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0.幼いころの記憶

 ――これはまだ少年、少女が幼かったころの記憶……


 背の高い木々が鬱蒼(うっそう)と生い茂る森。陽は一日の中で最も高い位置に昇っている。

 村から子供の足でもそれほど遠くない森の林道を行く少年と少女。


「ほら早く!こっちこっち」

「もぅ~、待っててばテル……」

「早くルビー!早くしないとお宝が誰かに奪られちまうだろ!」

「こんな場所に来る人なんて普通いないから、もぅ……」


 少年は少女のことなどお構いもなしに、足場の悪い森を突き進む。

 少女は少年から遅れをとりながらも(はぐ)れないように後を追う。

 少年の”冒険者”を模した遊びに無理矢理付き合わされている少女。


「太古の聖剣が冒険者の手に渡ることを待ち侘びている!」

(男の子って本当くだらない、早く帰りたい……)


 やがて、森の林道は石垣の法面(のりめん)で整備された道となり、幾分か歩きやすい足場となる。

 ようやく少女が追い付いてきたのを確認し、少年が指差す。


「ほら、あそこだよ」


 指差す先にはくたびれたレンガ造りの廃屋が静かに佇む。壁には蔦が這っており、レンガも所々欠け白化が進んでいる。放置されてから相当な年月が流れているようだ。

 なぜこんな森の中に一軒だけ廃屋が佇んでいるのか、定かではないが小気味悪い雰囲気を放つ。

 廃屋から漂う不気味な瘴気に当てられた少女は廃屋に近づこうとしなかったが、少年は勝手に先へ進んでしまう。


「不気味…… テル、早く帰ろうよ。勝手に入ったら怒られるよ」

「誰に怒られるんだよ、元住人の亡霊に? へーきへーき」


 少女が忠告するも、まるで耳に入らない少年は廃屋へと入っていった。


「あった、まだあった。これこれ。 あっ、これもついでに持って帰るか」

(これってやっぱり泥棒さんだよね…?)


 少女が呆れていると、少年が自慢げな顔をしながら物品を持ち出し廃屋から戻ってきた。

 持ち出してきた物品は本日のお目当てであった剣。

 剣は錆びついており明らかに(なまくら)と化していたが、少年はドヤ顔で剣を構えて見せる。


「ほら、どうだ? 長き眠りから目を覚ました聖剣だぞ!」

「すごい錆びてる、弱そう……」

「街で一番の、最高の鍛冶屋に頼んで鍛え直してもらうから大丈夫。 あと、ルビーにはこれ」

「あっ、ありがとう…… なにこれ?」


 赤い六芒星(ろくぼうせい)のチャームを差し出す少年。廃屋の中から持ち出してきたようだが、元居た住人の装飾品なのだろうか。


「うーん、なんだろう…… でも首飾りとかにしたら似合うと思うぞ。 ルビー可愛いし」

「えっ…… うっうん……」


 少年からの突然の”可愛い”という言葉に頬を赤らめる少女。


 お目当ての品を”拝借”し、満足した少年が少女を引き連れて帰ろうと歩き出した時、背筋に寒気が走った。二人は不穏な気配を感じ廃屋を振り返る。


 目に飛び込んできたのは大きな黒い獣だった。

 四足歩行で狼のような容姿であるが、明らかに狼とは違う獣がこちらを睨みつけている。漆黒の剛毛に赤い眼光、体高は150センチ程度。


 年端もいかない少年少女ですら、目の前の黒い化け物が何物であるか理解するのは容易であった。

 魔獣。人を喰らう化け物はそう呼ばれている。


「ルビー、逃げろ!」


 少年はとっさに叫けび少女の前に出た。

 その足は震え、腰は引けていた。

 剣術など唯の一度も習ったことはなかったが、少年は震えながらも必死に錆びた剣を構えた。


 次の瞬間、魔獣は猛烈な勢いで少年を目掛け突進してきた。

 剣を振るうことさえできずに突き飛ばされ、数メートル先の樹木に背中から叩きつけられた。

 樹木に背中を激しく叩きつけられたことにより、立ち上がるどころか呼吸すらままならない。


(あぁ…… こんなことなら来るんじゃなかった……)


 声が出るのであれば今にでも泣き叫び出しそうな顔をしながら、森に来たことを悔やむ。


 視界の先には鼻にしわを寄せ、歯をむき出し、今にでも飛び掛かろうと距離を詰めてくる魔獣。

 飛び出してきた! 魔獣は一気に駆け出すと、強靭な後ろ脚で地面を蹴り上げ重たいであろう図体を宙に浮かせた。


「やめてええええええええ!」


 少女が叫ぶ。少女の必死の叫びが森に木霊する。

 叫びと同時に激しい閃光と共に空気を切り裂き(いかづち)が少年の目の前に降り注いだ。


 少年の目の前で切り裂かれた空気から伝わってきた衝撃波と閃光は凄まじく、強烈な耳鳴りと残像が刻まれた。


 雷は少年の命を喰らおうとしていた魔獣に直撃していた。一瞬にして魔獣は力尽きた。


 唖然とする少年。

 少女が少年の元へと歩み寄ってくる。


「今のこれ…… ルビーがやったのか?」

「わからない…… でも、たぶんそうだと思う……」


 少女はおどおどと答える。少女自身も目の前で起きた事象がなんであったのか理解できていなかったが、自分が起因となったことは感じ取っていた。


 ようやく抜けていた腰に力が入り、自分の力で立ち上がった少年は少女の”眼”を凝視して問う。


「ルビーは大丈夫だったか?」

「うん、私は」

「本当に何とも無いのか?」

「……うん」


 本人は何も無いと感じているようであったが、少年から見た少女は普段とは違う容子(ようし)であった。

 少女の眼は情熱を宿したような赤色となっていた。その眼の色は不気味ながらも美しい色彩であり少年のことを覗き込んでいた。


「その…… 私そんなに変かな?」

「いや、大丈夫なんともないよ……」

「ほんと?」

「……うん。 あっでも髪が乱れてる……」


 少年から指摘され髪が崩れている事に気付くと急に恥ずかしそうな表情を浮かべる少女。

 少年は知っていた、少女はいつも髪が乱れると異様に恥ずかしがるということを。

 少女は黙ってポケットに忍ばせていた控えのリボンを取り出し少年に渡す。少年は慣れた手つきで少女の髪を結んでいく。いつも身近に見ているだけあって、リボンの結び方は知り尽くしている少年。

 頬を染めながらも満更でもなさそうな表情を浮かべる少女。


「はい、できあがり」

「ありがとう」

「今日の事は、二人だけの秘密しておこう」

「うん、わかった」

「ごめんな、こんな危ない目に遭わせちまって……」

「怖かった…… けど格好良かったよ、私を守ろうとしてくれたテル」

「そんなわけないだろ! 手足ガタガタだったし、突き飛ばされたし……」


 そんな他愛もない話をしながら、少年と少女は廃屋からパクった……(もと)い拝借した収穫物を手に、森を後にした。

幼少期のお話はこれでおしまいです。次回からが本筋、成長した少年と少女の話になります。

よろしければこの先も、少年少女の物語にお付き合い頂ければと……

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