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第七話 無関心


「あ……!」


 光莉姉さんが固まっている。おそらくは僕を殴る現場を他人に見られないようにしたかったのだろう。考えてみれば当たり前だ。このことが『鋭角』に知られれば、もっと激しい罵倒が待っているに決まっている。

 だからこそ、今の状況は姉さんにとって致命的とも言えるものだった。なにしろ同じクラスの人間に、その現場を見られてしまったのだから。


「……」


 こちらをじっと見ている黛さんは、何か言葉を発するわけでもなく、かといって見てはいけないものを見たときのように目を逸らすこともしない。ただ無表情でこちらを見ていた。

 しかし、しばらくした後に階段を上ってこちらに向かってきた。その表情はまるで変わらず、何も感じさせないままだ。


「あ、あの、黛さん。これは……」


 光莉姉さんはか細い声で言い訳をしようとするが、上手く言葉が出てこないのか、黙りこくってしまった。一方の僕も何て言っていいのかわからずに固まってしまう。

 数秒間、誰も言葉を発さない気まずい沈黙が流れたが、それを破ったのは黛さんだった。


「……どいて」

「え?」

「ここは私が使うの。だからどいて」

「は、はい……」


 黛さんは踊り場にいた僕たちを壁際に追いやると、階段に座って本を読み始めた。そのまま本から視線を移さず、僕たちのことなんてまるでいないかのように平然としている。


「あ、あの……」


 姉さんが黛さんに声をかけようとすると、それを遮って彼女はこちらを見ないで言った。


「気にしないで、続けなさいな」

「え……?」

「別にアンタたちがここで何してようが興味ないし、誰かに告げ口しようとも思わないわ。私の邪魔をしないのなら、存分にさっきの続きをやってていいわよ」

「あ……」


 きっぱりと言い放った黛さんに、僕と光莉姉さんの両方が驚く。なんだこの人は? 目の前でこんなことが起こったのに、何でこんなに無関心なんだろう?


「……っ!」


 光莉姉さんはそんな黛さんに怯えたのか、僕を置いてさっさと階段を下っていってしまった。

 残された僕は、どうしていいかわからなかったが、とりあえず黛さんにお礼を言おうかと考えて声をかける。


「あの、ありがとうございます……」

「何が?」

「いや、助けてくれたから、ですけど……」

「別にアンタを助けたわけじゃないし、アンタに興味もない。というか、さっさとどっか行って欲しいんだけど」


 相変わらずこちらを見ないで淡々と話す黛さんの様子に、僕も戸惑ってしまった。そういえば、この人も姉さんや『鋭角』と同じクラスのはずだ。何か『鋭角』のことも知っているかもしれない。聞いてみよう。


「あの、黛さん、ですよね? ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」

「私はアンタには何も聞きたくないし話したくもないんだけど」

「う……」


 ダメだ、この人はこちらにまるで興味がない。というか、そもそも周りの誰一人にも興味がないんじゃないだろうか。そんな気がする。

 だけど僕は、ふと思った。


「……黛さん、あなたも角谷さん……『鋭角』に何か言われたりしてませんか?」


 そうだ、この人は周りに溶け込んでいない点では、光莉姉さんと同じだ。なのに『鋭角』は黛さんをターゲットにしているようなことは鈴木みどりは言ってなかった。

 もし彼女が『鋭角』のターゲットになっていないのであれば、それは何か理由があるはずだ。それがわかれば、光莉姉さんを助けられるかもしれない。


「どうなんですか? あなたは『鋭角』に姉さんと同じく罵倒されている……そうじゃないんですか?」


 続けざまに質問をぶつけてみるが、黛さんはそれでもこちらを見ない。でも質問には答えてくれた。


「……『救いようのないクズ』」

「え?」

「角谷が私に言った言葉。あいつの言葉を全部スルーしてたら、そう言われたのよ。のれんに腕押しとでも思ったんでしょうね。三年になってから色々言われたけど、一ヶ月もしたら収まったわ」

「ぜ、全部スルー!?」


 信じられない。あの罵倒の数々を浴びせられて、この人は全く堪えずに全て無視したというんだろうか。だとしたら、他人には真似できることじゃない。


「おかげであのクラスでは私に話しかけるのは御法度ってことになったわ。まあ、私もあんな奴らには興味ないから問題ないけど」


 そうか……だから鈴木みどりは、黛さんを『つまらない人間』だと言っていたんだ。鋭角に関わっているのにまるで堪えない彼女は、鈴木みどりからしてみれば全く面白くない。そういうことだったんだ。

 でも……こんな人の真似なんて、光莉姉さんには出来ない。姉さんは他人の言うことを無視なんて出来ないだろうし、そんな人だったら僕も最初から好きになってない。この人と同じ方法で場を切り抜けるなんて不可能だ。


「……で、アンタは薬師さんを助けたいからさっき角谷に食ってかかったわけ?」

「え? は、はい」

「よくもまあ、そこまで他人のために動けるわね。ちょっとだけ感心するわ。しかも自分を殴ろうとしたクソ女のためにね」


 突然、姉さんを『クソ女』呼ばわりされたので、僕も少し腹が立った。


「姉さんは……本来はあんなことをする人じゃないです!」

「あっそう。じゃあ角谷のせいでああなったって? 都合の悪いことは全部他人のせいで、『姉さんは何も悪くありません』って? おめでたい考え方してるわね」

「それは……」

「さっきは角谷がうるさかったから先生を呼んであげたけど、本来アンタたちがどうなろうとこっちは知ったこっちゃない。勝手にいじめられて、勝手にメソメソしてればいいじゃない」

「くっ……」


 違う。姉さんは僕を殴りたいわけじゃないんだ。本来、ああいう人じゃないんだ。


「だったら僕はどうすればいいんですか!? あなただって、『鋭角』には勝てなかったじゃないですか!? あなただって弱い人だ!」

「弱いなら、弱いなりのことをしたまでよ。さっきも言ったけど、アンタたちのことなんて知らない。私の知らない所でくたばろうと幸せになろうとどっちだっていい。だけど、一つだけ言ってあげる」


 そして黛さんは、ようやくこちらを見た。


「薬師さんはアンタをいじめてる。それなのにアンタはまずそのことをどうにかしようとしてない。そんなんだから、薬師さんはアンタに腹が立ってるんじゃないの? アンタが弱いから、彼女もアンタを当てにしてないんじゃないの?」


 ……姉さんが、僕を当てにしていない?


『私を、止めてよ……』


 確かに……姉さんは僕に反抗して欲しいと言っていた。僕に強くなってほしいと願っていた。そして強い僕が、自分を助けてくれることを求めている。

 ならどうすればいいのか? 僕は弱い? 本当に? よくよく考えてみろ。光莉姉さんの意のままにやられていたら、僕は弱いままだ。


 なら僕が強くなるには、どうすればいいのか。


「……黛さん」

「なに?」

「ありがとうございます」

「そういうのいいから。私はアンタがどうしようが興味ないし」

「それでも、ありがとうございます」

「……」


 それから黛さんは、再び本に目を移して僕を見ようとはしなかった。

 でも、やることは決まった。僕はどうにかしないといけない相手は、『鋭角』だけじゃない。


 まずは……僕自身が強くならなければならない。そして、姉さんにそのことを思い知らせてやらないといけない。そうしないと、姉さんは僕を信じてくれない。


 だから僕がやるべきことは……


 薬師光莉を、支配することだ。



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