12.孤児院にて(2)
※前回までのあらすじ
迷子の幼女を孤児院まで送り届けたお礼として、テルとルビーはシスター・フィリスの恩により泊めてもらうことになった。
自分から申し出て、食堂の後片付けを手伝うことになったテルは、テーブルから食器を集め、運び出し流し台へと運ぶ。
全ての食器を運び終わると、言われるまでも無くフィリスの横で食器洗いに加勢した。
積み上がられた食器の山は二人がかりでも、洗い終えるにはそれなりの時間を要しそうであった。
「フィリスさんは毎日一人で、子供たち全員分の炊事洗濯をしているんですか?」
「はい! そうですよ」
躊躇なく笑顔でそう答えるフィリス。
「大変じゃないですか……?」
「そうですね、人数が多いですからね…… でも身寄りの無い子供たちの事を考えると大変だなんて感情は湧かないものですよ」
「そういうものなんですかね」
「子供たちが大きくなって、元気にここを巣立って行ってくれれば、それだけで私は幸せです。すべての者に神の愛は平等、それは親の居ない子供たちにも言える事なのです。今の私は神の愛を持って子供たちの毎日を紡いでいくことが喜びなのです」
フィリスさん、なんて穢れの無い考えなのだろうか。あなたは聖母の生まれ変わりなのだろうか、とテルは心の中で思わず呟く。
「ごめんなさい私、こんな戯言をベラベラと……」
「いえ、そんなことはないですよ」
「神を信仰されていない方相手に、取るに足らない話を……」
もちろんその言葉には嫌味の欠片すら含まれていなかった。純粋に信仰していない者相手に興味の無い話を聞かせてしまったという気持ちからの一言であった。
これが嫌味から来る一言だったら場の空気が沈み、会話が止まっただろうがそうはならなかった。
「なぜ、信仰が無いとわかったのですか?」
「それは分かりますよ。お食事前の祈り、手の合わせ方が無茶苦茶でしたので」
フィリスは笑いながらそう言うと、食器を洗う手を止めテルに正しい祈り方を教えた。
テルも言われるがままにフィリスの真似をして見せると、お上手とお墨付きを貰った。
フィリスの褒め言葉に満更でも無い表情でにやけるテル。
――山積みになっていた食器が高さを失い、間もなく洗い終えようとしていた頃。
話しているうちにフィリスと大分馴染んできたとテルは感じていた。教会の人間とこんなに近い距離で接する機会は早々無いだろう。
この際なので、リスクを承知でテルは尋ねた。
「唐突なんですが、こんな事聞いてもいいですか?」
「どんな事でしょうか?私に答えられることであれば精一杯お答えしますよ。」
「教会の人間、神に従える者として魔法使いという存在についてどう思いますか?」
「そうですね…… 教会では魔法使いは嘗て、この国に災いと混乱を齎した忌むべき存在とされています。ですが……」
一瞬の間が開く。この質問はまずかったか、もう後戻りはできない。
「魔女狩りは私が生まれる前のことでしたので、魔法使いというものは伝聞でしか知りません」
テルは驚いた。
魔女狩りが終結したのが20年前なので、フィリスは20歳以下ということになる。そんな若くして孤児院を背負い、子供たちの世話を熟しているとは……
「あっ今、女性に対して失礼なこと考えていませんでしたか? 見た目の割には若いとか?」
「いやいや、そんなこと……」
「幾つとは言いませんが、ルビーさんとそれほど歳も離れていないと思いますよ。なので改まらずに、もっと気安くしてくださいね」
そうは言われたものの、フィリスさんは聖母のようなオーラを出しているし、自分はタダで泊めてもらっている身分。どう気安く接すればいいのかわからないテル。
「私のことはフィリスって呼んでいただいて構いません。”さん”はいりません」
「えっーっとフィリス…… フィリスさん、もう一つ聞いてもいいですか?」
「もう”さん”はいらないって言ったのに。質問どうぞ」
「もし、もしですよ。追われる身となった魔法使いが助けを求めてきたら、神に仕える者としてどうしますか?」
「手を差し伸べます」
一点の迷いも無くそう答えたフィリスの回答はテルにとって想定していたものとは違った。教会の人間というと森での一件以降、狂気に満ち溢れた大司祭以外思い浮かべられないでいたからだ。
教会の人間は教えに従い、問答無用で魔女を弾圧するものだとばかり思っていた。
フィリスが続ける。
「魔法使いの存在云々というのは本来の聖書には記載されていないのです」
「……つまり?」
「魔法使いに関する教えというのは歴史的に見れば後付けに過ぎません」
「…………」
「魔法使いは忌むべき存在であるというのは神の意志ではないのです……」
テルは何も知らなかった。教会と魔法使いの関係を。だからこそフィリスの話に唖然とした。
「まぁ、テルさんが神を信仰されない方なので、こんなお話ができるのですよ」
「私が神を信仰する人だったら?」
「信仰者にとってみればこんな発言、異端の他にないですね。教会上層部にこの発言が伝われば破門されるでしょう。いいえ、破門だけで済むのでしょうか……」
「ごめんなさい。凄くまずい事言わせちゃって……」
「大丈夫。心から信じてますから、テルさんの事を」
「今日会ったばかりなのに?」
「はい! 私にはわかります、テルさんは信頼に値し自分の身を任せられる人。だからこそルビーさんもテルさんに心を許しているのでしょう……」
食器をすべて洗い終え、二人は食堂部屋を後にした。
――――――――――
テルとフィリスが食器洗いに奮闘している頃、ルビーはテルに言われるがまま先にシャワーを借りていた。シャワーを借りるとは言ったものの、風呂場にはシャワーだけではなく大きな浴槽まで備え付けられていた。浴槽に満たされた湯は人間が浸かるのに最適な温度となっており、ルビーを誘う。
「入ってもいいんだよね?」
遠慮しながらも、ちゃっかりお湯に浸かる。
ルビーがお湯に浸かり、体を伸ばしていると風呂場の外がドタドタと騒がしくなってきた。
幼女たちであった。晩御飯前にルビーの部屋に押し寄せてきた幼女たちが、狙ってかどうかは分からないが風呂場にも押し寄せてきた。
「あっルビーのお姉ちゃんだ!」
「お風呂借りてます……」
「私もお姉ちゃんとお風呂入る!」
「先に体洗わないとダメなんだよ。シスターがいつも言ってるよ?」
「えー、早く入りたいよー」
浴槽に浸かる前に体を洗うようにシスターから躾けられているようで、幼女たちは早く入りたい衝動を抑えながらも体を洗い始めた。
急いで風呂に入りたいのか、体の洗い方が雑なため泡が浴槽にまで飛び散ってくる。
(私、先に上がろうかな、あまり絡まれたくないし…… でも、この子達が可哀そう……)
優柔不断にルビーが迷っている間に、幼女たちは広い浴槽に飛び込んできた。
浴槽の水位は一気に上がり、お湯が縁から溢れ出す。
「はぁぁぁぁ! あったか~い!」
「私、お姉ちゃんの隣に行く~」
盛り上がる幼女たちの中でも一番年上と思われる娘がジーーーとルビーを注視していた。
(うーん、さっきの話題とか掘り返されたら嫌だな……)
そして年上幼女が唐突に切り出す。
「お姉ちゃん、おっぱい小さいね」
「な、な、な、なにを。ち、ち、小さくない!」
ルビーは慌てて腕を組み、胸を隠す。いくら何でも自分よりも年下の幼女に言われる筋合いはないし、実際の物量でも劣る筈がない。
……劣っていた
突っかかってきた幼女の胸の膨らみはルビーの其れを上回っていた。僅差とかというレベルではなく、誰がどう見ても二回りは大きかった。
幼女?体の部分的な育ちだけ見ればもはや幼女とは呼べないものであった。
「お姉さんなのに私より小さい」
「あっ本当だ!」
「どうやったら大きくなるの?」
「お姉さん早く大きくしないとお兄さんのお嫁さんになれないよ?」
幼女たち+発育のいい幼女は勝手に胸の大きさについてガールズトークを繰り広げていた。ルビーの胸に視線を集中させながら……
真っ赤に茹で上がったルビーはガールズトークで盛り上がる幼女たちを背に風呂場から退散した。
「ひどい……ひどい……ひどいよ……」
子供たちに遊ばれたルビーは涙目になりながらベッドのある部屋へと戻って行った。
――――――――――
夜も遅い時間を回り、広い部屋には月明りが微かに差し込む。
食後にあちらこちらから聞こえてきた子供たちの燥ぐ声も止み静寂に包まれていた。時より外からフクロウの鳴き声が聞こえてくる静かな夜。
テルはフィリスとの会話が頭から離れず、眠れないでいた。
窓の外を眺めると、街の明かりが少し先に見える。孤児院と教会はちょっとした高台の上に位置しているらしく、森に遮られることなく照らされた街を望むことができた。
フィリスとの会話を思い返すテル。
本来の聖書に魔法使いに関する記述は無かった……?
だとすると魔法使いが世に現れたのはそう遠く無い昔?
なぜ、教会は魔法使いを忌むべき存在として教えの一部に後付けした?
ダメだ……自分一人で考えてもわからない。
教会の事情を知る由も無いが、魔法使いと教会が敵対するようになった真相はタブーである可能性が高い。
いや、敵対? 国と教会が一方的に魔法使いを弾圧していただけなのではないか?
テルは夜遅くにもかかわらず頭が冴えてしまい考えが巡る。一個人が真相を知ったところで、世間は何も変わらないし、村に帰れるわけでもない。魔法使いを研究する歴史学者でも無い。
それでも魔法使いという存在に関して何かの引っ掛かりを感じていた。
兎にも角にも、教会の中にもフィリスさんのような考えの人間がいる。それが分かっただけでも、心が救われた気分になった。
フィリスさんの事は信じていいと思うし、信じられる。それでも村での一件以降、教会が裏でルビーを狙っていないという確証も無い。
明日の朝には此処を出て先を急ごう。
テルはそう自分に言い聞かせ眠りについた。




