13.孤児院にて(3)
※ここまでのあらすじ
教会と魔法使い、その真相の一部を耳にしたテル。魔法使いはいつ、何処からきたのだろうか…… そんな事を考えながら、孤児院で一晩をすごし、朝がやってきた。
広い部屋に暖かい陽の光が注ぐ。森の小鳥たちが賑やかさを増す。
教会のお膝元にもかかわらず、テルの目覚めは良かった。
「ルビーはまだ寝てるだろうな…… 馬の様子でも見に行くか」
誰とも鉢合わせしない広い館内の廊下を往くテル。昨晩騒がしかった子供たちも、まだ夢の中なのだろう、廊下は物音ひとつしない静けさに包まれていた。
書物室……
そう扉に刻まれた一室があることにテルは気付き足を止めた。
(教会の書物になら魔法使いに関する手がかりが記されているかもしれない……)
テルは昨晩のフィリスとのやり取りで魔法使いという存在について、様々な疑問が湧いてきていた。加え少しでも知識を得られれば、それがルビーを護る助けになるのではないかと考えていた。
(しかし、勝手に入って閲覧する訳にもいかないのでこの事は忘れよう……)
孤児院の建物を出たところで、修道服に身を包んだフィリスに鉢合わせた。
「あっ、おはようございます」
「あら、テルさん。おはようございます。お早いんですね」
「普段はこんな時間に起きないんですけど、目覚めが良かったもので…… フィリスさん朝から祈りを捧げられるのですか?」
修道服を身に纏いしっかりと整えられた姿を見るに、おそらくそうなのだろうがテルは一応尋ねてみる。
「はい、たとえ寒い日だろうと、嵐の日だろうと朝の祈りは欠かすわけにはいきません。夕方には信仰者の方が集まって祈りを捧げます」
神に仕える者達のルールは良くわからないが、子供たちの世話に毎日の祈りに……
そんな忙しいフィリスとは裏腹にタダで泊めて貰った自分達の存在が申し訳なくなってきた。
フィリスが突然、提案してくる。
「もし宜しければテルさんもご一緒しませんか?」
「えぇっと、その…… 私みたいな人間が聖堂に入って祈りを捧げて大丈夫なんですか?」
テルとルビーが信仰していない者という点は昨晩、フィリスにあっさりと見破られた。そんな信仰の無い者がそもそも聖堂に立ち入っていいものなのだろうか。
「はい、大丈夫です。信仰が無い者が聖堂に立ち入ってはいけない、などということは一切ありませんので」
「そうですか。であれば……ご一緒します」
「ありがとうございます!」
テルは教会の、それも神にもっとも近い場所であろう聖堂に入るのは気が引けた。しかしフィリスの厚意を無碍にするのも申し訳無いと思い、一緒に祈りを捧げることにした。
聖堂の中に入ると、ステンドグラスが朝陽を美しく取り込み、手入れの行き届いた聖堂内を適度に照らす。
「テルさん、昨日のアレ覚えています?」
「昨日のアレ?」
「はい、食堂の後片付けを手伝っていただいた時に教えた正しい祈り方です。あの祈り方で手を合わせて頂いていればそれだけで大丈夫です。どこの教会に行っても祈り方は同じなので一度覚えておくと便利かもしれません……」
――朝の祈りは思っていた程長くは無く、本当に手を合わせて祈っているフリをするだけで終わってしまった。
「テルさんの祈り方お上手でしたよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
聖堂という神聖な雰囲気の場所で、形だけ祈りを捧げたテルは罰当たりな気がしてならなかった。
「あっ大丈夫ですよ心配なさらなくても、無理矢理入信させようなんて野暮な事はしませんので」
相手を褒めちぎっていい気分にさせたところで、引き込むというやり口は定番中の定番である。しかし、フィリスにそんな気が無い事は彼女の曇りのない笑顔を見れば明らかであった。
「これから朝の食事の準備をしますので、テルさんはゆっくり休んでいてください」
「いえいえ、私も何か手伝いますよ?」
「気に留めないでください。今日からの旅も長いのでしょう?しっかり休息をとってください」
二人が並んで孤児院の館内に入ったところで、テルが話題を切り出す。
「この先にある”書物室”って部屋……」
「あぁ、あの部屋ですね。教会関連の書や子供たち向けの本などを所蔵しています。大した規模ではありませんが。何か調べ物でもあれば使っていただいて結構ですよ?」
「教会・孤児院の部外者が使っても大丈夫だと?」
「えぇ構いません。書籍の持ち出しはさすがに困りますが、そうでなければご利用ください」
フィリスはあっさり書物室の利用許可を言い渡すと、朝食の準備のため食堂へと向かっていった。
書物室を使わせてもらえるとは思ってもいなかったテル。
書物室はそれほど広くなく、棚には書物が疎らに陳列されていた。
フィリスの言っていた通り、子供向けの本が多い印象であったが、隅の棚には教会関連の書が並べられていた。
テルはそれから食い入るように片っ端から書物の中身を確認していった。
――結果
必要とする情報は何一つ得られなかった。
まず第一に所蔵されている書物の年代が浅い。傷み具合から考えても20年以内に製本された書物しか置かれていなかった。国が魔法使いの根絶を宣言したのは20年前。
つまりそれ以後に魔法使いの実態について正しく記された書物が、公の場に出ることが許されたとは考えにくい。
第二に教会の検閲により撤去されたのではないかということ。この孤児院は教会の施設の一部なので、所蔵している書物にも教会の検閲が入った可能性が高い。仮に20年以上前の書物が残っていたところで、教会の都合の悪い内容であれば撤去された可能性が高い。
よくよく考えてみれば、教会のお膝元でそんな書物が閲覧可能な状態になっている方がおかしい。
テルはきっぱり調べるのを諦め書物室から退出しようとした時、後ろから誰かの気配を感じた。
「お目当て情報は得られましたか?」
耳元でそう呟いたのはフィリスであった。
「せっかくの機会だったのに、収穫なしですね」
「そうですか…… 何について調べていたのかはお聞きしませんが、教会関連の古い書物でしたらイリアヒルの大図書館に所蔵されているかもしれません」
「大図書館?」
「えぇ、国の運営する図書館で一般人にも開放されています。もっとも国や教会にとって都合の悪い書物は一般人向けには公開されていないとは思いますが……」
(イリアヒル…… 聞き覚えのある街だ…… そうか、武具屋の店主が紹介状を書いてくれた宿があるものイリアヒルか)
テルにとってイリアヒルへ立ち寄る理由がまた一つ増えた。
「さて難しいお話はお終いです。朝食の準備ができたので食堂へ行きましょう」
テルが書物室で夢中になっている間に朝食の準備が整い、食堂では子供たちとルビーがテルの到着を待っていた。
――朝食を摂った後、テルとルビーが荷物を纏め出発の準備を整える。二人が孤児院の外にでるとフィリスと子供たちが見送らんとばかりに、集まっていた。
「もう行かれてしまうのですね……」
フィリスが少し残念そうな顔で声をかける。
「まだまだ旅を続けなければ行けないので。イリアヒルの街を目指してみようかと思います」
「イリアヒルまでは道中長いかと思いますので、どうぞお気をつけてください。もしこちらの方へ戻って来られる事があればぜひまた立ち寄ってくださいね」
テルとフィリスが話している中、馬に跨って出発を待っているルビーの下に子供たちが寄ってきた。
「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
「うん、先を急がないといけないからね……」
「また遊びに来る?」
「うーん、どうかな…… 旅が終わったらまた来るかもしれないかな……」
遊びにという言葉にルビーは引っ掛かりを感じたが、子供たちに若干遊ばれていたのは事実だ。
昨晩部屋に押しかけてきた幼女が別れ際に言い放った。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんと”せっくす”できるといいね」
「…………」
――――――――
テルとルビーは孤児院の面々に見送られ、次の街を目指し街道へと戻って行った。
「思わぬ寄り道だったな。でも悪くなかった」
「うん」
「教会の人間も悪い人ばかりじゃないんだな。フィリスさんも、孤児院の子供たちも」
「わたしは嫌い」
「えっ?」
「……嫌い、あの子供たち」
「……えーっと、それは何故でしょうかルビーさん?」
「嫌なものは嫌なの。コケにされたし」
「コケにされた……?」
ルビーに裏で何があったのだろうか、テルは知る筈も無かった。これ以上話題を続けると機嫌を悪くして口を聞いてくれなくなりそうな雰囲気であった。
さぁ、次の街を目指そう。




