9.不吉な夢
肌に纏わりつくような蒸し暑さ……
時より流れるメロディー……
日陰の椅子に座りながら手を繋いでいるこの子は誰?
……………………
窓から差し込む朝の陽ざしにふと目を覚ますルビー。
「この夢…… まただ……」
奇妙な夢に魘されたルビーの目覚めは芳しくなかった。
眼をこすり、あたりを見回すといつもとは違う朝の光景が広がっていた。
(そっか、私たち村を出ていったんだ……)
ルビーは普段とは違う目覚めの光景を直ぐに理解する。
「おはよう、ルビー」
「お、おはよう……」
昨晩から干していた服の乾き具合を確認しながら、部屋の物干し紐から服を外しているテル。
ふと、昨日のシャワールームでの一件を思い出し、恥ずかしそうにルビーは目を逸らした。
荷物をまとめ、宿屋1階の受付まで降りていくと昨晩の受付嬢が話しかけてきた。
「あら、お客様。もう出発されるんですか?」
「あぁ、先を急ぎたいんでね」
「そうですかどうぞお気をつけて。あっ、昨晩はお二人ともお楽しみ頂けましたか?」
「楽しむって何をだよ?」
「若い男女が夜に楽しむ事といったら……ねぇ?」
受付嬢がわざとらしくルビーの方を向きそう言い放つ、当人は顔を真っ赤にしている。
――昨晩雷雨を齎した雲は空から立ち去り、真っ青な空は旅の再開を受け入れてくれた。
快晴の中引き続き街道を北に進む。
幸いにも昨日乗ってきたルビーに懐いている馬がまた借りられた。しばらく旅を共にすることになりそうだ。
街を離れてしばらく、朝からほとんど会話の無かった二人だがルビーが唐突に話題を振ってきた。
「テル?また変な夢を見た、今朝……」
「あぁ、時々見るってやつか」
「うん。いつも夢の中で同じ光景を見るの。全く見覚えのない筈の場所なのにものすごく鮮明で…… テルはそういう夢を見たりしないの?」
「夢というか、頭の中に直接語り掛けてくる声を聴くことはあるな。よく知っている筈の声なんだけど、それが誰なのか思い出そうとしても思い出せないというか…… 最近だと、村を出る前日だったかな」
「なにそれ、怖い……」
テルが続ける。
「もしかしたら予知夢なんじゃないのか、それ?」
「よちむ?」
「未来に起こる出来事を事前に夢で見れる人がいるらしい」
「それって占い師ってこと?」
「うーん、ちょっと違うかな。予言者に近いかな?」
「預言者?教会の人?」
「うん、それも違うな。こんな話がある、過去に国が魔法使いを排除していた時期があっただろ?」
「魔女狩り?」
「そう20年前まで行われていたやつだ、厳密には男の魔法使いも排除の対象となっていたが。で、その時に国がどうやって魔法使いの居場所を把握していたか。密告され居場所が特定された者も多くいたらしいが、魔女狩り末期になると予言者の予言を頼りにしていたという説がある」
「…………」
黙り込むルビー。ルビーの前で魔女狩りの話をするのは不味かったと気付くが、既に空気が重くなった。
「すまないルビー」
「うん、私は大丈夫」
「この話題はお終いにしよう」
「うん」
途中休憩を挟みつつ次の街を目指す二人。やがて陽が傾き始め、空が色付き始めた。
予想以上に次の街までは距離があり、このままのルートだと街に着く前に陽が暮れてしまうのが目に見えていた。
人通りが少なく狭い道ではあるが、街までの最短ルートとなる旧道に入り馬を突き進める。
旧道は人の往来した形跡こそあるものの薄暗く、近いうちに自然に飲み込まれ元の姿に戻ってしまいそうであった。
――旧道に入りしばらく進んだのち、テルが急に馬を止めた
「テル、どうしたの? あっ……」
幼女……
小さな少女、もとい幼女が狭い道の真ん中に座り込み、行く先を塞いでいた。
シクシクと泣きながら……
二人は馬から降り、幼女に歩み寄る。
先を急ぎたかったが、時期に陽が暮れ闇に包まれる場所に泣いている幼女を放置していくことはできなかった。質素な服に、履き古した靴、髪はショートヘアでまだ10歳にも満たないであろう幼女はお世辞にも裕福な家庭の子には見えなかった。
「君、どうしたの?迷子?」
幼女は泣きながら鼻を啜り答える。
「みんなと逸れちゃった…… お家に帰りたい……」
「この道、どっちに行けばお家に帰れるか分かる?」
「……わからない」
そう言うと幼女は再び泣き始めた。
「ルビー、どう思う?」
「一旦、一緒に街まで乗せていってあげたら? もう陽が暮れそうだし……」
「そうだな、ここに留まるわけにはいかないしな……」
テルが幼女を持ち上げ、馬の上からルビーが幼女を引き上げ乗馬させる。二人と幼女、三人は街を目指し馬を進めた。




