がぶつかり合う。剣の腕では明らかにアイザックが上だが、テルが応戦している背後でドレスの女も長い脚で蹴りを入れる。

 アイザックも必死に二人の相手をしているが、完全に防ぎきれない女の蹴りを浴び続け体力の消耗が進む。

 テルとドレスの女の動きは見事にシンクロし、息が合っていた。


 息の上がったアイザックが一歩後退りしたところで、テルとドレスの女が背を合わせる格好となる。


「君、あの男の籠りを少しばかし頼む。私が止めを刺す」

「よし」


 女はそう言った途端、背中から女の感触は消え一瞬で姿を眩ませた。

 テルはもう一度アイザックと剣を合わせる。


「クソ!あの尼どこに行きやがった!」


 アイザックがテルと応戦しつつ、周りを見渡しドレスの女が消えたことに気付く。

 しかし、その時点で勝負は決してた。


 一瞬にして姿を現しアイザックの背後に立ったドレスの女は、アイザックの後ろ首に回し蹴りを食らわせた。

 握っていた剣は手元から滑り落ち白目を向く。アイザックは重力に身を任せ地面に倒れ伏せた。


 ようやく緊迫した状況から解放され、テルは肩を撫で下ろす。

 茫然と立ち屈していたルビーも決着が着いたことを察し、テルに歩み寄る。


「あの、貴女は? 盗賊……ではないですよね?」

「あら、さっきの言わなかったっけ? 通りすがりの一般人よ」


 女はそう答えると、黒いドレスの裾に被った土埃を払う。


「君は冒険者と見受けられるが、一般人、それも女相手に何を警戒している?」


 テルが警戒するもの無理は無い。

 一度は背を合わせ共闘したとはいえ、あの動きの良さと強さである。テルとルビーに敵意を向けられた日には無事では済まないだろう。


 大きく息を吸い込むとテルはようやく、剣を収める。

 そして、辺りを見回すと戦闘不能となった盗賊たち。誰が生きていて、誰が死んでいるのか……

 泡を吹いていたり、血だまりを作っていたり、腰を抜かした出っ歯男がいたり……


「これ、どうします……?」

「放っておいて大丈夫だろう」

「えっ?」

「そのうち軍の治安維持部隊が掃除してくれる。若しくは魔獣の餌にでもなるだろう」


 倒れ伏せた盗賊たちは放置して問題ないと、腰に手を当て言い切るドレスの女。


「正当防衛とは言え、死人もいるみたいですし。投げナイフが首に刺さった奴とか……」

「君、この盗賊たちがどういう連中か知らないのかしら?」

「確か、なんとかファミリアとか言ってたような……」

「君は田舎者だな」


(それ、さっきもアイザックに言われた)

 本日二回目の田舎者認定に思わず心の中で呟くテル。


「ヒルドファミリアっていうのはね、軍の治安維持部隊も手を焼く厄介な犯罪者集団。強盗、誘拐、殺人、金になる依頼なら何にでも手を染める集まり。あなた達、見た感じ金目の物も持って無さそうだし、そこの銀髪の娘を浚って売り飛ばそうとでも思っていたんじゃないかしら」


 ドレスの女は盗賊たちが襲ってきた経緯を言い当てた。ファミリアの常套手段なのだろうか。


 銀髪の娘こと、ルビーがテルの隣に戻ってきた。


「テル、視線がいやらしい……」

「……んっ?なんのことかな?」


 戻ってきて早々、ルビーが妙な事を言い出す。

 白羽くれるテルの目線の先にはドレスの女。

 その黒地のドレスには妙な紋様が描かれている。いや、ドレスの特徴を説明するのに模様など重要ではない。ドレスで最も目を引くのは胸部の一部が露出している構造。それはもう立派に成長した胸の一部がドレスの隙間から垣間見えている。


 剣を握って緊張状態だった時には、気にも留めなかった。が、緊張から解放されたテルの男たる感情が見逃すはずもない。胸の露出が強調されたドレス姿の女に目線を引き付けられるのは必然であった。


「あぁ、この服か。気に入って貰えたかしら? こういう作りになっていると風通しがいいの」

「へぇ……」


 真面目に答えるドレスの女にポーカーフェイスで素っ気無い回答をするテル。

 ルビーがテルの腕を抓る。


「後ろ髪、結んで……」


 若干不機嫌な態度で、開けた後ろ髪を結べとリボンを差し出すルビー。

 少し残念そうに、”いやらしいドレス”から目線を外し、テルはルビーの後ろ髪を結ぶ。


「さて、私はお邪魔になりそうだから、そろそろ街に戻るわ。あなた達が何処の田舎から来たのかは知らないけど、ヒルドファミリアには関わらない事ね……」


 ドレスの女はそう言うと、道端に置いてあった手提げ袋を回収する。彼女は頑なに一般人と言い張るが、手提げ袋の中身から察するに買い出しの途中だったのだろうか。

 袋の中からリンゴを取り出すと彼女は残念そうな声で言う。


「あっ…… 私としたことがせっかくの果実を傷めてしまったようね」


 そう言うと、彼女は傷んだリンゴをテルの胸元目掛け放物線を描くようにゆっくりと投げ与えた。


「体を動かした後は、甘いものを食べると良いわ」


 テルが放物線を描いて飛び込んできたリンゴを両手で掴むと、手の中でリンゴは8等分に綺麗に切れていた。


「サービスよ。その方が二人で食べやすいでしょ」


「はぁ…… ルビーも食べる?」

「……うん」


 テルもルビーも綺麗にカットされたリンゴを茫然と見つめる。

 目の前で起こった手品を見るかのような目で。


「これも傷んでるわね。これは陣中見舞いよ」


 ドレスの女はそう言うと、出っ歯男の前歯に刺さったナイフを引き抜く。そして出っ歯男の口にリンゴを押し込む。


 一般人?とんでもない…… あのドレス女は何者なのだろうか……


 謎のドレス女の背を拝みながら、腑抜けた顔でカットされたリンゴを齧るテルとルビー。


「んっ、このリンゴ美味しいな……」

「うん、すごく甘い」

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