14.盗賊団
※前回までのあらすじ
テルとルビーは一晩厄介になった孤児院を後に、南方の大規模都市”イリアヒル”を目指す
孤児院を後にして数日。二人の旅は順調そのものであった。
魔獣、盗賊と接触することも無ければ天候にも恵まれた。
そして、今日中には”イリアヒル”の街へとたどり着けそうだ。
先日、ようやく大司祭の教区を抜け出した。
教会からルビーの身を護るという意味で、大司祭の教区を離れるという目的は達成した。村での一件が教会全体でどのような扱いとなったか、テルには知る術もない。それでも、別の教区に入った以上は先日の大司祭の影響からは逃れられる。
そんな二人が安全圏に脱し、次にやらなければいけない事は安住できる場所を確保すること。ここまで、毎日街を転々としてきたが、イリアヒルを今後の拠点としようとテルとルビーは決めていた。
そう、イリアヒルには武具屋の店主が紹介してくれた”訳ありの客”を安く受け入れてくれる宿があるからだ。まずはその宿にしばらく厄介になって、生計が建てられるように仕事を見つけないといけない。
いずれは宿を出て、この地に住居を構えるというプランまでテルは構想していた。
――――――――
「テル?イリアヒルってどんな街なの?」
「かなり大きな街らしいぞ」
「シトラスの街よりも?」
「多分な。南方の地域では三本指に入るとかなんとか……」
ルビーはもちろん、テルもさすがにシトラスから大きく離れた界隈の土地勘は無い。聞いた話で分かっていたのは大きな街であり、主要街道の通ずる地となっているらしい。
生活と職には不便しなさそうである。
一方で気掛かりな点としては、付近の街道には盗賊がよく出没するという事。大きな街という事もあり、高価な貨物の往来も多い。当然盗賊の標的にされる事がしばしばあるのだとか。加え、周辺の森では魔獣もある程度の頻度で出没が確認されているという。
「イリアヒルに着いたら、この旅は終わり?」
「そうだな…… できる事なら定住したいとは思ってるよ。金銭的にもそろそろ仕事を探さないとまずいし……」
「わっ、わたしは……」
「ん?私も働きたい?そうだな、ルビーにも働いてもらわないとお金がな…… やっぱり喫茶店が良いんじゃないか働くなら?メイド服着てさ」
「わたしは働かない…… 無理」
どうやら、ルビーは働く気は微塵も無さそうだ。
いや、働く気が無いというのは誤りかもしれない。名誉の為にも働けないと訂正しておこう。今までルビーがまともにコミュニケーションをとれた相手は、どんなに盛っても両手で数えきれる程度しかいなかった。そんな超内気な村娘が初めての街、それも大きな街で、見知らぬ人相手に商売なんてできるはずもない。
分かっていたものの、これと言って話す話題も無く暇なので、テルは話題を引っ張り続ける。
「ルビーがメイド服着たら絶対似合うと思うぞ。お客さんも大喜びで店も大繁盛、報酬も弾んでもらえるかも?」
「嫌…… 似合うとかそういう問題じゃないから……」
「じゃあメイド服着た姿を俺に見せるだけでも嫌?」
「それなら…… やっぱり嫌……」
「どして?」
「……恥ずかしいもん」
(恥ずかしいねぇ……)
これ以上この話題を続けると、セクハラと思われかねないのでお終い。
残念ながらメイド服姿は一生拝むことはできなさそうだ。
ところでルビーの服装について考えてみると、彼女はいつも同じような服装をしている……
これぐらいの季節だと、質素なエプロンドレスを着こなしている。無論後ろ髪を結んでいるリボンは、いっつも若草色だ。拘りがあるのかどうかは知らないが、子供の頃からずっと同じ色のリボンを使っている。
よくよく考えると見慣れた”ルビースタイル”にも気になる点はあるのだが、女の子の服装についてとやかく言うのはやめておこう……
「テルは何して稼ぐつもりなの?」
「安全で高報酬な仕事だな。冒険者はもうやらない」
「なんで冒険者やらないの?」
「シトラス界隈と違って、イリアヒルの周辺は盗賊も魔獣も多いと聞いたからな。冒険者が請け負う護衛任務のリスクにも関わってくる話だ」
「そっか…… 仕方ないね」
「冒険者業は店じまいだ。やっぱり安全で高報酬ならメイド服着て喫茶店が良いんじゃないか?」
「も~う、またその話掘り返す……」
ルビーは呆れ顔ながらも機嫌を悪くしている様子も無い。そんな他愛も無いやり取りをして和む程に、ここまでの道のりは順調であった。
二人とも、自分達が教会という大きな組織に追われているかもしれない身だということなどすっかり忘れていた。
道中で魔獣に遭遇する危険も、盗賊に狙われる危険もすっかり頭の中から消え去っていた。
――昼を過ぎ、陽は高い位置に昇るが、厚い雲が太陽を覆っているお陰で暑さは感じない。
街道は森の中へと入っていき、涼しい風が吹き抜け、虫たちの騒がしさが増す。
今日は馬の調子も絶好調で機嫌が良い。シトラスの街からずっと乗り続けてきている馬も、すっかり旅の相棒となっていた。
テルに対しては相変わらず懐いていないようだが……
イリアヒルに着けば旅も終わり、ルビーに懐いている馬ともお別れだ。少し寂しい。
そんな事を思いながら、人の往来が少ない道を順調過ぎるほどに往く。大きな街へと繋がる道だというのに、ほとんど他の人とすれ違うことも無い。
――森に入り、しばらくぶりに馬車を見かけたが、道の端に停車していた。これだけ往来の少ない場所なら、道のど真ん中にでも停車しない限り邪魔になることもない。
何も考えずに馬車の横を通り過ぎようとした時だった。馬車の荷台を覆っていた布が舞い上がり、武装した男たちが飛び出してきた。
あまりに突然の事にテルとルビーも驚いたが、それ以上に馬が驚き暴れ出す。二人は振り回され、一瞬で落馬した。
二人とも地面に強く叩きつけられ、テルは直ぐに立ち上がったがルビーは地面に這いつくばっている。透かさず両手にダガーナイフを握った男が二人を目掛けて素早く接近する。
男の構えたダガーナイフがテルを切り裂こうと軌道を描くが、刃先ギリギリに交わし男の足を掬う。男は両手に握っていたダガーナイフを手放し、後頭部から地面に叩きつけられた。
テルとルビーはこの一瞬で状況を理解した。噂には聞いていたが、イリアヒル近辺に来て早々に盗賊と出くわすとは。最も足を掬っただけで後頭部から倒れこむような相手だ、三流盗賊もいいところである。
テルの背で落馬したルビーがようやく立ち上がる。
「ルビーは下がってろ」
「わたしも……」
「いやダメだ、あの力は使うな」
「うん……」
残りの盗賊たちがテルとルビーを見ながら、仲睦まじく談笑し始める。
「女の子に”下がってろ”つって格好つけてやがるぜ」
「ぷっ、自分の置かれている立場がわかっちゃいねぇ」
「男一人でなんとかできると思っているのか?んぁ?」
「リーダー、男はどうします?」
「”人間の男”なんざ奴隷としても売れねえんだ、殺しちまえ。女は売り物にするから傷一つつけるなよ」
盗賊は先程転倒した男を含めると5人。金品狙いでは無く、女をそういう場所に売り飛ばして荒稼ぎしている連中のようだ。
盗賊たちの会話を耳にしたルビーは不安げな顔で一歩下がる。テルは盗賊達に聞こえないように小声でルビーに指示を出す。
「俺が合図したら走って馬の所に行け。そのまま馬に乗ってで街まで逃げろ」
「でも……」
「こいつらを片付けたら街で合流だ」
「ちょっと、お兄さん?俺たちの相手はしてくれないの?」
盗賊の一人が余裕を噛ましながら煽ってくる。
「行け!ルビー!」
テルが合図を出すと同時にルビーが背を向け走り出す、盗賊も透かさず反応する。
「行かせるかよ!」
テルは直ぐさに弓を構え、駆け出した男の足元に矢を射る。わずか一瞬の判断で放たれた矢は男の足の甲を正確に捉える。男は地面に倒れこみ、のたうちまわる。
負傷しのたうちまわる仲間を前にしても、平然としている盗賊たちは残り3人。リーダー格と思われる男が口を開く。
「なかなかいい腕じゃねぇか」
「弓の腕には覚えがあるもんでな」
「リーダーの俺が直々にあの世へ送ってやる。お前らは手を出すんじゃねえぞ」
盗賊のリーダーは他2人にそう言い放ち何かの合図を出すと、剣を抜き目を奪われるような早さで駆け出す。テルも出遅れず矢を放つが、リーダーが軽く振った剣で払い落とされた。
次の一手を放つ隙も無いほど距離を詰められたところで、テルも剣を抜く。
互いの剣が相まみえ、激しくぶつかり合う。
剣を用いた近接戦では両者互角といったところで、ミスを犯した方が斬られるといった一進一退の攻防が続く。
「剣も基礎はできているようだ。折角だ名前を聞いておこう」
「殺そうとしている相手の名前を聞くのか? そっちから先に名乗ったらどうだ?」
「アイザック、ヒルドファミリアのアイザックだ」
「しがない通りすがりの冒険者、テルだ。ファミリアか何だか知らんが5人とも街に常駐している軍に突き出してやる」
「ヒルドファミリアを知らないとは、とんだ田舎者だ。まぁ良い、仮に俺を牢獄にぶち込んだ所で、お前はヒルドファミリアの恐怖に怯え続けることになるだろう。そろそろ仕留めさせてもらおうとするか」
会話はお終いとばかりに、アイザックの猛攻が始まる。一瞬にして変わったアイザックの気迫にテルの戦局は不利になり、防戦一方となる。
既に仕留めた二人から察するに、三流の盗賊団かと思い込んでいた。しかし、リーダー格のアイザックだけは別格のようである。
「どうした少年?剣は得意ではないのか?私の見込み違いだったか」
冒険者業を始めてから、剣術も一から身に着けたが近接戦の実戦経験は無いに等しいテル。今まで如何に平和な環境で冒険者をやってきたことだろうか。
相手もリーダーを名乗るだけあって強い。このままだと決着が着くのは時間の問題であった。
やがて、テルは体力を消耗し足がふらつき始め、防御もままならなくなってきた。いつでも止めをさせるだろうにアイザックも必要以上にテルと剣を交える。テルが跪くまで弄ぶかのように……
「よし、剣で遊ぶのもお終いだ少年」
アイザックはそう告げると、テルの握っていた剣を薙ぎ払った。剣は握力の尽きていたテルの手からいとも簡単に抜け落ちた。
(くっ、クソが…… 本当にここでお終いなのか)
「最期にお前のツレの女を拝ませてやる。よーく目に焼き付けとくんだぞ」
丸腰になったテルが目線を上げると、ルビーは残りの盗賊に捕らえられていた。
アイザックとの戦闘に夢中になるあまり、他の奴の動きまで目が回っていなかった。回っていなかったというよりは、周りの状況を把握する余裕は微塵も無かったという方が正しい。
テルの脳裏に最悪の結末が過る。自分はルビーの前で首を跳ねられ、ルビーは何処知れず売り飛ばされ、限りない凌辱を受け続ける……
テルはルビーに向かって声を張り上げた。
「ルビー。雷を打て!」
力を使うなとは言ったが、もはや力を使わずしてこの状況を脱する方法など無かった。
「おっと、妙な真似をさせないぜ」
盗賊の一人がそう言うと左手でルビーを抱き寄せ、ルビーの首元にダガーナイフの刃を当てる。
「嬢ちゃん、ツレの男の首が跳ねられるのを一緒に楽しもうぜ。ぐへへへえ」
「い、嫌ぁ……」
ルビーを捕えている男は臭い息を吐きながら、汚らわしい声で囁く。
仮にこの状況で男に雷を打てば、ルビー自身も巻き添えを食らうことになる。
ルビーの能力すら使えない窮地になってしまった。
「テルと言ったか。少年よ運が悪かったと思って眠れ。女の事は心配するな、遊び倒されて抜け殻になったら引き取って同じ穴に埋めてやる」
そう言い放った直後、アイザックはテルの首を目掛け剣を振った。




